骸骨姫
一週間前に、突然、父から私の夫が決まったとの連絡を頂きました。
私は、ああ!やっとお爺様との約束を履行出来ると素直に嬉しく思ったのでした。
私の名前は、リリーナ・カリエスト。伯爵家の長女。今年、王都の学園を卒業したばかりの18歳です。
故あって伯爵家の現当主です。けれども、この歳になる迄、私には婚約者が居りませんでした。
勿論、在学中婿探しは必死にしましたが、私にはネックがあり、それが災いし、不甲斐ない事に、どなたとも縁づくことが出来なかったのです。ですから、婿に来ていただけるなら、もう誰でもいいと言う気持ちで一杯です。それ故に父からの連絡に、相手が誰とも存じませんが、とても喜んでしまったのです。
カリエスト領は、王都から馬車で1週間はかかる程の遠い領地。農作物で収益を上げている為、販路も固定されています。今更どこかの領と繋がりを持ちたいだとか、他家からも、そう思われる事が無いほどの田舎の領地です。
今でこそ、農地経営が上手くいき、田舎の領地の割にはとても羽振りのいい生活をしていますが、父が子供の頃は違ったそうです。
日照りが多く、雨が少ない瘦せた土地で、作物を作っても小ぶりで栄養価の低い作物しか育たず、一時期、酪農が出来ないかと試してみても、思う様に育たず余計に費用が掛かってしまい諦めた事も有ったそうです。
幼馴染だった祖父と祖母は、貧しく慎ましい生活だけれど、それを苦とも思わず、とても仲の良い夫婦だったそうです。
けれどもある日、突然祖母が病に倒れ、当時の領収入では生活するのが精一杯で、病床に臥せった祖母を、近くの医師に見せることは出来ても、遠くの名医を呼び寄せる事など出来る筈もなく、あっけなく幸せな時間は終わりました。
もしお金が有れば、名医を呼び寄せることが出来ていた、祖母が亡くなる事もなかったのにと祖父は、とても悔やんだと聞きます。
それを機に祖父は変わったのだそうです。領地を豊かにし、生活を向上する為に、一人息子だった父を王都の有名な貴族の寄宿学校へ預け、色々な領地や外国を旅し、実りの良い作物や、恩恵を受ける為の呪い事を探しては、領へ戻り実行するのを繰り返しました。
その甲斐も有り、試行錯誤した結果、現在のカリエスト領の作物の実りの豊富さや作物の質は他領とは比べようもないほど格段に上がり、田舎の領地にしては安定して富を増やす事に成功したのだそうです。
私の母は、祖父が旅をした内の一つの外国で出会ったのだそうです。孤児だった母を連れ帰った祖父は、父の婚約者としました。当時母は15歳。父は12歳だったそうです。
とても母を気に入った祖父は、母の直系と祖父の直系との間に生まれた子であれば男女を問わず、次の領主と定めると魔法契約書を交わした程でした。
寄宿学校で生活をしていた父は、ずっと祖父とも疎遠だった為か、父の意思を悉く無視して決められた婚約者に反発しました。しかも、学生時代に知り合った男爵令嬢と結婚の約束をしていたそうで、父は必死に祖父にそのご令嬢との結婚を切望したのだそうです。
田舎貴族とは言え、貴族の結婚です。祖父は頑として許さず、父が学校を卒業し領地へ戻ると直ぐ強引に、母と結婚させてしまいました。
父は酷く反発したそうなのですが、祖父が父に子供さえ出来れば、後は自分の好きにしたらいいと言われたのを逆手に取り、母が私を身ごもったと分かると直ぐに、学園で知り合った女性と別宅を構え、本宅を出てしまいました。
けれども、祖父は私が生まれた事を喜び、父の行動に無関心でした。父も、領地経営の仕事をする為に本宅へ出勤し、仕事が終わると愛人宅へと帰って行くのが当たり前と成ったのです。
私が生まれた2年後、あちらの家庭にも娘が生まれたそうです。父は、その娘を祖父に紹介したいと伝えて来ましたが、祖父はそれを拒絶したそうです。それにより、父と祖父の軋轢は以前にも増して深くなり、父は私を居ない者として扱いました。
