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 ある日、マリーは朝眠たそうに起きてきた。

 聞けば勉強を教えてくれている上級生から、本を借りたらしい。

 その本がとても面白くて、夜遅くまで起きていたようだ。


 あまり生活態度が悪くなるなら、その男は警戒対象だ。


「歴史を学ぶのにいいと、物語を借りて読んでいました」

 マリーが示した本は、ボクも読んだことがある。

 一学年春期で学ぶ歴史を知るのに、ちょうどいい本だ。


 ボクが注意してから、マリーは言葉遣いに気をつけてくれている。

 ただ所作は、リリアの報告によると注意が必要みたいだ。

「アルス様が教えて下さって、面白くて途中でやめられませんでした」


 確かにマリーが好きそうな物語だ。

 妹の好みを把握し出している男に、ちょっと警戒心が湧く。

 あと兄として、ちょっと妬ける。

 マリーが男子学生を絶賛するのが気に入らない。


「マリー、今日は冒険者ギルドと商業ギルドへ素材売却しに行くからね」

「はーい」


 マリーは良い子の返事をしたけれど、たぶん上の空だ。

 あとから忘れているパターンだ。

 帰る頃合いに玄関で待ち構えないと、約束を忘れられそうだ。




 学園から帰ってきたマリーは、やはり約束をすっぱり忘れていた。

 忘れたというより、初めて聞いたという顔だ。

 朝は眠気でちゃんと聞いていなかったのだろう。


「ドラゴン素材が欲しいって、連絡があった。行くよ」

 仕方がないので出かける用件を伝えると、制服のまま馬車に戻ってくれた。


 冒険者ギルドで素材売却後、商業ギルドへ。

 商業ギルドの方が、国外との大きな取引などもある。

 今日はドラゴン素材なので、特に高額取引だ。


「今回は臓器と血液以外に、肉の希望があったのですが」

「あ、そちらは長兄の結婚式のための食材です。売却予定はございません」

 ドラゴンの肉は、試しに食べてみると、とても美味しい肉だった。

 両親がロイ兄の結婚式用にと、張り切っていた。

 再び手に入れる方法がない肉なので、大切に使う予定だ。


「いや、しかし、大量にあるのなら」

「他の祝い事や、妹のときにもドラゴンの肉は使う予定ですから」

「もう一体のドラゴンも」

「肉の販売はしないと申し上げたはずですよ」


 笑顔の圧をかけると、ようやく商業ギルド長は引いてくれた。

 事前に売らないと話してある素材だ。あわよくばと思ってのことだろう。

 でも、きっぱり断らないとしつこく言われる。

 あと多分、一度受けるとズルズルと譲歩させられる。


 売買についての書類を交わし、マリーから素材を引き渡して、取引は終了。

 出されたお茶を飲みながら、少しだけ世間話をする。

 こうした情報収集が必要なのだと、最近になってようやくわかってきた。




「マリアルーシェ様は、Sクラスと伺いました。頼もしいですね」

「はい。自慢の妹です」

 そういえば、マリーの入学後は初めて商業ギルドに顔を出した。

 前回は入学前だったので、マリーがSクラスとは知らなかったみたいだ。


「同じクラスには、第二王子殿下とご婚約者もいらっしゃると聞いております。いやあ、入学早々に第二王子殿下の庇護を受けられ、以後も親しくなさっていると聞きます。ますます頼もしい」


 第二王子殿下の、庇護。

 以後も親しく。


 ボクは深く呼吸をしてから、マリーに目を向ける。

「そうなのかい。聞いていなかったね」


 ちょっとマリーってば、報告・連絡・相談はきちんとしようって言ったよね。

 学園生活でトラブルも考えられるから、きちんとしてねって言ったよね。


 ボクの笑顔に、圧が加わっていたのだろう。マリーが慌てた顔になった。

 ということは、どうやら事実らしい。


「庇護、というわけではありませんが」

「風紀委員の学生からマリー様が絡まれていたのを、第二王子殿下が対応されたと聞いておりますぞ。その後は愛称呼びを許され、互いに親しくなさっていると」




 帰宅後マリーとリリアを問い詰めた。

 なんと勉強会には、カイルリード殿下も参加しているらしい。

 ちょっとマリー、ちゃんと報告!


 ボクが少し怒ってみせると、マリーはきちんと説明してくれた。

 アルス様はセリオス公爵家の嫡男で、カイルリード殿下の幼なじみだそうだ。

 彼の解毒の指輪は、カイルリード殿下が王家のものを渡した。

 それが壊れ、交流会の場で毒にやられた。


 交流会の事件のあと、別室にアルス様とその従者、カイルリード殿下と共に行き、解毒の指輪作成に協力したそうだ。

 ナナイ先生に作って貰ったという。


 おーい、ナナイ先生。聞いてないですよ!

