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御百度参りの夜に

「……はぁ、はぁ……あと50……」


 1人の20代半ばの、茶髪にロングヘアーで白いレースの入ったベージュ色のワンピースを着飾って、裸足で石階段を何度も往復する女性。

その場所は1つのお寺。

現在は星あかりが綺麗な夜。

季節も夏にさしかかろうとしている中、ポツポツと細雨が降り注ぐ。

足の皮が擦りむけそうなくらい歩いていて、既に50回ほど往復していた。

 この光景は御百度参り……。

どうしても叶えたい夢があるとき、人知れずお寺の前で100回往復すれば願いが叶うと言われている参拝方法である。

ただし人知れずとあるように、誰にもこの参拝を見られてはならないという言い伝えがある。


「私は、あの人の……いえ、これを続けることに意味が……」


 息をあらげ、汗を多分にかきながら何度も何度も往復し続ける。

いつ倒れてもおかしくないような状態の中で、その女性は叶えたい夢の為にその身を削る。

そうまでして叶えたい夢はなんなのだろうか?


「無事であればいいのだけど……無駄にならないように、私が続けなきゃ行けない……」


 周りの誰かに何かあったのだろうか。

そのものの為に御百度参りを行っているようだ。

だんだん本格的に雨も強くなり、参拝回数も残り30回を切った辺りで土砂降りの雨が女性を襲う。

服を濡らし髪を濡らし……それでも女性は歩みを止めない。


「……雨なんて、私には……!」


 だんだん歩み一つ一つも重くなっていき、意識すら遠のき始めたみたいで、足取りがフラフラと怪しくなってきた。

それでも、狂ったように歩く。

 ふとそんな時、女性の元に着信がはいる。

残り5回を切ったところだ。


「もしもし? はい、家族のものですが……。 えっ……はっ、はい……わかりました、はい。失礼します……」


 女性は静かにスマートフォンを操作し電話を切った。

ザーザーと降りしきる雨の中、女性は手にしていたスマートフォンを地面に落とし……


「神様なんて、やっぱりこの世に居ないんだ……。あまりにも無慈悲すぎるよっ! 私の家族を、努力を返してよっ!」


雨の音をかき消すように、女性は激しく泣き叫んだ。

どうやら不幸があったようだ。

つまるところ、この御百度参りは夫やその間に出来た子供の安否を願うための参拝だったのだろう。

だが、それもすんでのところで絶望へと変わってしまったようだ。


「生まれつきの重篤な病とは聞いてたけど……助からないとは聞いてたけど……だからって、こんなのはあんまりだよ……!」


 もう女性は何もかもが狂っていた。

次の瞬間には、持っていたライターの火をつけてお寺を燃やそうとまでしている。

しかしこの雨の中、ヒノキで出来たお寺の柱に火を付けられるはずもなく……ライターは地面に落ちた。

もう近くのスマートフォンすら取る気力が残っておらず、気づけば女性はそのまま意識を失っていた。


___あれから3時間後……


 女性は身寄りが無くなり、自分が倒れていたお寺の住職さんが看病をしてくれていた。

どうやら高熱と体に負荷をかけすぎたせいで意識を失っていたようだ。


「奥さん、かなり思い詰めてましたよ。自分の首を無意識にしめようとしたんでしょう……お腹に新しい命があるというのに」


 住職は口にする。

"新しい命がある"と。

女性は困惑した。

自分は1人しか産んでないはずなのにどうして孕んでいるんだ? 検査の時も双子じゃなくて一人っ子だと診断されたはずなのにと。


「あの……仮にそうだとしてなんで断言出来るんですか……? あなたは私の何を知ってるんですか……?」


「おっと、いきなり変なことを言ってしまったみたいで申し訳ありませんね。断言出来る理由は簡単ですよ。私は元医師ですから、産婦人科の」


 この住職、どうやら元医師だったらしく、看病している間にお腹に触れた際に違和感を感じたようだ。


「もしかしたら、貴女のことを気の毒に思った神様からの慈悲かもしれませんね」


「だったら……! それなら主人と息子を守って欲しかった……! 助けて、欲しかった……」


 一瞬声を荒らげるも、すぐに冷静になって、静かに涙を流した。

得たものと失ったものの差が大きすぎると思いながら、このお腹の子は無事に育ってくれるといいなと密かに考える。


「もし、なにかお困り事でもありましたら私のところを頼ってください。元なのでお薬は出せませんが、診察は出来ますから……」


 住職は、女性に何があったのかを察しているようで、澄んだ眼差しで見てくる。

お外はもう日の出を迎えていて、雨もすっかり上がっていた。

ずぶ濡れの下着や服は、洗濯にかけて乾燥機で乾かしてくれてたみたいで、自分の寝ていたベットの近くに丁寧に畳んで置いてくれていた。

まだあれから3時間しか経ってないが、熱はすっかり良くなったみたいで、あれだけあるいた足の裏の皮は変わらずだが、包帯を巻いてくれていた。


「おや、もう行かれるのですか? もう少しゆっくりして行けばよろしいのに」


「お気持ちは嬉しいですが……通夜に行かねばなりませんので……」


「そうですか……。お気をつけて」


 住職は軽く微笑みながら、小さく手を振った。

そして、通夜を済ませ、あの寺に戻ろうとした時違和感に気づいた。


「あれ? あのお寺は……? あの住職さんは?! 」


 そういえばお礼を言ってなかったなと、せめてものお礼だけいいに戻ってきたのに、そこにあったはずの石階段もお寺も鳥居も……あの時の住職さんの姿もどこにもない、ただの空き地だった。

たまたま近くを通り過ぎた、ヘルメットを被った工事現場の人にお寺のことを聞いても"はて?そんなものこの地にはありませんでしたよ? "と言われてしまった。

まるで最初からなかったかのように……。

 でも、女性は名前を覚えていた。


「入福社……。変な場所だったなぁ……」


 自分があの日訪れたお寺、入福社は幻想だったのだろうか? それとも神の導きだったのだろうか? 以降、女性に不運がまい起こることはなく、新たに生まれた女の子のもたらした影響か、以前からよく子供の面倒を見てくれていたご近所さんと結ばれ再婚した。

それからというもの、女性は死ぬまで幸せな一生を過ごしたのでした。

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