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第一章 不運な男の冴えない日常 その1

響け俺の言霊!

僕には特筆すべき、ある体質が備わっている。

それは....他の人に比べて圧倒的に運が悪いと言う代物だ。

思い返せばいつからだろう。物心がついた時にはもう悪かった気がする。

道を歩けば犬のフンを踏むし、遠出をすれば雨が降る。

コンビニで弁当を買えば箸が入っている事の方が珍しいくらいだ。信号機だってそう。まるで僕を待ち伏せていたかのように赤に変わり、前を過ぎゆく車に水溜りの飛沫を引っ掛けられる始末。

なぜこうもツイていないのか、もはや前世でとんでもない悪行を積んだとしか思えない。

果たして僕の前世は、かのローマ皇帝、暴君ネロとかだったのだろうか?

ーーーなんて、そんな事を考えつつ歩くこの道は、本来なら1週間前に歩むはずだった高校への通学路。

そう、僕は高校生活が始まる前日、春休みの最終日に自転車で事故に遭い、腰の打撲を理由に初っ端から1週間も高校を休む事になったのである。

「はぁ、やれやれ」

と、未だ少し疼く腰に手を当て、ため息を吐く僕の周りに段々と同じ制服着た学徒達が連なり始める。その光景の意味するものはつまり、我が母校となる県立霞ヶ崎高校の正門が眼前に迫って来たという事だ。

正門には、おそらく体育教師だろう。ジャージ姿にホイッスルを首から下げた、中年の角刈り男性が佇んでおり、門をくぐる生徒達へ「おはよう!」と明るく....いや、明る過ぎてもはやサングラスを掛けたくなる程の声で挨拶を飛ばしていた。

そんな蓋し体育教師に軽く会釈をしつつ、下駄箱へ向かい、新品の上靴に履き替える。

そして、履いていた靴をしまうところで、例に漏れず犬の漏らしたフンを踏んでいた事に気がついた。

やれやれ全く、落とし物は拾って帰れよな。

朝からうんざりした気分で僕は配属された1年A組の教室へ向かったのだった。


*  *  *


(あ、そうか1週間も休むとこうなるのか。考えて無かった)

教室に着いた僕の最初の感想である。というのも、皆既にある程度打ち解けている様子で、周りの席の人とお喋りを楽しんでいらっしゃる事までは想像していた。がしかし盲点だったのは僕の席がどこなのか見当も付かないという事だ。

本来なら教室の後ろの引き戸からそそくさと入り、素早く自分の席に座って適当に本でも読みながらやり過ごそうと思っていたのだが、これではどうしようもない。

まあ普通なら、その辺の級友にでも尋ねてしまえば終いの話なのだろうが、


なにせこんな状況に置かれているのはこの僕だ。

コミュ障で、人見知りで、オタク気質でおまけに不運なこの僕だ。

そう簡単に「やっほー、おはよー、僕の席どこー?」

と尋ねる事など出来るはずもない、この僕なのだ!


      \\ザッパァーッン!!//


と、岸に打ち付ける日本海の荒波を背景に想像しつつ、脳内で叫ぶ。

となれば、もうこれは、自ら席の場所を推理するしかないであろう。それもあまり不審がられる事なく、だ!

まあただ僕だってイッパシに小学校、いわんや、中学校をさえ、乗り越えて来た猛者である。

入学からどのように席が決まるかなんてあらかた予想は着くーーー大体の場合、それは出席番号順であろう。

となれば、廊下側の先頭、もしくは窓側の先頭が出席番号1番のはずである。さらに今ある机の並び、縦6席、横5席という状態から察するに、この教室の生徒数は30人と断定出来る。そして、僕の苗字、西条頭文字はサであり五十音の前半である事を鑑みるに、変に偏りが無ければ、出席番号は15番以内であると考えられる。

そこまで推測したところで、僕は教室の後ろの壁を辿るようして一旦窓際へ移動する。

一ヶ所に留まっていると不審がられる可能性があるからだ。それから、窓の外、中庭を見下ろすフリをしつつ思案を広げる。

さて、問題は窓側と廊下側のどちらから出席番号「1」が始まってるのか、という事だ。それさえ分かればある程度絞れるのだが...何かヒントになる様なものは....僕は窓反射を利用して教室を見渡す。

すると、すぐに机の脇に学校指定の鞄が下げられているのを発見した。

なるほど、自分の荷物は机の横に掛けるシステムか。

ここで1番手取り早いのは鞄の名前を見てしまうという事だが、しかし、名前は鞄の内側に記入する事になっている。つまるところ、簡単に確認するのは不可能だ。

面倒だが、意を決してひと芝居打つしかない。

僕はゴクリと生唾を飲み込んでゆっくりと息を吐く。

よし、いける!!

僕はまず、一目散にある目標を探した

その目標とは、なるべく窓側の列のチャックの開けっ放しになっている鞄!

そして見つけた!窓側2列目後ろから2番目の席!

近くで数人の女子達が何か談笑をしているから緊張する!

しかし僕は目標に向かって一歩ずつ踏み出す。

もう数歩歩いただけで、手に汗が滲んできてやがる...。

近くで見る女子高生怖ぇぇ...!この前まで中学生やっていたとはとても思えない。

そんな焦りが心を乱す中、僕は何とか目標の側へ辿り着く。そして、素早くしゃがみ込んだ!

よしここまでくれば後は簡単だ!

上靴の紐を結び直すフリをしつつ、鞄の中を見るだけ!