それゆえ、私は、祖父が亡くなるまで、父と直に話をした事も有りませんでした。
祖父は、私の母を王都の学院へ入れる必要は無いと考え、領地内の学校へ通わせていました。その為、王都の寄宿学校へ入っていた父と母が交流を持てたのは、父が帰省した時の数日間だったそうです。
祖父は、傍目から見ても母を大層可愛がっていたそうで、どちらが本当の子供か分からないと噂されており、それも父の反発心を煽ったのかも知れません。
その後、父の家庭に男の子が生まれました。父は、後継ぎが出来たと喜び、その事を祖父に伝えましたが、祖父は、呪いを永続する為に作られた魔法契約書にて、私がこの領地を引継ぐ事に決まっていると、その契約内容を伝えたのだそうです。
父は、呪いに理解を示す事は無く、祖父の頭がオカシイのか、それとも母に操られているのでは無いかと周りに零していたそうです。
それから暫くして、母が急死しました。私が9歳の時です。その時の事は少し怖い記憶として残っています。
祖父は、母が亡くなった事よりも、魔法契約書の方が気に成るらしく、暫くの間魔法契約書を手放す事なく、ブツブツと何かを呟きながら私を伺っている様でした。そして毎日、私に何か体に変調は無いかと聞いてきました。母を失った悲しみからか、私は少し倦怠感を感じていました。そしてそれは日増しに強くなっていったのです。
それを伝えると、何故か祖父は喜び、幼い私に【魔法契約書】の契約内容を教えてくれたのです。けれども幼い私には、その内容を理解する事が出来ませんでした。分かったのは、大好きな祖父がとても大切にしていて、今まで母と一緒に守って来た大事を、私が託されたのだと言う事でした。この出来事は一種の高揚感と、それに伴う責任感を私に与えたのでした。
祖父は倦怠感を緩和する為にと、魔石を与えてくれました。母がいつも祖父から頂いていた綺麗な石です。
その時は、意味が分からなかったのですが、年を重ねる毎に、私は肌身に感じ、魔石の意味を理解していきました。
母が亡くなって2年後、あっけなく祖父も亡くなりました。祖父は生前に既に手続きを踏み、私をカリエスト領の当主とし、その後見人に父を指定していました。その為、幼くして私は当主と成ったのです。
そして、祖父の死後、直ぐに父とその家族が本宅へ移り住み、正式に結婚しました。
幼い私は、母や祖父に愛されて育った記憶が強く、継母や継子はともかくとして、私の父であれば、同じように愛して貰えると素直に信じていました。それだけに、移り住んで来た父と話がしたくて近づくと、必ず継母や継子に阻まれ話が出来ない時期が続いても、父の意思だとは思っても居ませんでした。
ある日父から呼び出しを受け、やっとお話が出来ると喜んで父の執務室へと向かうと、そこには継母と継子が既におり、私を蔑むような眼で見ていました。それでも、親子の絆を信じていた私は勇気を振り絞り父へ近づき話しかけようとしました。けれど、それを父自身が遮り、伝えられた言葉は、王都にある貴族の寄宿学校への入学と卒業する迄は帰省する必要は無いと言う冷たい言葉でした。
この時、初めて私は、父も私を疎んでいたのだと知り、胸の中に有った父への思慕は、悲しさと共に萎んでいったのでした。
メイド達が寄宿学校への出発の用意をしている間、ことある毎に継母や継子が絡んで来て、私を嘲笑らい酷い言葉や対応を受けましたが、父に疎まれていた事へのショックから、その時の事柄はあまり覚えていません。
ただ唯一理解したのは、この家族の中に私の居場所は無く、この人達は私の家族では無いのだという事だけでした。
