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第1話・CASE1:副島遥からの依頼<1>

 事務所を選んだ理由は、なんてったってロケーションだ。大勢川の桜並木、春になれば桜のアーチ。事務所から眺める桜は最高だ、という理由だけ。自宅兼にする殺し屋もいるが、自宅を事務所にしちゃぁ家族を危険にさらすし、そもそも安心して眠れない。睡眠は人類すべての安寧の手段であり、生きるための目的でもあると先輩の殺し屋・寝屋川(ねやがわ)さんに教わった。


 ベッドはどうでもいい、とにかくマットレスを。寝る前にはコップ一杯の水、ストレッチは首を中心に。疲れを持ち越さないだけじゃない、短い睡眠時間でも回復できる環境づくりをとよく言われたものだ。自宅から事務所まで徒歩五分とあれば、自宅を特定されかねないんじゃ?とデュークは心配してくれたが、灯台下暗しって言葉があるだろ?と言うと、トーダイモトクラシーみたいにデモクラシーの発音で言い返してきた。たしか三百歳は越えているはずなのに、教養ってもんが欠落している。と言うと、三百年の間に日本人が言葉を変えすぎて、覚えるのをやめたと言い出した。


 事務所のインターホンが鳴る。デュークが顕在化する。どうも機械音に弱いらしい。まぁ、見えたところで女子高生風の制服にツインテールという、かわいいからいいものの。

「あの、ネットで予約した副島遥(そえじまはるか)と言います」

 モニター越しには、年のころ二十五歳ぐらいの女性。黒縁メガネだ。流行ってるのか?

『おぉ、フラグ』

 デュークが喜び勇んでドアを開けた。

「なんだよ、デューク。依頼人のフラグ見えるのかよ」

 デュークの後ろを追いかけるように引っ越しの未開封の段ボールの隙間を縫って、狭い事務所のドアにたどり着く。ちょっとした探索だ。俺がドアを開ける。デュークは現実世界のモノには触れられない。


 ドアを開ける、誰もいない。視線の下に殺気が。クナイがせりあがるように喉元を狙う。とっさにかわし、視線を上に向ける。シャボンの香りがする。香水?殺し屋らしからぬ、そんなもんつけるなんて。指を二本、突きだし両目を潰しにかかったが、寸前で指を折り曲げそのまま眉間を殴りつけた。

「ったく、何すんだよ。殺す気か」

『スガルのフラグは立ってないよ』

 デュークは女性の頭の上から生えている【フラグ】に釘付けだ。

「失礼いたしました。神崎スガルさま、流石のフリーランス殺し屋。私の名前は副島遥、神崎さまのライバル会社に勤めておりました殺し屋でございます。専門は…」

「い、いいいって。ここじゃなんだから、早く入って」

 スガルは遥を事務所に押し込んだ。傍から見れば、若い女性を事務所に連れんだみたいに見えかねない。廊下の対面にある向かいのデザイン事務所の筋肉オバサン(名前は知らない・ただムキムキ)と目があった。


「あらぁ、若い子ですことー」

「いや、お客様ですよ。ははは。さ、入ってください、おきゃくさま!」

 スガルはドアを閉めた。


「で、副島さんご用件は、その、誰を殺すんでしょうか?」

「単刀直入ですね。さすが無駄がありませんね。殺して欲しいのは、私の夫です」

「それなら、ご自身で()ればいいのでは?」

 スガルのこういうところが、フリーランスに向いていないと隣でデュークは腹立たしく思った。

「いえ、彼も殺し屋ですから」

「それはそれは」

 スガルは遥の依頼書をじっくりと読み込んだ。なんだよ、遥さん俺とタメ?三十九歳?夫???二十二歳?なんだコレは。


「情報が多いですね、旦那さんって去年ご結婚されたんですね」

「ええ、職場結婚です。二十二歳の若さで月間MVPを何度も獲って、表彰されるほどの人でして」

 遥は夫のことをうっとりとしながら話し込んだ。

「だけど、この前、見ちゃったんです」

『あぁ、アレか』

 デュークがもうわかった、と言わんばかりの表情だった。

「なんだよ、アレって」

『浮気だよ』

「どうかしました?独り言ですか?」

「いえいえ、続けてください」

「はい、夫がその、もう殺し屋を辞めたいと言い出しまして」


 スガルは飲みかけたコーヒーを一旦テーブルに戻した。デュークを肘でつつきながら、

「ほら、世の中なんでも離婚理由が不倫じゃぁないんだよ」

『離婚じゃないじゃん、殺しだよ。でも間違った』

 デュークはしょんぼりとスガルの隣に座っている。

「だれか、隣にいらっしゃるの?」

「あぁ、見えませんよね?ちょっとチャイム鳴らしますね」

 スガルはスマホのレコーダーに仕込んでいるチャイム音を鳴らした。ピロロン、ピロロン♪デュークが顕在化した。遥の前に現れた。

「きゃッ、あなた、学校は?」

「いや、この状況で。遥さん」

『私は、デューク。スガルにとりついている死神よ』

「そう」

「受け入れるの、早くないですか?」

「あ、ごめんなさい。私の父にも死神が憑いていたから。その慣れていて」

 死神に対してビックリしないのも驚きだが、真田さんにしても、遥さんにしても、死神は遠くの親戚よりも近い距離間の関係なのか?スガルはテーブルのコーヒーを一気に飲み干した。


