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電子書籍販売開始までのカウントダウンとして、連載開始いたします。
短編主人公の兄のひとり、次兄のジルベルト視点です。
同じ物語をジル兄視点でなぞったお話になります。
短編からの電子書籍化については、活動報告に書かせて頂きます。
いつか父や祖父のような、強い辺境の男になる。
そんなボクの目標は、五歳で崩れた。
ボクの父は、貴族として領地を治めている領主だ。
でも父も、先代領主の祖父も、領主である以前に戦う男だった。
マロード辺境伯領は、隣国と接する、戦争の可能性がある地域だ。
さらに魔獣が常に出る、魔の森に接している。
そんな土地なので、どうやって辺境の土地を守るかということが重要だ。
いざというときに動けるように、祖父も父も兄も、毎朝の剣術稽古を欠かさない。
ボクはまだ幼いので、みんながやるのを見て、木剣を少し振る程度だ。
「うわああん」
「おい、ジル、大丈夫か!」
転けて泣き出したボクに、ロイ兄が駆け寄って起こしてくれた。
兄は六歳上の、十歳。四歳のボクよりも、しっかり木剣を振れる。
ボクは少し振っただけで、バランスを崩して転けてしまう。
幼いから仕方がないと、家族は慰めてくれる。
でも使用人がこっそりと、ロイ兄が同じ年齢の頃は、もっと動きがしっかりしていたと話すのを聞いた。
他にも、ボクは体に熱がたまりやすい、弱い体質みたいだ。
大きくなるにつれ、少しましになってきたけれど。
それでも兄が子供の頃に寝込まなかったと聞けば、体が弱いと自覚させられる。
それなら自分は魔法で強くなろうと考えた。
魔法は来年、五歳で魔力判定の儀式を受けて、使えるようになる。
自分の属性がわかれば、何が得意かがわかる。
魔力判定の場では、出た属性のリボンで印をつけられる。
そうして祝福を受けて、帰宅する。
複数の属性らしい混ざった色が出た人は、その複数のリボンをつけられる。
たとえば薄い緑は、水と土が混ざった色として、青と黄色のリボン。
濃い緑だったら、風の魔力なので、緑のリボン。
魔力判定の儀式はもうすぐだ。
どんな属性が出るのか、ボクは楽しみだった。
出来れば攻撃に有利な属性であって欲しい。
父も祖父も、剣の腕はもちろんすごいけれど、攻撃魔法もかっこいい。
あんなふうに魔獣をやっつけたい。
そうして張り切って手を翳した水鏡が映したのは、白だった。
無属性。数少ない、属性をまったく持たない存在。
近隣領地のみんなが集まってする儀式の中、嘲笑が聞こえる。
ボクはもらえるリボンがない。属性の色がないからだ。
辺境伯家の次男は無印だと、囁く声がする。
リボンをもらえないまま、両親のところへ走り、父の足に抱きついた。
「悪いことはしていないんだ。堂々と顔を上げていろ」
父はそう言ったけれど、無理だ。
ボクは、ただ俯いて、涙が零れないようにだけ堪えていた。
鼻水を啜ったのは、仕方がない。そっちだって零れると困る。
家に帰ったら、ロイ兄に言われた。
無属性は、属性魔法が使えないわけではない。
少し習得に時間が必要だけど、ジルなら絶対にできる、と。
ボクも聞いたことはある。無属性でも属性魔法は使えると。
ただし、すごく弱い魔法になると。
ボクは魔法でも強くなれないのかと、絶望した。
それでも毎朝の剣術稽古に参加していたら、体が丈夫になってきた。
寝込まなくなり、魔法がダメなら剣で強くなろうと、改めて決意した。
でも、兄のように上達する気がしない。
六歳の差があるとはいっても、兄はボクの年齢で既に、木剣を持って打ち合いをしていたという。
ボクは軽く受けてもらうだけで、木剣を取り落とす。
毎日が泣きそうな気持ちで、やみくもに剣術稽古を頑張っていた。
そんなボクに、妹ができた。六歳になったときだ。
髪や目の色は僕ら兄弟と同じ色。
マロード辺境伯家特有の赤茶の髪に、焦げ茶の瞳。
ふやふやと泣く声が頼りなく、心配になったけれど、赤ん坊はそういうものだと聞いた。
大きくなってきて、ハイハイをするようになり、声を発するようになり。
妹のマリーは、ボクと同じように、よく熱を出す子供になっていた。
いや、周囲の話を聞くと、ボクのときよりも寝込んでいるみたいだ。
寝ているときは可哀想だけど、こちらを見てにぱっと笑う顔は可愛い。
差し出した指を握ってくれると、嬉しくなる。
小さな手。小さな体。小さくて可愛いマリー。
せめてマリーに恥じない兄になろうと、唯一得意な勉強を頑張った。
もちろん剣術稽古も魔法訓練も、上達は遅いけれど続けている。
ボクがロイ兄に勝てるのは、勉強と、マリーについて。
家庭教師の先生は、ボクの覚えがいいと褒めてくれる。
ロイ兄のときは、手こずったと。
ロイ兄は扱いが雑なせいか、マリーはボクの方に、とても懐いてくれた。
兄が二人そろっていると、ボクの方に寄ってくるんだ。
ロイ兄がちょっと拗ねていた。
熱がたびたび出るのは、心配だった。
特に三歳のあるとき、一週間以上も熱にうなされていた。
