3 終末を駆ける少女達/希望
現在、人間勢力の残党が集うこの拠点で私と唯は偵察の任務を担っていた。
理由は単純で、私達じゃないと出歩くのは危険だから。私と唯のペアならある程度上位の魔獣に遭遇しても切り抜けることができた。
「いつもあなた達にばかり任せて悪いわね。松島や皆が生きてさえいれば……」
元異世界対策局の全員が集まった会議室にて、山田先生は申し訳なさそうに呟いていた。
松島さんは私達の上司で、S級の戦闘魔法を有する魔法官だった。世界的に見てもトップクラスの実力者であり、日本が保有する貴重な戦力だったが、この二か月の間に殉職している。彼女だけじゃなく、実戦を担当する一課の魔法官の多くがすでにこの世を去っていた。
ここに残っているのは大半が後方支援を受け持っていた二課の魔法官達(等級はDもしくはE級)になる。
「大丈夫ですよ、凛は憎い魔獣をハンマーで叩きたくて仕方ありませんし。まあ、私もですけど」
地図を覗きこんでいる唯が、私の方を見ることもなくそう言った。彼女はそのまま本題に入る。
「やっぱり、新宿のこのオフィス街の辺りだけやたらと強い魔獣達が配置されていますね。どうしてでしょうか?」
「人間に近付かれたくない理由でもあるのか、あるいは何かを守っているのか……」
山田先生は顎に手を添えて考えながら一緒に地図を眺める。
町のいたる所にいる魔獣だけど、話に出て来た新宿の一帯だけ明らかに他と質が異なった。
私と唯の偵察任務とは、それを裏付けるために東京中を走り回ることだ。もう裏付けは充分な気がするし、新宿に何か異世界にとって都合の悪いものがあるのは間違いないと思う。
「行って直接確認すればいいんだよ」
私が発した言葉に会議室の全員が振り向く。予想していた通り、真っ先に唯がたしなめにかかってきた。
「簡単に言うけどね、あの辺の魔獣は私達にだって危ないわ」
「でも、このままここにいても皆死……、やられちゃうだけでしょ」
昨日のやり取りが頭を過って咄嗟に言い直していた。それから私は自分の考え、というより希望を話す。
「もしかしたら新宿には上空のワープゲートを消すスイッチがあるかもしれないし」
「そんな都合のいいものが生えてるって、本気で思ってるの?」
「思ってるよ。スイッチじゃないにしても、その効果がある何かが隠されているんじゃないかって」
会議室の中でこれに反論してくる人は誰もいなかった。
皆、心の底ではそうであってほしいと思っているんだ。今この東京にどれだけの人が生き残っているのか分からないけど、少しでも早く行動に出るべきだと思う。
「唯、明日新宿に行こう」
私の提案に対して、即座に反応を示したのは相棒の銀髪少女じゃなかった。二課の魔法官達の中でピョコンと手が上がる。
「でしたら私も一緒に行きます! 私の魔法なら二人の力になれますから!」
奏山さんが張り切った様子で席から立ち上がっていた。
確かに、彼女が同行してくれるならとても助かる。奏山さんの等級はD級だけど、その能力は自然系の風を操る力で、色々な局面で役に立った。
しかも、唯と同様になぜか私の魔法と相性がいい。私が全力で強化すれば奏山さんの風魔法はA級を超えた。
唯は諦めたようにため息をつく。
「いいわ、ただし無理だと判断したらすぐに引き返すからね」
まるで私達の保護者みたいにやれやれといった感じでそう言った。
いや、奏山さんは唯より二十センチくらい背が低いけど、たぶん七つくらい年上だよ。
私達特攻チームの三人が揃って視線を向けると、山田先生は「仕方ないでしょ」とうなだれた。
「他に現状を打破できる案もないしね。本当に無理だと思ったら戻ってくるのよ、あなた達を失ったらここも終わりなんだから」
こうしてリーダーの決断により、私達は明日新宿でワープゲートを消滅させるスイッチを捜すことが決まった。
それに備えた打ち合わせをしていた時のこと、奏山さんがやや嬉しそうに。
「近頃私、ちょっと魔力が強くなってきたんですよ。山田先生に見てもらったら、第二次成長期に入ったらしくてもうC級が目前だそうです」
「そうなんですか、あまり伸びているようには見えませんが」
私が奏山さんの頭の天辺を見つめながらそう呟くと、彼女は「魔力の話です!」と叫んだ。
私達のやり取りを聞いていた唯がクスリと笑う。
「今の返し、少しだけ以前の凛っぽかったわよ」
そうかな、けどやるべきことが決まったら何だか気力が湧いてきた気がする。