「で、ご用件は、旦那様の殺害と」

「できますか?」

「できますが、できますが、どうして?」

 スガルは遥に握りしめられた両手をそっと外した。どうもデュークの視線が冷たい。

「殺し屋を辞める理由が、人を殺すのが辛いからって。それって、私の仕事自体も否定してるってことでしょ」

「まぁ、そうなりますけど、基本的に胸を張って生きられるような仕事ではありませんから…ハハハ」


 デュークはスガルの困った表情を見るのがとてつもなく好きだ。この困った顔をひとりじめしたい、だから取り憑いているといってもいいくらいだった。

「辞めてどう生活するんでしょうか?」

「地元の青森に引っ込んで、農家を継ぐって。一緒に来てくれないかって」

 あぁ、これは妻としては不安だが、若い夫がこれからの人生を考え直すって、二十二だろ。立派じゃないか。夫クンに同情する。むしろ応援する。

「遥さん、この仕事お受けできません」

「できない?怖いんですか?ウチの夫に返り討ちにされることが」

 デュークはワクワクしながらスガルを見ている。あのフレーズを言えば、スガルは理性を失うのに、と。

「いえいえ、旦那さん、立派じゃないですか。それにこの殺し屋の稼業なんて、いつまでも続けるモンじゃぁありませんよ」


 すごくまっとうなことを言っているが、やってることと言ってることが真逆なのがまたカワイイとデュークは思った。

「本当に、殺し屋さんなんですか?神崎さまは」

「ええ、元上司からはスルスルっと殺しができると高評価でしたから」

『ちがうよ、スパスパだよ』

「どっちでもいいんだよ」

 遥はバッグから札束の塊を出した。ここに五百万、これは手付です。成功すれば、さらに五百万をお出しします。

「だよな、フリーランスには相場的に一千万ぐらいだもんなぁ、会社なんて月給手取りで三十二万だったもんな」

『引き受けるの?』

「引き受けていただけるの」

 デュークも遥も前のめりでスガルに訊いてくる。

「いやぁ~」

 スガルは煮え切らない。


「神崎さまって、意気地なしですのね」

 デュークがピクッと反応した。惜しい!それじゃない、もう一つ、あのチキン的なアレ!とデュークは遥に念を送る。事務所開いて最初の仕事は絶対受けたい。会計全般も引き受けているデュークとしては事務所の経営を安定軌道に乗せることは、大きな使命だ。スガルもそこを信用して、任せてくれている。

 沈黙が漂う。スガルの理性はまだそり立ったままだ。あの言葉を投げつければ、一瞬でドス黒の神崎スガルになるというのに。


「ほんと、煮え切りませんね。腰抜けだわ」

『ビンゴ!』

 スガルの表情が変わった。腰抜け?誰に言ってる?スガルはコーヒーのカップの取っ手をへし折り、遥の喉元に当てる。遥も殺し屋歴は長いはずだが、まったく反応できなかった。


「できますよね?」

「ったりまえだろ、このクソアマ!」

『ダメダメ、お客様にそんなこと』

「お前は黙ってろ!!!」

 事務所内にスガルの罵声が響く、下の大家の階にまで聞こえそうだ。

「じゃぁ、コレ、依頼受けてくださるということで。血判ついてくださいますか?」

 遥は契約書を二通差し出し、ナイフで自身の親指をスッと切った。同時に、そよ風がふっとなびいたかと、デュークが思った瞬間にスガルの左手親指も切れていた。血判を付き、契約は終了した。

「じゃぁ、今月中によろしくお願いしますね」

『ありがとうございましたーぁ』

 デュークは遥を見送った、すぅうっとデュークの透明度が高まり、スガル以外には見えなくなった。

『ねぇ、スガル落ち着いた?』

 スガルは腰抜けで反応する、理性をつい失う。その原因はどこにあるのか、デュークにはまだ検討はつかない。だが、便利な装置でもある。ものの十分もすれば、スガルは理性を取り戻すから安心だ。


「あぁ、ごめんなさい。またやっちゃったね」

『で、あのさ、遥さんのフラグ』

「見てたよ、何度食べても食べても、すぐ生えてきてたな。俺もそれを観察していて、依頼自体が頭に入んなかったんだよね」


 スガルはスケッチブックに遥の家の間取りを書き写した。どの手順で、どこから侵入し、どうやって夫を殺害するのか。夫の名前はっと、副島大吉か。依頼書に添付されていた大吉の写真を見る。デカい、二メーター近くある。手もデカい。使用武器、斧。ホラー映画かよ?どんな依頼書だ。とにかく、大吉とやらに会うしかなさそうだ。

『ねぇ、この写真からしかわからないけど、この人、たぶんフラグが立たないよ。フラグの種持ってなさそうだもん』


 デュークの絶望的なひと言でますます憂鬱になった独立一件目のお仕事、とりあえず元妻用に蓄えていた、通帳とカード、デュークに託しておくか、とスガルはいつになく弱気で今日の仕事を終えた。


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