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ぬいぐるみ係3

本日三話目です


 夜、さして動いてもいない体は眠気が遠い。寝台に入ったものの半分覚醒したまま転がっていると、誰かが静かに部屋に入って来た。

 広い寝台の四方の天幕は開けたまま、部屋中の灯りもついたまま。暗い部屋は、怖いので、贅沢だけれど、いつもできる限り明るくしてもらっている。

 壁際に控えてくれていたはずのラーニャが、入れ替わりに去った気配がした。

 背の高い誰かが寝台に近づいてきて、その細長い影が壁にいくつも揺れた。それが知った輪郭であることに、ほっと肩の力が抜けて、また目を閉じる。

 普段はここまで怖がることはない。きっと近衛隊長の不審な届け物のせいだ。恨めしい。


 その人は、湯を使って来たのだろう。鼻に馴染んだ良い匂いが漂って来た。

 わたしも、同じ石鹸を使っている。そうだ、ぬいぐるみを洗うなら、この同じ石鹸ならいいんじゃないだろうか。問題は、今のふわふわでふっかふかな触り心地が……。

 ふと思い出してまた目を開け、ぬいぐるみを探したら、きちんと真ん中に座らせていたはずなのに、足元に転がっていた。

 これだけ広い寝台なのに、どうしてわたしが寝ているとぬいぐるみがあちこち動いているのか。謎である。


「クゥ、疲れた」


 心地よい低音が、寝台に乗っかって来た。

 重みで沈んだ方へ、わたしの体も引っ張られる。

 大きな獣の金の瞳に覗き込まれるような気配。戦場ではこの人は虎になると聞いたことがある。

 けれど、今はただの家猫だ。金と黒の斑らの髪を擦りつけられて、頬が濡れた。

 家猫といえど大きいので、今のわたしは捕食されかけた兎にしか見えないはず。う、冷たい。


「王様、髪を拭こうよ」

「王様だと? 何だそれは」


 おっと、機嫌が悪くなってしまう。

 なんだか今夜は、会話をしてくれそうだ。せっかくなら、もっと声を聞きたい。


「ナラカのことだよ。風邪ひくよ」

「つねにそう呼べと言ってるだろう。王様と呼ばれると、家にいる気がしない。――風邪か。風邪など、ひいたことがないな」

「確かに、風邪ひいたナラカなんて、見たことないね。でも、あちこち濡れちゃうよ。ほら、この子も。……オウサマ、ツメタイヨオ」


 白い兎をたぐり寄せて、その小さな丸い手をパタパタと振って見せれば、濃い色の肌に素気ない白の寝巻きを着た、虎のように体格のいい王様、いや孤児院からずっと一緒の青年ナラカは、はあ、とざらついた息をついた。眠くてイライラしかけている、小さな男の子のようだ。


「面倒臭いの? 仕方ないな、拭いてあげる」


 提案すると、ナラカはちゃっかり持参していた布をわたしに渡して、大人しく頭を預けてきた。

 私が先に寝入ってしまっている時は、きちんと拭いてから寝ているようなので、ただ甘えているだけだと思う。

 ナラカには、昔からこういうところがある。外ではしっかりしているはずなのに。わたしの前だと、手のかかる大きな子猫のよう。

 こんな甘えん坊が、王様だなんて。

 世の中には不思議なことがあるものだ。



 髪を痛めないように拭いていると、ある程度水気が取れたところで、ナラカが布を取り上げて床に放った。


「ダメだよ、床が濡れちゃう」

「疲れた」

「ショウガナイナア」


 ぬいぐるみを取り上げられ、体重をかけられて、寝台に埋められる。

 しっとりした肌が触れて、ナラカの体温と匂いに包まれて、今日も無事一日が終わったなと心がほぐれた。

 わたしの胸の上に渡された太い腕を辿って視線を動かすと、わたしの顔の横で、ぬいぐるみのふかふかのお腹を、ナラカの大きな手が揉んでいるところだった。

 褐色の指の間からはみ出る、白い柔毛つきのはみ腹が、ムニムニと動いて、それにつれて兎の耳があちこちに動く。

 同時に人差し指だけは、すりすりと毛の流れに沿って撫でている。

 なんだか、器用。

 堪能したくなる気持ちはわかるよ。

 毎日の手入れを怠っていないから、ふわふわだしふかふかだし、毛並みはつるすべのはず。

 どうだ、気持ちいいだろう、と言いたい。


 そのまま動く手とぬいぐるみを見ていると、間もなくその手から力が抜けた。そして、わたしを潰す腕の重みが、ぐっと増した。

 いつもながら、ぬいぐるみの睡眠導入力は侮れない。

 ナラカが疲れ過ぎているせいもあるのだろう。このところ、顔を合わせても仏頂面で、疲れた、眠い、くらいしか言われていない気がする。

 孤児院にいた頃、町にいた頃は、もっと屈託なく笑って馬鹿話をして騒いでいたのに。


 ナラカがしっかり寝入ったのを確認して、重たい腕の檻から抜け出す。

 寝巻きはすっかりはだけて、逞しい体が丸見えになってる。

 上掛けをかけてやってから、わたしはぬいぐるみを手に取って、その黒い鼻先をナラカの頬にちょんと付けた。


「無理しないでね」


 そして、わたしはナラカの隣に潜り込んで、目を閉じた。

 だって、わたしの部屋には、何故か寝台がないし。

 適当な部屋の寝台を使ったら、その翌日には奥城からこの寝台以外の寝台が消えたし。

 ラーニャのところに泊めてもらおうとしたら断られたし、寝椅子で寝てたら夜中に回収され、寝不足にして殺す気かと責められたし。

 要するに、王様とぬいぐるみと同じ寝台で寝るところまで、王様のぬいぐるみ係の使命らしい。


 どうせ朝になったら、ナラカは朝の挨拶もそこそこに、さっさと執務とやらに行ってしまう。王様らしい衣装に着替えるのも、どこかで済ましてしまう。

 金銀の美事な衣装に飾られたナラカは、きっと眩しいほど威厳のある、立派な王様だろうに。


「やっぱり、ずるいよね」


 わたしがぬいぐるみの黒曜石の目と目を見合わせて口を尖らせていると、ナラカがもぞもぞと体勢を変えて、わたしの頭に顎を乗せ、足に足を掛けて来た。

 ちょ、ぬいぐるみが、クゥが潰れますけど!

 筋肉質でわたしの腰ほどもありそうな太腿は、滑らかで温かくて心地いいけれど、とにかく重い。

 わたしは、ナラカの足を、寝ぼけたふりをして蹴り退けた。



以降、不定期更新になります。20話程度のお話の予定で、2月中には完結できると思います。

よろしくお願いします。

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