義妹が、自分たちは領地内の学校へ通わせられて、私だけ王都の学園に通っているのは不公平だと父に訴え続け、それに根負けした父は、私が王都の学園に入学した2年後に、義妹の中等部入学と義弟が初等部への編入するのを機に、家令に領地運営を任せて、家族ごと王都にタウンハウスを借りて移り住みました。自身が子供の頃、寄宿学校へ入った時の寂しさを、子供達にさせたくなかったのだそうです。
勿論、私が寄宿舎から、王都のタウンハウスへ呼び寄せられる事は無く、お金を払って通わせて貰っている事を、感謝すべきなのだろうとこの頃には、私も理解していました。
祖父は亡くなる少し前から、私の為に魔石を沢山購入してくれていました。しかしそれも、私が高等部へ上がる頃には尽きてしまい、父から貰える生活費だけでは、とても魔石を購入する事は出来ません。
魔石が尽きてから、私はどんどんとやせ細ってゆき、それは異常な程でした。
仲の良かった友人たちは、初めは心配してくれていましたが、状態が悪化していくにつれ、何か悪い病気では無いのか?と少しづつ私から距離を取っていきました。一番仲の良かった友人から、「貴方といると、その病気がうつるかもしれないから、もう話しかけないで!」と言われたのは、流石にショックでした。これは、伝染病ではないのですが・・・ね。
けれども、どうしてこうなったかは、誰にも教えてはいけない、祖父との約束でした。例え孤立したとしても、祖父との約束は絶対で、カリエスト家に居場所の無い私の生きる糧だったのです。
そして、やせ細った私の容貌が有る一定度から変化しなくなった頃についたあだ名が【ガイコツ姫】でした。
私の顔や体は骨が浮き出て見えており、落ちくぼんだ目に、手も足も骨にうっすらと最低限の肉と皮が付いている様にしか見えません。肌は色白と言うよりも青白く、幽鬼の様と陰で噂されていました。腰まである母譲りの銀色の髪は艶を失い、もはや白髪にしか見えずパサパサで枝毛だらけです。酷い時には、私を見ただけで悲鳴を上げて泣き出すご令嬢も居ました。
その様な状況でも私が、挫ける事も無く勉学に勤しんでこれたのは、私をとても愛してくれた母と祖父との記憶と約束でした。
祖父が愛した領地を守る為に、私は立派な後継ぎに成らなければ成らないのです。例えそれがどれだけ私の体を蝕もうとも、父からの愛情を受けることが無いのだとしても、全力で頑張ろうと心に誓って毎日毎晩、領地経営の勉強を続けました。
夫探しは、とても難航しました。この様な私でもカリエスト領の跡取り娘です。夫に成れば貴族生活が継続出来て、とても裕福な領収も得られるのです!それを必死にアピールをしましたが、皆様苦笑いして後ずさって行かれます。
上位の方を狙うのは難しい事は分かっていましたので、私よりも下位の方、子爵や男爵、はたまた勉学の優れた平民の方にもアピールしましたが、全て逃げられてしまいました。
父は、私の婚約者を決める事も無く、ずっと放置していました。それだけに自分で婚約者を探さなければと頑張っていたのですが、どうにもならないまま、学園を卒業する事に成ってしまったのです。
落胆した私は、領地へ戻り、これから学校で勉強した領地経営を実践に移していく事に成るので、少し結婚は後回しにしようと思っていた矢先、学園の冬期休暇の為、私よりも先に王都から一家で戻っていた父より、私の夫を見つけたと家令を通して伝えて下さったのです。同じ屋敷に居るのですが・・・ね。
それでも、ほんの少しは、私の事を・・・・いいえ、きっと魔法契約書が有る以上は仕方ないと夫を探して下さったのかも知れません。そうだとしても、私は嬉しかったのです。きっとこれが最初で最後の父からのプレゼントなのだと思って。
そして明日、その方が当家へいらっしゃるのだそうです。
どのような方かも存じません。相手の方も、私の事を知らないのでしょう。けれども、私もこれを逃すわけには参りません!全力で、結婚証明書にサインをして頂ますわ!
だって、これには、祖父の願いと我が領の命運がかかっているのですから!