 聖銀の賄賂は無駄だった。

 でもその聖銀は、きっちり役立ったみたいだ。




「学園内や王族貴族関係で何かあったら、今後は必ず報告をするように」

 ボクの厳命に、マリーとリリアは、コクコクと頷いた。

 まったく困った妹だ。


「報告・連絡・相談が何事にも大事だと言ったのは、マリーだよ」

 たぶんマリーは覚えていないのだろうけれど。


 案の定、マリーは少し不思議そうな顔をした。

 うん。やっぱり覚えていないらしい。

 不思議な言葉の数々は、無意識に口から出ていたものみたいだ。


「今後はきちんと、学園での出来事は報告します!」

 マリーがそう言うので、許してあげた。




 休日にマリーが冒険者活動を満喫した、次の日の夕食の席だった。

「勉強会の皆様と、今日から昼食をご一緒することになりました」

 マリーとリリアから、そんな報告を受けた。


 勉強会のメンバーは、まず上級生のアルス様。

 クラスメイトではカイルリード殿下と、アルス様の従者のスタンリー君。

 そのスタンリー君が、例のレイモン侯爵家の息子に絡まれていた。


「レイモン侯爵家のご子息は、大規模魔獣発生のことが気まずいのか、私を避けておられます」

 うん。大規模魔獣発生が気まずいからじゃなく、たぶん身体強化で吹っ飛ばされたからだと思うけどね。

 マリーに言う気はない。


 そのためマリーは、彼の前でわざとスタンリー君と親しくしていることを示し、昼食を一緒にと誘ったそうだ。

 すると、アルス様とカイルリード殿下も一緒のテーブルに招かれた、と。


「昼食も一緒に、か。その従者の子が心配とはいえ、兄としては、妹に変な噂が立たないかが心配になるね」

「殿下と噂になることは避けたいので、細心の注意を払っているつもりですが」


 マリーなりに、殿下と噂が立たないようには気をつけているらしい。

 頭のいい子だから、そういうことはわかっていると思うけれど。

 まるで殿下だけに気をつけているみたいだ。他の人は大丈夫なのかな。




「そのアルス様の方は、どんな方なのかな」

 マリーは彼への評価が高いので、この機会に聞いてみた。


「アルス様はとても良い方です! 頭もいいし、性格もいいです」

 ベタ褒めだった。

 あのマリーが、家族以外の男をベタ褒めしている。

 え、これって大丈夫? まさかマリー、惚れちゃったとか?


「ずいぶん好評価だね。それだけいい男性なら、うちに婿入りの話とか、出来ないものかな」

 ボクがそう水を向けると、マリーは眉根を寄せた。

 そんな顔も、うちの妹は可愛い。


「アルス様は、セリオス公爵家のご嫡男です。婿入りは無理ですよ」

 それが、とても不服そうな口調で。

 そんな言葉を口にさせたボクを、少し睨んでいるみたいなマリー。


 え、待って。マリー、まさか本当にアルス様とやらに惚れてる?

 いや、たぶん自覚は薄い。

 というよりも、彼が嫡男であることが残念と感じた心の動きに、自分で驚いているみたいにも見える。




 たぶんこれ、マリーの初恋だ。

 妹が、恋する乙女になっている。

 マリーもそんな年齢になったんだなあ。寂しいなあ。


「セリオス公爵家、か。なるほど」


 これは相手の男性を、調べなければならない。

 下手な男なら、マリーを任せられない。


 彼には事情がありそうだ。

 公爵家の嫡男なのに、毒を盛られて、家が対処をしないという事情は何なのか。


 嫡男なのに、家に守ってもらえていないのなら。

 もしかすると彼は、セリオス公爵家を出る方がいい立場なのかも知れない。

 だったら婿入りの可能性はある。




 こんなときはレオに聞いてみるべきだ。

 レオとは、ときどき呼び出されて食事を奢ってもらうことがある。

 そうした場を作り、ボクと親しいことを示しているようだ。


 いつでも訪ねてきていいとも言われたので、出向いてみよう。

 そう考えて、サーリウム公爵家を訪ねるための手土産を買いに、街へ出た。


 レオは意外と甘い物が好きだから、以前マリーが大量買いをしていた焼き菓子の店がいいだろう。

 彼の好みに合わせて直接見つくろうため、菓子店へ入ろうとしたときだった。


「何しやがる!」

 いきなり背後で声が聞こえた。

 振り返れば、男性が倒れている。


 そういえば、背中に何かが当たったような気がした。

 これはたぶん、背後からこの男がぶつかってきたのだろう。

 そして例のごとく身体強化をしていたので、相手が勝手に転んだ。


 周囲の視線がボクに向くけれど、ボクが悪いわけではない。

 背中を向けていたボクに、何しやがるはないだろう。

 そう思っていたら。


「あなたが彼にぶつかったのでしょう」

 涼やかな空気が流れた気がした。




 彼女がいた。ハルバド伯爵家のエオナ嬢だ。

 ロイ兄の婚約者だった人の妹だ。


 ボクは学生のときに戻ったみたいで、思わず固まった。

 彼女はまだボクに気がついていない。


「あなたが彼の背中にぶつかって転んだのよ。彼が何かをしたわけじゃないわ」

 無表情の、冷たく響く声の指摘が、あの頃の再現だ。

 彼女の証言に周囲が、なんだあっちが悪いのかという雰囲気になる。

 男は悪態をついて、早々に立ち去った。


「ありがとう」

 ボクは素直に礼を口にする。


「どういたしまして。見て見ぬふりは気持ち悪いから口を出しただけで……」

 彼女の言葉が止まり、ボクを見て驚いた顔になった。

 ようやく相手がボクであることに気がついて、彼女の口がポカンと開いた。


レイモン侯爵家令息の吹っ飛ばされ事件、書籍版にはございません。

なぜならマリー視点だから。

マリーは気づいていないままだから。

合わせて読んだら面白い。そうなっていたらいいなという構成で、この話を作っております。


次回更新は3月17日予定です。

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