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 今ボクは、エオナ嬢と菓子店の喫茶コーナーで、向かい合って座っている。

 なぜか、彼女とお茶をすることになってしまった。

 彼女から誘われて、うっかり了承してしまった。


 なんだか懐かしいと、感じてしまったのだ。

 彼女の声の印象はあまり変わっていない。

 涼しい空気が流れるようなあの声は、たぶんボクの初恋だ。


 とはいえ、何かアクションを起こすような状況ではなかった。

 最初はロイ兄の婚約者の妹で、同じ家から嫁に来てはもらえないと思ったし、婚約解消を知ったときの印象は最悪だった。




 彼女とは気まずい状態になり、あれから話もしていなかった。

 あの頃のボクらはまだ学生だったけれど、今はお互いに二十歳。

 大人になり、彼女はとても大人びた女性になっている。


「王都にいらしたのね」

 マリーとは違い、彼女はこんな街の店でも、貴族女性らしい所作だ。


「妹が学園に通っているんだ」

 そう返すと、そうと呟いて彼女は目を伏せた。

「ご家族は皆様ご無事と伺っているわ。本当に良かった」


 それは、彼女の心からの言葉みたいだった。

 次に彼女は、ボクに向かって頭を下げた。

「その節は大変申し訳ございませんでした」


 驚くボクの前で、彼女は言葉を続ける。

「言っていい言葉ではなかったと、あとから気がついたの」

 姉の婚約解消の理由を、ボクに告げたときの話だ。


 大規模魔獣発生が起きるような領地に姉を行かせられない。

 そして大規模魔獣発生が起きないなら、嘘つきの辺境伯家に嫁がせられない。

 それは彼女の父の言葉として伝えられたけれど、彼女の口から告げられたことだ。




「マロード辺境伯家側に偽りはなかった。あなたたちは立派に領地を守ったわ」

 彼女はあの言葉を、悔やんでいた。

 ボクがあれから彼女を避けたので謝罪も出来ず、気に病んでいたのだろうか。

 あの頃のボクには、そんなことを気遣う余裕はなかった。


「もういいよ。兄はもうすぐ幸せな結婚をする。あなたの姉とは縁がなかった」

「そう。幸せな結婚なのね」

 ボクの言葉に、彼女は少し苦い顔をした。


「姉は、幸せそうじゃないわ。あのあと父の選んだ男性は、ろくでもなかった」

 そんなことは、ボクらに関係がない話だ。

 彼女もそれはわかっていたのだろう。息を吐いて、頭を切り替えたみたいだ。


「謝罪がしたかったの。今さらなにが出来るわけでもないけれど」

「贖罪というなら、情報が欲しいかな」


 ボクの言葉に彼女は目を瞬いた。

 席についたとき、彼女は城で侍女の仕事をしているとボクに話した。

 つまり王都の内情に詳しいはずだ。


「仕事で知った情報を漏らすことは出来ないわ」

「皆が知るような話でいい。セリオス公爵家のアルスベルト様のことを聞きたい」

 マリーに勉強を教えている男の話だ。




「彼は不遇だわ」

 彼女はそんな言葉を皮切りに、セリオス公爵家について知ることを教えてくれた。


 彼の母は男爵家出身で、保有魔力が低かった。

 当時、公爵家嫡男だった父が惚れ込み、かなり強引な婚姻となったようだ。

 そのあたりで、おおよその予想はつく。


 高位貴族と男爵家などの低い爵位の者が結ばれることは、歓迎されない。

 それは授かった子供の魔力が、母体より大きいと、母体に負荷が大きく不幸が起きるからだ。


 ロイ兄がメイシャさんに求婚したのは、彼女の保有魔力が大きかったこともある。

 惚れた相手が低い魔力だったなら、ロイ兄はけして求婚をしなかった。

 相手のために、諦めたはずだ。




 ボクの予想したとおり、不幸は起きていた。

 アルス様を産んだことにより、アルス様の母は亡くなった。


 そうしてなぜか、父はアルス様を疎んだという。

 ずいぶんと自分勝手な奴だと呆れる話だ。


 アルス様は使用人たちに育てられ、きちんと教育は受けた。

 雲行きが変わったのは、後妻が来て、その後妻が子を産んでから。

 アルス様は学園に通っており、昨年あたりの話らしい。


 自宅の公爵家で、毒を盛られたという。

 そのときは従者が解毒剤を処置して、どうにか助かった。

 ただ、嫡男が毒を盛られた大事件なのに、父は対処をしなかった。


 第二王子が幼なじみの窮地を知り、なんとか助けようとしたそうだ。

 学園入学準備の学びのためだと、アルス様を城に招いた。

 城ではさすがに、毒に倒れることはなかった。

