7 終末を駆ける少女達/一矢
「ほら、私は全然大丈夫ですので、ここは任せてお二人は早く行ってください」
恵田さんは魔獣達への掃射を継続したままそう言った。
唯に視線を向けると彼女は頷きを返す。
「確かに大丈夫そうだし、言葉に甘えましょ。私達がのろのろ迷っていると、魔獣も集まってきすぎて恵田さんも離脱できなくなるわ」
「そりゃのろのろ悩んでいる時間はないだろうけど……、……分かったよ。恵田さん、たぶん二分くらいは強化を維持できると思いますので、絶対にその間に逃げてくださいね」
私の言葉に彼女はまた微笑みで答える。
「二分ですね、分かりました。…………、咲弥さん、もっと早くあなたと出会っていたら、何か変わっていたんでしょうか」
穏やかなはずのその笑みを見た瞬間、私はなぜか背筋が寒くなるのを感じた。
様子が気になった私は、唯と二人で走りながら恵田さんの強化と彼女の感知も続ける。すでに結構な距離を離れたが、彼女はまだ魔獣の迎撃に専念していて場を動こうとしない。
……ダメだ、これ以上離れると強化が切れちゃう。魔獣もどんどんやって来るのにどうして離脱しないの!
耐え切れずに私が足を止めたのと同じタイミングで唯も立ち止まっていた。
「距離的にそろそろ限界よね、凛の魔法。あの人、一向に逃げる気配がないんだけど」
「あ、唯も感知してたんだ。うーん、魔獣を狩るのが楽しくなっちゃった、とか?」
「……ありえるわね。とにかく放ってもおけないし戻りましょ」
「そうだね、恵田さんと一緒に出直すのがいいかも」
「凛にしては聞き分けがいいじゃない」
「だって、その方が戦力的に強いし」
と二人で回れ右をしたその時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
足元の道路がグラグラと大きく揺れはじめる。
視線を向けると、恵田さんがいるであろう一帯の地面が周囲のビルごと隆起していく。
大地の隆起は止まらず、やがてまるで小さな島のように空中に浮かび上がった。
その光景を私と唯は呆然と見つめる。
「アニメとかで見たことある……。空中都市ってやつだ……」
「……あれ、恵田さんがやっているのよね? 凛の強化があるとはいえ、独力であんなものを浮かべられるなんて……」
そう、魔力がつながっている私には分かる。あの超常現象は確かに恵田さんの念動魔法によるもので、彼女自身もあの空中都市の中にいた。
……そして、これから起こることも何となく分かってしまう。さっきの背筋が寒くなるような恵田さんの微笑み……。
「……このままじゃまずい! 唯! 急いで恵田さんを止めないと!」
私がそう声を上げた直後、地表数十メートルに浮かんでいた空中都市が突然急上昇を開始した。
間もなく私と恵田さんの魔力のつながりは切れたが、私達の魔力が込められた空中都市はすでに放たれた巨大な弾丸と化していた。上空のワープゲートを目指して一直線に飛んでいく。
……今になって思えば、あの感覚は奏山さん達の時と似ていたんだ。
恵田さん本人も言っていた。もう覚悟はできていて一矢報いにきたって!
見ているうちに恵田さんと無数の魔獣達を乗せた空中都市はぐんぐん上昇。
勢いよくワープゲートにぶつかった瞬間、聞こえるはずがないのに、恵田さんの高笑いが聞こえた気がした。
本当に、言葉通り一矢となって突き刺さった……。
とんでもない、お姉さんだった……。
あまりに衝撃的な光景に、私も唯も感情がなくなったようにただ空を見上げるしかなかった。
なお、あのゲートは破壊不可能なシールドのようなもので守られているらしい。なので通常兵器はもちろんのこと、S級の魔法でもビクともしない。
今回も空中都市の方が粉々に砕けただけでゲートは……、と思ったその時だった。
ゲートの前の空間にバグが走るように揺らめきが生じた。
え……、こんなの今まで一度も見たことない……。
「ねえ唯……、あのシールドってもしかして、破壊できるのかな……?」
「かもしれないけど、簡単じゃないでしょうね。恵田さんの魔力はほぼS級に達していたし、そこに凛のS級強化がプラスされてあの程度だったんだから。壊せるにしてもS級魔法を何十発も撃ちこまなきゃならないだろうし、いずれにしても今の私達にはどうしようもないわ」
確かに、現在この東京に、いや、この日本にS級魔法の使い手がどれほど残っているのか分からないよね……。
私はため息をつきながら唯の顔を見つめた。
「唯がS級だったらよかったのに」
「私だって凛と出会ってから魔力が上がってきてるって言ったでしょ。あと二か月もすればS級に到達すると思うわ。作戦を中止して、二か月間潜伏する?」
「そんなに待てない。あの恵田さんの覚悟を見せられたんだから」
「もうすぐ私達も同じ運命を辿る気がしてならないわ……」
今度は唯の方が大きなため息をついていた。
お読みいただき有難うございます。
応援していただけると嬉しいです。