大人たちがすごく深刻そうな顔になっていた。
マリーは目が覚めても、ずっとぼんやりした目だ。
今度こそ危ないと囁く声に、胸がぎゅうっとなった。
可愛い妹が死ぬかも知れない。
すごく不安だったけれど、ある日マリーのお見舞いに行くと、はっきりと起きている顔でこちらを見た。
「マリー! 起きたのか!」
ドタドタとロイ兄が駆け寄り、マリーに抱きつく。
「ぐえ」
可愛いマリーから変な声が出て、ボクは慌てた。
「お母様! ロイ兄がマリーを潰した!」
思わず母に助けを求めた。
両親や使用人たちが駆けつけて、マリーがはっきりした目で起きているのを見た。
良かった良かったと、声が上がっている。
ああ、マリーは助かったんだと。ボクもちょっと涙が浮かんだ。
それからしばらく、マリーはまだ寝込んでいたけれど。
日に日に元気になり、寝床を離れたマリーは、寝込まない、丈夫な子供になった。
動きもしっかりしてきて、色々と考えるようになってきた。
ときどき不思議な言葉を口にすることがある。
意味を聞くとマリーは教えてくれて、どこで知ったか聞くと、本と言う。
ボクはマリーが出入りする図書室の本は、大抵知っている。
だからそんな本はないと思う。
妹の持つ不思議な知識は、ボクの頭の片隅に残り続けた。
マリーは丈夫になると、剣術稽古にまで混ざりたがった。
心配していたのに、実際に木剣を振ることが出来たので、驚いた。
ボクが木剣をまともに振れたのは、魔力判定を受けてからの年齢だ。
小さな体で木剣を振るマリーは可愛いけれど、兄として焦る。
マリーは、とても素直で可愛かった。
知らないことを教えてあげたら、ジル兄はすごいねと、キラキラした目で見上げてくれる。
あるときマリーが、とっておきの秘密を教えてくれた。
魔力循環というものをすれば、体が丈夫になるそうだ。
しかも白の魔力でも、身体強化で強くなれるという。
今のマリーは、魔力判定を受けていないので、属性魔法をまだ使えない。
でも身体強化をしているから、剣術稽古に混ざれるのだという。
魔力循環がわからないボクに、マリーは魔力を流してくれた。
なんだか太陽みたいにポカポカした、心地良い魔力だった。
体中をマリーの魔力が流れて、マリーに満たされる。
可愛い可愛い妹は、魔力まで可愛い。
それからボクは、魔力循環をして、身体強化を一生懸命身につけた。
実際に以前よりずっと動けるようになったので、夢中になった。
ロイ兄にまで、勝てるようになった。
褒められて嬉しくて、理由をうっかり話してしまった。
皆から説明を求められたマリーが、ちょっと困った顔なのが、申し訳ない。
でも、それをきっかけに、母が元気になった。
少し元気がない気はしていたけれど、病気だとは思っていなかった。
マリーが魔力循環で母の病気を治した。
大人たちはそれから、マリーの属性を心配し出した。
金の魔力が出たら、神殿に連れて行かれてしまうそうだ。
白の魔力が最悪だとボクは思っていたけれど、金の魔力の方が怖い。
家族と引き離されて、神殿に連れ去られるなんて。
家族みんな、マリーの魔力判定の日が近づくにつれて、暗くなった。
だってマリーは特別に可愛い。
聖女だと言われても、そうなのかと思えてしまう。
魔力判定に行く日、ボクたち兄弟と祖父は、マリーと両親を見送った。
国に三つある大きな神殿で魔力判定は行われる。
ボクも隣接した侯爵領の大神殿で、魔力判定を受けた。
いつもは快活な祖父まで、深刻な顔をしている。
「もし、マリーが神殿に連れて行かれたら、攻め入るか」
そんなことを、本気の顔で呟いていた。
心配していたボクらだけど、マリーはちゃんと帰ってきた。
「白の魔力だったよ!」
ボクが絶望した結果を、むしろ誇らしげにマリーは報告する。
なんだかちょっと笑ってしまった。
マリーにとっては、無印だと嘲笑されることは、まったく問題なかったみたいだ。
神殿に連れ去られる心配をしていたから、そうではなくて良かったけれど。
うん。ボクはマリーとおそろいの魔力。素晴らしい。
たぶんマリーは、ボクとは違う特別な白だ。
でもみんな、それは言わない。
神殿に可愛い妹を取られるわけにはいかない。
ボクは身体強化のおかげで、剣術がとても上達した。
ロイ兄は豪快な剣だけど、ボクはロイ兄の力任せの剣を受け流し、反撃するのが得意だ。
ときに父からも一本取れるようになった。
でも、剣でもっと強くなりたい。
懸命に考えた結果、聖銀製の剣をおねだりしてみた。
聖銀なら、身体強化みたいに魔力を通せば、威力が出るのではないかと考えた。
父に強請ると、その剣を作った父と祖父が夢中になった。
考えたのはボクなのに、使わせてもらえたのは、ずいぶんと後だった。
書籍化カウントダウン用として、ゆっくりめに15日置きくらいで更新予定。
次回更新は1月10日です。
来春発売予定の発売日が決定したら、そこから更新間隔少し変化します。
たぶん縮める方向で。
現在書けた四話目で、まだ大規模魔獣発生が起きておりません。
もうひとつの連載には影響がないようにする予定です。