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幼馴染

「幼馴染って、もはや家族なのかな」


 わたしはぬいぐるみのクゥに、ぼやいてみた。

 ふわふわの毛並みは色がくすんでいても気持ちいい。

 両手でぶら下げて覗き込めば、黒い平らなボタンの目は、何か訴えているようにも見えた。


 一年前の、まだ戦いの余韻がはっきりと残る中、慌ただしく奥城に入り、ナラカからこれから寝室は同じにすると言われた時。

 わたしは正直、それはもう意識した。お互いに年頃だし、しかも野営の固い寝床ではなく、お城の豪華な寝台なんていう、特別な環境。

 何かが変わるかも。そう思っても、仕方ないよね。

 ソワソワして、初めの数日はそれはそれは初々しい覚悟を決めて、言われた通りぬいぐるみと一緒に待っていたのに。


「なーんにもないもの」


 ぬいぐるみを揉んだり撫でたりする手つきは、いつの間にやら妙に熟練した様子ですけれども。

 クゥのふかふかは癒されるよね。

 けど、わたしの耳だって……耳だって。




 孤児院で出会ってからこれまで、ナラカとわたしは離れたことがない。

 わたしの一番古い記憶は、小さなナラカがわたしにぬいぐるみを持たせてくれる光景で。

 一度、わたしが誰かの家に引き取られる話が出たことがある。そこで離れる運命だったはずなのに。ナラカはその運命を変えてしまった。

 以来、ナラカが孤児院を出て荷運びの仕事を始めた時も。町に居ついた野党まがいの粗暴な兵たちを追い払った時も。大きな街に出向いて、市街戦のようなものをした時も。それから仲間が増えて、王都へ旅をしてくる間も。前王家とのかすかな血縁に胡座をかいて、内戦をだらだらと続けていた当事者たちを、拘束した時も。

