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ぬいぐるみ係2

本日二話目です


「おお、ドーラ、久しぶりですね」


 表と呼ばれる公的な場所、表城へ繋がる広い廊下で、たくさんの花と一緒にいたのは、小柄な男性だった。二の大臣という偉い立場だとは信じられないほど蕩けたニコニコ顔。お腹だけは、少し丸い。笑った顔も、わりと丸い。


「メフィティスさん! お久しぶりです!」


 白黒の豊かな尾を持つメフィティスは、ラーニャと同じ街のギルド総長だった人。なんの獣人かは尋ねたことがないけれど、彼は香りに造詣が深く、しかも金属加工の趣味が高じて、目が回るほど忙しいはずのギルド総長と兼任で、個人の工房を持っていた。


 繊細な浮き彫りと透かし彫りを組み合わせた球状の檻に、練り香を入れて灯火で温め、広がる香気と、周囲に映る透かし模様を楽しむ薫り玉は、本当に綺麗だし、別の世界を感じさせてくれる。

 それがメフィティスの代表作だけれど、彼が二の大臣になってからは生産が止まり、幻の品となっているそう。

 今や彼の唯一の息抜きは、こうして、奥城に飾る香りの良い花を選ぶことだけなのかもしれない。


 目尻に皺を刻んで笑み崩れるメフィティスに近づくと、ふんわりと優しい落ち着いた匂いがした。街にいるころから、彼は身に纏う香りと身だしなみに気を遣っていたな、と思い出した。


「ドーラはますます綺麗になったなあ。おや、この前お試しにと差し入れた薫り袋は、使ってないのかい?」

「へへ、ありがとうございます。……さすがです、わかりますか?」


 花の香りと自分の香りの濃い中で、よくわたしの匂いまで嗅ぎ分けられるものだな、と感心する。


「わたしは好きだったんですけど、王様のぬいぐるみに匂いが移ってしまったらしくて、香り袋を持つのを止められたんです。せっかく下さったのに、ごめんなさい」

「陛下に止められたのかい?」

「はい。予想外でした。そんなこと言われたことなかったんですけど、あの時は不思議とご機嫌を損ねてしまって、困りました」

「そりゃ、申し訳ないことをしたね。ドーラに合わせて調合してみたんだ。陛下も嫌いじゃないと思ったんだが。ダメだったのか」


 ぶふ、っとラーニャが笑いだした。


「陛下は、ぬいぐるみ自体の自然な匂いがお好きなんでしょうよ。それを祖父ほどの年齢とはいえ、別の男にもらった香りで変えられちゃうなんて。歯軋りしてもおかしくないんじゃないですかあ? おー、こわいこわい。さすが怖いもの知らずの二の大臣ですね。私なら、陛下の悋気が怖くてちびってしまう」

「おやこれはこれは、そんなにかい? いいことじゃないか。だがそのわりに……ドーラの匂いは変わりがないようだけどねえ」


 二人で、こそこそニヤニヤと何か話していたが。

 この二人はいつもこうなので、スルーするのが礼儀だとわたしは思っている。

 それに。


「え、王様はあの匂いが好きなの? 少し埃っぽいし汚れてそうだけど、じゃあやっぱり、ぬいぐるみを石鹸で洗うのはやめた方がいいかもね」


 かなり重要な情報だと勢い込んで言ったのに、二人は急につまらなそうな顔になってしまった。

 

「おや、はっきりと何も進展なしだね、これは。ドーラが原因かい?」

「いやいや、陛下だって、自覚が乏しいと思いますよ」


 なにやら失礼な話な気がしたけれど、戯れ合うような空気は楽しい。終わりがない。


 けれど、廊下のあちらの端では、扉の影から官吏らしき人が切ない視線をメフィティスに送っているから、時間は押しているのじゃないかしら。

 そもそもここには、そうだ、花を運びに来たんだった。

 我にかえったわたしは、廊下を埋め尽くす、色とりどりの切り花を見渡した。

 どの花をどの部屋に運ぶか、わたしが決めていいらしい。ぬいぐるみ係のお仕事以外に、こうしてやることがあるのは、嬉しい。

 まずは匂いの控えめなものを、王様の部屋へ……。


 その時、メフィティスが疑問の声を上げた。


「おや、その箱は? 私は知らないものだが。――衛兵、こちらへ。この箱はいつからここにあった? 誰が持ってきたのだ?」


 大臣自ら、離れていた警備の兵を呼んで、問いただす。

 ラーニャの顔が厳しくなり、わたしは彼女に促されて、花もメフィティスも置いて、奥城へと戻ることになった。

 ちなみに、ここまでずっと、ジンは黙って側にいた。





 後で聞けば、あの箱は、近衛隊長が前王から預かっていた名誉ある金の剣帯を、今の王様に献上したいと、わざわざ奥城に届けにきたものだったという。


 この奥城に勤めるのは、王様の昔馴染みの人たちばかりになっている。わたしも知っている人ばかりで、過ごしやすい。王様にも、そうして息をつける場所が必要なのだろう。

 それ以外の人は、奥城には立ち入り厳禁とされているし、みだりに訪れるのも咎められることになっている。


 わたしは近衛隊長という人は知らないけれど、前の、その前の王様にも騎士団長として仕えてきた人らしい。騎士は貴族がなるもので、騎士団は貴族の子息たちの花形職だったそうだけれど、もうこの国の騎士団は解散されてしまった。

 かつての騎士団長だけが、内乱の間も王城を守ってきた功績をもって、今は近衛隊長として王様に仕えているそう。

 もちろん、王様の昔馴染みではないし、奥城への立ち入りも許されていないはずで。

 仮にもお城と王様の警備を預かる近衛隊長なのだから、その決まり事は、当然知っているはずなのに。


 衛兵たちはきちんと職務を全うし、立場上は上司にあたる近衛隊長を追い返した。もちろん、箱も受け取らずに返したはずだった。

 けれど近衛隊長は、衛兵の目を盗み、花に紛れてこっそり箱を置いていったのだという。これには、ちょっと、呆れてしまう。当然大騒ぎになるとわかるだろうに。

 禁を犯してまでこの奥城に立ち入ろう近寄ろうとしなくとも、表でいくらでも王様に会って、直接返せる立場のはずなのにな、とジンが首を捻っていた。


 ジンとラーニャは、わたしにこうした事情を教えて、ちょっとだけ危機感を持ってほしいと思っていたらしいけれど。

 わたしが気をとられたのは別のことだった。

 奥城に入ってから一度も外に出たことがないわたしと違って、他の人は外で王様に会うことができるのだ。わたしが噂に聞くしかない王様ぶりを、その目で見ることができるのだ。


 わたしは王様の王様らしいところを、見たことがない。

 ずるいな、とわたしは口を尖らせた。


 なお恨めしいことに、花たちは安全確認が必要だからと、どこかへ持ち去られてしまい、結局その日の花の運び入れはなくなった。


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