僕が美少女魔法使いの従者に?少女の名前はグリンディア
オズワルドの家には、穏やかな時間が流れていた。
母が焼いたお菓子の甘い香りが、リビングに漂い、家全体を優しく包み込んでいる。
そんな中、オズワルドは、母が淹れた温かい紅茶をすすりながら、目の前に座る二人の客人を眺めていた。
「母上の作ってくれたお菓子、本当に美味しい♪」と、グリンディアという名の小さな女の子が無邪気な笑顔を浮かべながら、クッキーを頬張る。
「あらまあ、嬉しいわ♪どんどん食べてちょうだいね♪」
母も、その笑顔につられて、さらに上機嫌になる。
「お礼にお伺いしましたのに、こんなに素敵なおもてなしまでしていただいて、本当にありがとうございます。」と、丁寧に頭を下げるのは、グリンディアの世話係であるケスミーという女性だった。
彼女の優雅な仕草に、母も微笑みを浮かべ、
「まあまあ♪そんなに気を遣わなくていいのよ♪ こんな可愛いお嬢様たちが家に来てくれるなんて、本当に嬉しいわ♪」と応じた。
――数時間前、河原で謎の大きな手から逃げ延びた時には、こんな穏やかな時間が訪れるとは想像もしなかった。
状況が全く理解できないまま、彼は二人と一緒にとりあえずそこから離れ、二人は街の宿に泊まるらしく偶然にも帰り道が同じだったので、そのまま三人で家まで戻ってきた。
家の前を通りかかった時、ケスミーが「ご両親にお礼の挨拶をしたい」と申し出たので、母は二つ返事で二人を家に招き入れ、今こうしてリビングで談笑している。
彼らが出会った状況を考えると、今の穏やかな時間は、まるで異次元の出来事のように思えた。
「私も嬉しいな~、オズワルド」と、父が楽しそうに声をかけてきた。
彼は家のペットである犬、ケルベロスを膝に乗せ撫でている。
「ご紹介が遅れて申し訳ありません。私の名前はケスミー。こちらのグリンディア様のお世話係として同行しています。」
「コホン……グリンディア様は高名な魔法使い一族であるクリスティン家のご息女であり、超天才魔法使いなのです!」
ケスミーが誇らしげに説明すると、グリンディアはピースサインをしながら元気よく自己紹介を始めた。
「イエーイ!ワシが天才魔法使いグリンディアじゃ!よろしくね♪」
その陽気な振る舞いに、オズワルドは少し驚いたが、「ワシ」と名乗るこの女の子に、どこか不思議な魅力を感じたのも事実だった。
母も感嘆の声を上げ、「まあ、グリンディアちゃん、凄いわ♪」と称賛する。
「そういえば、今日は蛙亭に泊まるそうですが、観光でこちらに来られたの?」
と母が尋ねると、ケスミーは静かに首を振った。
「オズワルドさんと同じように、グリンディア様も明日からギョウダァに通うことになっています。そのため、入学手続きをするために今日こちらに来ました。」
ケスミーが静かに説明した。
「でも、グリンディアちゃんって一年生のオズワルドよりいささか年下に見えるけれど…?」
母が不思議そうに問いかける。オズワルドも同じ疑問を抱いていたが、母が代わりに聞いてくれた形だ。
ケスミーは穏やかに微笑みながら答えた。
「グリンディア様は並外れた魔法の才能をお持ちです。そのため、特別に飛び級が認められています。ただ、学校では主に一般教養を学ぶことが目的です。」
オズワルドは、河原で見た彼女の驚異的な魔力を思い出し、この話にすぐ納得した。
ケスミーの説明が終わると、グリンディアはオズワルドをじっと見つめ、その後ケスミーに耳打ちを始めた。
「確かに、それは良いかもしれませんね♪」
ケスミーは微笑みながらオズワルドに向き直ると、言った。
「お願いがあります。オズワルドさんに学校でのグリンディア様の従者になっていただきたいのです。」
「えっ?従者って、僕がですか?」
オズワルドは驚きのあまり声を上げた。
「まあ……従者?」
母も興味深げに眉をひそめる。
「グリンディア様は非常に優れた魔法の才能をお持ちですが、学園生活に馴染めるかどうか少し心配です。そこで、学校で彼女を支えてくださる方を募集する予定でした。」
ケスミーの口調は丁寧で落ち着いていた。
「先ほどオズワルドさんに大変お世話になりました。オズワルドさんなら、きっとグリンディア様をしっかりとサポートしていただけると思っています。」
「えっと…従者って何ですか?具体的に何をすればいいんでしょう?」
オズワルドは少し戸惑ったように問い返す。
「グリンディア様の身の回りのことをサポートしつつ、学友として一緒に学園生活を過ごしていただきたいのです。」
「うんうん!従者はお兄さんにお願いしたいな♪」
グリンディアは目を輝かせながら嬉しそうに言った。
「もちろん、タダでとは申しません。月々10万マニーの賃金をお支払いします。」
「んま~…そんなに…?」
母が驚きの声を漏らす。隣では父がにこにこ顔で話し始めた。
「ははは、良いじゃないか、オズワルド。これも人助けだ。引き受けてあげなさい。」
「あなたは黙っててください!」「同調しただけなのになんでなのー!」
父が抗議するが、母は完全に無視していた。オズワルドは二人のやり取りを横目に、困惑するばかりだ。
「だめなの~?」
グリンディアが甘えるようにお願いしてくる。その可愛らしさに、オズワルドは心を揺さぶられた。
「では…オズワルドと二人で少し話し合いますわ…」
母は険しい表情をしてオズワルドの手を取り、リビングを出て彼の部屋へと移動した。
廊下はいつになく長く感じ、母の真剣な表情が緊張感をさらに高めた。
部屋に着くと、母は突然、オズワルドを抱きしめてきた。
「オズワルド!よくやったね!いつかきっとやってくれるって信じてたよ!お母さんはもう涙が出そうなくらい嬉しい!」
「えっ……何が?」オズワルドは困惑しながら母を見つめる。
「あの子はまさしく魔王の血族の嫁に相応しい相手よ!あの子を将来の奥さんにしなさい!いいわね?」
「えええええ!?そんなことをいきなり言われても……」
オズワルドは混乱しつつも、母の真剣な顔に圧倒される。
「オズワルドがグリンディアちゃんと結ばれた時こそ、魔王の血族が栄華を取り戻す時よ♪」
母の言葉に、オズワルドはさらに混乱した。
「わ…わかった。少し考えてみるよ。」
とオズワルドが答えると、母は満足そうに頷いた。
――リビングに戻ると、母はケスミーをじっと見つめ、
「このお話、ぜひともお受けさせていただきます」と力強く言った。
「ありがとうございます!」ケスミーは感謝の表情を浮かべて答えた。
「えええ……ちょっと!」とオズワルドが戸惑うと、母が微笑んで言った。
「うふふ…オズワルドはグリンディアちゃんの従者になれることが光栄で本当に嬉しいと言っていますわ。」
「ありがとう♪これからよろしくなのじゃ♪」グリンディアが無邪気に言う。
オズワルドの意思は確認されることなく、話はどんどん進んでいく。
だが、グリンディアの無邪気な笑顔を見ていると、オズワルドは従者になるのも悪くない気がしていた。
そして、オズワルドは心の中で思った。
つまらなかった学校生活が、これから少し変わるのではないかと。