 でも学園で事件は起き、そのときも教師の対処により解毒はされた。


 見かねた第二王子が解毒の指輪を贈った。

 それからは無事に過ごしていたそうだけれど。




 これでマリーの話につながった。

 解毒の指輪は、解毒できる量を超えると壊れる。


 それで入学後の交流会で、彼は倒れた。

 父は彼の死を望み、当主として対処をしていない。


 なんだ。それなら彼は、うちに婿入りしてもらえれば、すべてうまくいく。

 その手はずさえ出来れば、マリーの恋は叶うかも知れない。


「ありがとう、助かった!」

 明るい顔で礼を言うボクに、彼女はきょとんとした顔になる。

 涼しげな無表情が多い彼女だけれど、ちゃんと表情はある。




「続きの話は、もういいの?」

「あれ、続きがあるんだ」

 ボクは浮かせていた腰を下ろした。


 カイルリード殿下は、幼なじみのアルスベルト様を助けるため城に招いた。

 名目は、殿下の勉強指南として。

 歳の近い家庭教師など不要だろうと、周囲は反対していたらしい。

 それに対して殿下は、結果を出せばいいはずだと好成績の維持を約束したそうだ。


 周囲はさらに要求を上げ、首席を求めた。

 もしSクラスが開かれるほど優秀な学生が多いのなら、Sクラス所属でもいいと。


 そして今、カイルリード殿下はSクラスに在籍している。

 アルスベルト様は、城に滞在しながら学園に通っている。


 実家が敵地というのは、かなり厳しい。

 使用人は彼の味方であっても、命令されれば終わりだ。

 これもマリーが言った、カイルリード殿下が成績を落とせないという話とつながった。




 事情を知り、マリーのために出来ることがありそうだと上機嫌のボクに、彼女はくすりと笑いを漏らす。

「あなたは変わらないわね。自分の目的にまっすぐだわ」

 それは褒め言葉なのか、貶されているのか。


「学生のとき、あなたは周りがくだらない話をしていると、思っていたでしょう」

 彼女の言葉には、少し決まりが悪かった。

 そういう考えが透けていたのなら、気をつけなければいけない。


「そう見えたというよりも、私もそうだったから、同じかと思っていたの」

 なるほどとボクは頷いた。

 彼女も一人で過ごすことが多かった。周囲のグループに混ざらなかった。


「勝手な同族意識を持っていたわ。でも、私もくだらない一人だった」

 彼女は自嘲気味に言う。

「噂を信じて、あなたたちマロード辺境伯家は嘘つきなんだと、思っていた」


 ボクは目を瞬いた。

「なんだ。大規模魔獣発生で一番にやられそうな領地だから、関係したくないと逃げたんじゃなかったのか」

「そんなひどい人と思われていたのね」

 彼女は傷ついた顔をする。

 でも広められた嘘を鵜呑みにしたのも、どうだろうか。


「周囲はそういう人が多いと感じていたからね」

「本当に、申し訳なかったわ」

 それは彼女の心からの言葉なのだろう。しゅんとした顔だ。

 まあ、あの頃は十五、六歳か。人生経験も未熟で、判断力は低かった。


「もう過ぎたことだ。家族は無事だった。もういいよ」

「ええ。あなたが生きていてくれたから、こうして謝罪も出来る。ありがとう」

 顔を上げた彼女は、大人びた綺麗な笑顔を見せた。


 そうして彼女は別れ際に、また会おうと言ってきた。

 ボクはお城の情報が今後も欲しいので、了承した。




 予定のお菓子を買ってレオの邸へ行くと、彼は不機嫌な顔を見せた。

「君の妹は、私の妹の婚約者とどうなるつもりだ」


 マリー、気をつけていても、やっぱりカイルリード殿下と噂になっているみたいだよ。

 ボクは心でマリーに呼びかけてから、レオと向き合う。

「どうなるつもりもないよ。マリーはセリオス公爵家のアルスベルト様に、惚れちゃったみたいなんだ」


 ボクの言葉に、レオは目を軽く見開いた。

「アルス、か」

「そう。勉強を教えてもらっている上級生という立ち位置だけどね。嫡男だから婿入りはしてもらえないなんて、傷ついた顔で言ってくれちゃってさ」


 彼はなるほどと頷いてから、いつもの顔に戻って質問をしてくる。

「カイル殿下とは、どうなんだ。一緒に食事をとっているのだろう」

「だから、アルスベルト様主催の勉強会メンバーなんだ。むしろカイルリード殿下との接触は避けたいのに、アルスベルト様についてくるイメージだよ、マリーの中では」


 王子を邪魔扱いするような言葉に、レオは瞬きをみっつほど。

 そうして額を押さえて息を吐く。




「妹が、悩んでいるんだ」