僕は靴紐に手を当てながら視線だけを鞄の中へ忍び込ませる。

その眼差しは、例えるならば、そう、パンサー!飢えたパンサーだ!.....少しバカっぽかったかな。

しかし、この行動自体は功を奏し(まあ、少しばかり女子達から怪訝そうな目で見られたが)、僕は無事名前を確認する事ができた。

名前の欄には「矢坂(やさか)まりね」と書いてある。

ヤから始まっている。つまり、窓側が後半の出席番号!

ここまで来たら、後は簡単。廊下側から15番目あたりの席に座れば良いのだ。ただし、現在時刻は8時10分。

朝のホームルームまであと20分ほど空きがある。

席は7割ほど埋まってはいるものの、12番目から16番目の机には未だ鞄が掛けられていない。まだ生徒が教室に来ていないのだろう。より確実性を上げるためにもここは時間を潰して、席が埋まるのを待つべきだ。

理想は残りひと席になって欲しいのだが、遅刻するのは目立つ。よってホームルームの3分前には教室に入っておくべきだ。

そこまで考えて僕は一旦教室を出た。

時間を潰す。とは言ったものの、さて何をしようか。

3分前には教室に入っているとして、暇な時間はものの15分程度。

やれやれ、微妙な時間だな。

廊下に突っ立っておくのも不自然だし、トイレに行くにしても長過ぎる。かと言って外に出るほどの余裕は無い。さあどうするか、と腕組みしつつ、一歩踏み出してみる。そしてまた一歩、一歩と歩き出す。

まあアテもなく歩いておけばそこそこ時間も潰れるだろう。

足を踏み出すうちにそう思って、僕は見慣れぬ校舎内を少し散歩してみる事にした。

そんなこんなで、ほとんど、なし崩し的に歩き出した僕ではあったものの、いざこうしてみると案外楽しかったりする。階段を上がり、上級生の教室を垣間見たり、図書室や理科室を横目に通り過ぎてみたり....。

見慣れない場所は何か、こう、冒険心をくすぐるというか、あの階段を登るとどこに続くのだろう。とかあの角を曲がるとどんな景色が待っているのだろうとか......。曲がり角で出会い頭に美女とぶつかって、そこから胸をくすぐるような青春が始まるのではないだろうか、なんて、色々と想像が膨らむ。

しかしそこはツイてない僕だ。現実においては、胸をくすぐるどころか胸をえぐられる出会いがそこにはあった。


*   *   *


それはホームルームまで残り5分と迫り、そろそろ教室へ戻ろうと、好奇心のままに、辿り着いていた屋上への扉の、そのドアノブから手を離そうとした、その時だった。不意にそのドアが開いたのだ。まあ不意にとは言え当然ドアがひとりでに開くことなどあろうはずもなく、外からドアを開けたその人物の影が僕と対峙する。

丁度ドアの向こうに朝日があるのだろう。光の束が一気に流れ込んでくる。

しかし、その潮流の中において、まるでその人影だけ時間が切り取られたかのように、凛と立ち、その彫刻のような曲線美をいかんなく浮き彫りにさせていた。

さて、その人物こそが、僕を高校初日から1週間も休まざるを得なくさせ、そして、楽しみにしていたゲームの外箱までも取り返しのつかないほどに凹ませた、張本人。

あの黒髪たなびく美少女であった。

その紛れもない「美少女」を目の前にして、僕は当然ながら驚きを隠せない。

ーーーそうだった、この黒髪の美少女は、そういえば、この高校の制服を着ていたんだった.......!!

その驚愕は生来のコミュ障と相まって、僕の口をあわあわと、僕の両膝をわなわなと震わせた。もし、これが産まれたての子鹿の演技だったなら、アカデミー賞だって確実だっただろう。

しかし、ここはとある進学校の寂れた屋上へのとびらの前。そんなに震えていたって、貰えるのは蔑む様な冷たい視線のみ。アカデミー賞ではなく冷笑。

まあ、そりゃそうですよね。

僕はその冷たい雰囲気にさらされて少しばかり冷静を取り戻し、一応轢きかけてしまったわけだし、この沈黙のまま踵を返すのは厳しいだろうと、せめてもの気を遣いつつ声を絞り出した。

「いえ、こんなところで会うとは奇遇ですね....」

(奇遇ですねってなんだよ!イギリス紳士か!僕は!

そして何の「いえ」だ!)

と自分の発言に脳内でツッコミを入れてしまう、コミュ障の悲しい()()を内包しつつ、続けて、

「あ、あのこの前は、自転車で轢きかけてしまって、すみませんでした。お怪我などはありませんでしたでしょうか?」

と、口早に言い切った。本当はもう美少女の答えなんてどうでも良かった。完璧な立ち姿からみて怪我なんてしてないと言うことは容易に推察出来たし、何より全くぶつかった記憶もないのだ。とりあえず最低限の礼儀は尽くしたはずだし、例えどう言う答えが返ってきても「そうなんですね」とか愛想笑いしつつ受け流し、さっさとこの気まずい空間から立ち去りたかった。

だけど、そこは運の無い僕の事だ。そう言う願望は得てして儚く散るものである。

月明かりの似合いそうな、眉目秀麗、黒髪の少女は、こんな事を言い放ったのだ。


いわくーーー貴方、もうすぐ死ぬわよーーーと。


いやいや、唐突に意味がわからないのですが!?

死ぬの!??

もうすぐって具体的にはどれくらいなん?

ちょっとこれどう言う不運??

真っ直ぐ迷いの無い目で、突然告げられたその死の宣告に僕の脳内はもはやパニック状態、疑問符の嵐となった。

だがどうだろう、僕はすでに受け流しの体制をとっていて、もう止める事はできず、美少女の意味不明な宣言に対し、僕は

「そうなんですね」

と愛想笑いを浮かべたのだった。


小説を読んでいただきありがとうございます。

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