 いつも、わたしはナラカに一番近い隣に立っていた。

 だから、ついにナラカが王様となり、お城に暮らすことになったときも、当たり前のように一緒にお城に入った。

 ――それから、わたしはナラカの隣に立てなくなった。


 毎晩一緒の寝台で寝て、奥城から出さず、一人にならないように常に護衛をつける。

 それが、皆が勘違いしているように、ナラカの溺愛の表れなら。わたしはそれを受け入れるだけだったのに。

 一年経っても、わたしたちは幼馴染のまま。

 むしろこのごろは、満足な会話どころか挨拶もないことが多い。

 幼い日々のよすがに一番近いところに飾るけれど、もう必要とはしない、古いぬいぐるみ。

 ナラカにとってのわたしって、きっとそんな存在なのだろうと思う。







「あら、カーム? なんで?」


 その日組む相手は、順番からいけばジンともう一人だったはず。

 けれど、朝の身支度を整えたわたしがナラカの寝室を出れば、前室で待っていたのは、詰襟で膝までの白い長衣に真っ黒な帯をした大男だった。

 予想外過ぎて、ぽかんと見上げて、昔のままの気軽な口調が飛び出してしまう。

 対して、カームは腕を組んで立ったまま、さっとわたしの全身を確認するように眺めた。


「一年ぶりだな、ドーラ」


 高い位置にある濃い灰色の目と目が合う。峻厳な角度を保つ頬に、笑みの形はない。

 どちらかといえば端正な顔立ちのはずなのに、短く刈り込まれた硬そうな黒髪と、うっすらと青みがかった浅黒い肌のせいでか、岩から削り出した冷酷な武神にも見えた。

 一応、幼馴染なので、カームに威圧する意図はないことはわかる。以前の関係のままでいいと、口振りでそう伝えていることも。

 決して嫌な人間ではない。

 けれどこの迫力。

 どこかの小さな子供だったら、ギャン泣きするにちがいない。


「うん、お久しぶり。どうしたの? いつもナラカと一緒みたいなのに」


 ここに、今あの王様はいないのに。

 少し辺りを見回してしまうわたしを、カームは口の端だけで笑って見た。


「なるほど変わってないな、お前たちは」

「どういうこと?」

「お前とナラカだ。そうやって俺とナラカが一緒にいることに嫉妬してるの見れば、変わってないことがわかる」

「嫉妬?」


 不意打ちにぎょっとして、それから、思わずぴょこと動いてしまった耳を両手で押さえて、髪の間に馴染ませた。


「嫉妬なんて、してないけど」

「いつもは食堂で朝食を摂ってるんだろう?」

「ちょうしょく? ねえちょっと、そのマイペース、そっちこそ相変わらずね。しかも聞く前にもう把握してるし!」

「いつまでもここで二人で立ってても仕方ない。ここに運ばせてもいいが……やめておこう。食堂に行くぞ」

「まったく話を聞かないところがあるのもね!」


 子供か、地団駄を踏むな。と言われて、ただでさえ冴えなかった朝の気分は、どん底にまで落ちた。

 いったい、この男は何をしに来たのか。




 赤みがかった砂岩彫刻に金銀細工で豪華飾り立てられていると聞く表の王城に対し、奥城は白と青系の陶板タイルによる優美な装飾を基調としてる。

 白と黒で隙なく装った大柄なカームが、優しい色合いの廊下を先導していくのは、しみじみと似合わない。

 けれど、奥城に籠るわたしだって、知っている。あの白の長衣と黒の帯は、今はカーム一人にしか許されていない王様の最側近の衣装だって。

 わたしの知らない表の世界で、ナラカを一番近くで支えているのはカームだということ。

 ふと、ちくり胸が痛んだけど。

 これは、嫉妬なんかじゃない。


 食堂は、奥城にいる人数に見合う小規模なもの。

 けれど元々は奥城の主が使うための場所で、格調のある大きな卓の周りを青の天鵞絨が張られた瀟洒な二十脚の椅子が囲み、部屋の各所に美しい絵画や彫刻が置かれている。

 席が埋まれば賑やかになるけれど、今日は話が伝わっていたのか、食卓には二人分の朝食だけがすでに用意されていた。

 小さく手を振って去るラーニャを見て、さすがに少し驚いてしまった。ラーニャまでわざわざ退席させることなんて、いままでになかったことだ。


 もしかして、ナラカにも秘密の用件なのだろうか。

 落ち着かないわたしをよそに、初めて来るはずの奥城の食堂で、カームはすっかりくつろいで、優雅に食事を始めた。

 緊張が隠せなくなって、大好きな揚げたパンもつつくばかりで食が進まないわたしは、カームを恨めしく見るばかり。


「ドーラ、お前、奥城を出たいのか?」

「えっ」


 ようやく切り出された話には、確かに心当たりがあった。

 早朝、ナラカに無理を言ったのを思い出す。すぐに諦めたことだ。でもナラカはそうは受け取らなかっただと分かった。

 あの時は一言もなく去っていってしまったのに、本当は困っていたのだろうか。片腕とも言われるカームを、ここに寄越すほどに?


 ナラカを困らせたかったわけではない。ただ、わたしを気にかけてくれたと思えば、気分は簡単に上向いた。

 けれど、すぐに気が付いてしまう。

 今ここにいるのは、カームで。

 ナラカは確かに気にしてくれたのだろうけれど、あの場で自分が向き合うのではなく、カームにわたしのことを任せたのだと。

 すうっと、足元に穴が開いたように。


 ――ああ、わたしは今、まさに落ち込んでいる。


 心が、どこまでも下降する。

 カームが、わたしを見ているのはわかったけれど、取り繕うのにも時間がかかった。


 ナラカに向かって口にしたのは、叶わなくてもよいと思っていた願いだった。ほんとうに叶えたいことは、伝えることもできなかった。

 覚悟ができていない。

 自信がない。

 だから、わたしからは、言えない。

 わたしだってそんな中途半端な状態なのに、ナラカにばかり期待するのは、やめなくてはならない。わかってる。

 ずっと持ち続けていた期待は、もう捨て去らなければ。

 

「……奥城を出たいとは言ってない。表で見たいものがあるって言ったの」

「見たい物?」

「そう、ちょっとね」

「人か?」

「そうね、人ね」

「男か?」

「まあ、そうだけど?」

「……血を見るな」


 当たり障りのないことだけ答えていたら、急にカームが渋い声を出した。


「血?」

「念のため聞くが、あの孤児院出の人間、例えば俺に会いたかった……という顔でもなかったな、さっきは」

「……答えにくいことを。でも、そんな顔してないでしょ」

「で、誰だその男は」

「もう、いいのっ。無理を通すつもりもなかったし。ねえ、ナラカに余計なこと言わないでね」


 ナラカの王様姿を見たかった、なんてこと、ナラカに毎日べったりなこの男には言いたくない。珍しくもないだろうなんて言われたら、蹴ってしまいそうだ。

 痛むのはわたしの足の方だろうけど。


「だいたい、ナラカにも言わないでおいたことを、カームに言うのはおかしいでしょ?」

「それはそうだな。まずナラカに言うべきだ」

「……わあ。知ってたけど、ナラカ中心なところもブレないわね」


 わたしの指摘に、いつの間にか食後の珈琲を楽しんでいたカームが、片眉を上げた。

 慌てて何食わぬ顔をして見せたけれど、誤魔化すには相手が悪すぎた。


「まだ、視える(・・・)のか?」



読みにきてくださってありがとうございます!

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増えるととっても頑張れる、魔法の燃料です……

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