 カイルリード殿下の婚約者、ミルレイア嬢のことで、レオは悩ましい顔になっていた。

「ミルはカイル殿下のことを慕っている」


 ボクはちょっとだけ固まって、顎に指を当てた。

 だって、なんだか変な感じだ。


「妹は王子妃に向かないから、婚約の申し入れを最初は蹴ったと聞いたけど」

「ああ、そうだ」

「でも妹さんは、カイルリード殿下に惚れている、と」


 レオはボクの言葉に、苦々しそうな顔をする。

「そうだ。妹の方はカイル殿下を慕っている。だからこそ、後ろ盾目当ての婚約だと理解して、苦しんでいる」


 好きな人と結ばれそうで、幸せじゃないなんて。

 どうにも、ややこしいことになっているなと感じる。




「マリーはミルレイア嬢を見て、カイルリード殿下とお似合いだって言っていたよ」

 レオはそうかと呟いた。

 そうして気を取り直した顔で、訪問の意図を聞いてきた。


「知っていることを教えてもらおうと思ってね」

「ああ、君も辺境伯の弟、君の叔父の話をつかんだのか」


 ボクの頭にその言葉は、すぐには届かなかった。

 しばらくしてから、変なことを言われたなと思ったけれど。

 レオの話はそのまま続く。

「彼が辺境伯家を手に入れるからと、テレンス公爵家に持ちかけた話だとか」


「はあああ?」

 思いっ切り不審な声を上げたのだろう。

 レオが眉を上げた。


「その話ではなかったのか?」

「初耳だよ。え、叔父?」


 あの大規模魔獣発生のときに、王都に一家で逃げていた叔父。

 ボクとマリーが白の魔力だったことに、難癖をつけに来ていた叔父。

 復興のことで腹を立て、領地を放置して爵位剥奪された人。




「初耳だったか。では順を追って話そう」

 そう前置きして語ってくれたのは、テレンス公爵家の思惑らしきもの。


 あちらは第一王子を立太子させるため、彼に何らかの実績を作りたかった。

 性質がどうのと問題視される声は、実績があれば「ただの噂だ」と言える。

 表面はそう見えるが、やることはやる王子だと、印象づけたい。


 それが、マロード辺境伯家の聖銀につながった。

 近隣諸国でも聖銀の需要は高いが、聖銀の採掘は難しい。

 うちもそれなりに採掘しているけれど、彼らはもっと自分たちの自由に採掘が出来るようにしたかった。


 近隣の有力国に聖銀を輸出して、良い関係を作る。

 それを第一王子の実績とし、立太子を迫るつもりだったそうだ。


 その思惑と、叔父が持ちかけた話が、彼らの中で繋がってしまった。

 叔父は、大規模魔獣発生で自分が王都に逃げれば、辺境伯家は丸々自分のものだと言ったそうだ。

 自分に協力してくれるなら、聖銀の融通をすると。




「何だそれ」

 わけがわからない。

 確かにまあ、可能性はある話だ。

 もしボクら一家が全滅した場合は、直系として一番近い血筋はあの叔父だ。


 父の死亡であれば、祖父の復権も、母の代理も、ロイ兄が継ぐこともある。

 叔父に爵位が行くのは、ボクとロイ兄、両親と祖父が死亡していることが前提だ。

 マリーは未成年の娘なので、マリーだけが生き残った場合も、叔父が後見人として辺境伯領の領主代理に立つ。


 ありえた話、ではあるけれども。

「大規模魔獣発生の兆候を見つける前から、そんな話をしていたのか?」

 タイミングとしては、そうでなければおかしい。

 国は最初から動いていなかった。


 でも、それはなんだか、おかしな話だと感じる。

 大規模魔獣発生が起きると、わかっていたみたいだ。


 辺境伯家を全滅させる手段に、大規模魔獣発生の支援をしないことを選んだのが、やはりわからない。

 その手段を選び、実際にボクたちは生き残り、彼らは窮地に立たされている。

 本当に、わけがわからない。




「経緯はさらに調べるが、君の叔父が話の発端だったことは、確認が出来た」

 レオも腑に落ちない顔をしているので、彼もおかしな話と感じているようだ。


 経緯もわからないけれど、心理も訳がわからない。

 自分が辺境伯になりたいから、大災害への備えを国が怠るように仕向けたなんて。

 領主になりたがる人物としては、ありえない選択肢だ。


 いったい領民の命を何だと思っているのか。


次回更新は3月19日予定です。

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― 新着の感想 ―
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