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さようなら、明日の私  作者: 東雲時雨
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風がふわりと私の横を通り過ぎた。私は振り向きながらにこりと笑い、どうしたの、と言う。

音も立てずに私の隣に来た緑は、私の目をじっと覗き込んで、「なんでもない」、と言う。

両者何かしら考え込んでいる様に、1ミリたりとも動かない。

そして緑が飲んでいた息を全て、ふっと吐き出す様に笑い、

「いや、君があんまりにも、遅いから。」

と、艶のある、甘い声で言った。

どうせまた何かのアニメの真似でもしているのだろう。現実は現実なんだ、ということをいつまで経っても教えてあげられる勇気は私にない。これを人は優しい、と思うのだろうか、それとも酷い、と言うのだろうか、単に空気を読む人と評するのだろうか。とりあえず少し誇張して、驚いて見せた。「え、そんなに遅い?」時計を見れば、確かに待ち合わせ時刻より5分ほど針が進んでいる。

「いや、このセリフ、一度言ってみたかったんだあ、ふふふふふっ」

彼女は本当に嬉しそうに、楽しそうに笑ってふわり、と一回転した。亜麻色の髪が太陽に輝き緑に天使の輪を描く。この子が何故それ程楽しそうなのかなど検討もつかない。が、私も場の雰囲気に合わせてふふふっと、彼女の笑いに答えるように笑った。

「まあいいいから行こうよ。」

と言った。そういえばまあ良いからって何が良くて何が悪いのかな。とちらりと思った。矛盾を、疑問を、そのままにすることを許容しようとする心情、とでもいうのだろうか。ではこの場合何が良いのだろう。そんな馬鹿なことを考えていると彼女が「はあい」と言いまたも楽しそうに笑って、弾むように走り出してしまった。次第に早く、強く地面を蹴り、あっという間に消えていった。





彼女には、世界がどのように見えているのだろうか。

機械的な行動を繰り返すことしかやることのない世の中で、何を見ているのだろうか。

階段を一歩ずつ踏みしめ、そう思った。

緑は一階に到着したらしい。「ごおおおおおおおおおおおる!」という緑の声が聞こえた。

私はため息一つつき、ゆっくりと階段を降りていった。

緑は、一階の手すりに手をつき、ぜえはあ言っていた。

そして私は呆れた様に、

「そんなに勢いよく走っていくからだよ、5階分あるんだよ?ちゃんと考えなよ。」

と緑に声をかけた。ふふふふ、とまたも緑は笑い、さっきほどまで息が切れていたのが嘘のようにスクッと立ち、腰に手を当て、出口を指差し、元気よく「行こう!」と笑い、元気よくくるりと周り、そのまま走り出した。…徒労だ。

私は、「もーー、走ったら危ないでしょーー!?」と叫びながら早足で緑の跡を追った。


ようやく彼女の姿を捉えた時、彼女は草の上に無造作に置かれた石に踊る様に登って上を見た。「私、この空の色好き!」なんの予備動作もなく、緑は言った。

彼女は空を、じっと見つめていた。何かに恋焦がれるような、恋人を見るような目でうっとりと見つめていた。確かにこの色はとても綺麗だった。緑はこんな色が好きなのかぁ、と感心してパチリ、写真を撮った。画面の中の空は、綺麗だったがありふれた道具と化してしまったようで、少し残念だった。私は、「そんなに好きなら、写真撮ったら?」と言った。

「写真撮ったら本物を忘れちゃうし、感動は一度でいいもん。写真より、美化された記憶の方がずっといい。」その通りだ。「でも」緑を見る。

「自分がわからなくなった時、自分を改めて知る手がかりになるんじゃない?」

思うより先に言葉が滑り出た。緑は、足首をきゅっと返し、腰、最後に頭をこちらに向けて、

「私には自分という概念はない、から。」緑はふにゃっと笑って

「自分がわからなくなった時、は、自分が変わる時。好きな色も、変わってる。」空に向かって大きく伸びをして、

「そんな時は、自分探しの旅にでも出たらいいんだ!」と言った。

人は、そう簡単に変われない。幼い頃から体に染み込んだ動作、感性、思考はそう簡単に崩れない。それが私の持論だった。しかし、私はもう一度空を見上げて

「確かにそうかもねー」と適当に相槌を打つに留めた。

するりと視界の端で何かが動いた。緑を見ると太陽に手をかざし、何やら手で空気を包み込んでいた。「何してるの?」と私が聞くと、「太陽を掴んでる。」と答えた。

「太陽は掴めないよ」と冷静に訂正すると、「私から見てみれば掴んでいるのだ。」と何やら誇らしげに言った。私は地面に手を向けた。私は何も言わなかった。

そして私達は校門を抜けた。

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