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ぬいぐるみ係

 ふと大砲のような音がして、わたしは柔らかな毛に覆われた耳を少しだけそちらに向けた。

 続く音はない。ドキドキする胸を押さえて、争いはもう終わったのだと思い出す。

 大きな音はきっと、ひと月後に迫った式典の演習だ。内乱をおさめ王位に就いた英雄王の、即位一年の記念式典。

 城で一番奥まった、四方を壁に囲まれたこの場所まで音が届くのだ。城下の街や、隣の街まで、響き渡るに違いない。

 きっと、即位式にも劣らない、盛大で喜びに満ちた式になるんだろう。

 見たいな、とわたしはため息をついた。


 わたしは、王様のぬいぐるみ係。

 名前はクヌドーラ、姓はない。名前だけ。

 肩につく長さのふわふわと濃淡ある灰色の髪に、白い兎の垂れ耳を隠した、娘盛りの十八歳。正確じゃないけど、多分そのくらい。

 気がついたら町の孤児院でぼんやり暮らしていたわたしが、色々とあって、今はなぜかここ、お城の奥の奥にいる。


 わたしはブラッシングを終えた王様のぬいぐるみをベッドに置いた。手足と、ぴんと立った長い耳を整える。

 わたしとお揃いの黒い目は、黒曜石のボタンだ。長い年月に結構傷だらけになっているけれど、輝きは失われていない。

 かつて真っ白だった兎は、このごろは薄ら茶色、というかくすんで見える。陰干しして風を通しているし、埃は毎日払っているから、汚くはないと思うけれど。

 今度丸洗いしてみようかどうしようか、このごろ毎日悩んでる。真っ白になれば王様は少しは喜んでくれるだろうけど、元通りふかふかにならなかったら困るし。

 ブラシを片づけ、膝に敷いていた布を窓の外で払って、これも片づけて。

 それで、わたしの今朝のお仕事は終わり。

 あとは、適当に他の仕事を手伝って過ごす。今日は、何をしようか。


 そこへ、部屋の入り口から声がかけられた。


「ドーラ、もう表に花が届いてるみたいだから、これが終わったら取りに行こうか」

「あ、もう? 今行く!」


 そうだ、今日は花を飾る仕事がある。

 ほんのささやかな変化も、嬉しい。

 戦乱が終わったばかりの国で、平穏でただ静かな毎日は、有難いはずだけれど。

 実はわたし、転職を考えてる。

 ひと月後に、即位一周年。ということは、王様がこのお城に住み始めて、ちょうど一年になる。

 同じく一年、わたしも真面目に勤めてきたけど。

 やっぱりね、ぬいぐるみ係には、限界がある。最近、それをひしひしと感じてる。

 まだ誰にも言える段階じゃないし、すんなり認めてもらえるとは、思えないけど。


「ドーラ、どうしたの?」


 もう一度、声をかけられて、わたしは慌てて、思い浮かべていた王様の顔を、さっさと腕を振って消し去った。

 「ドーラ」と呼びかけてくる、甘い悪戯な顔。金と黒の斑らの髪と褐色の肌、金の瞳の――近いのにすごく遠い、わたしの幼馴染だ。


 





 この奥城では、どんな時でも複数人で行動することになっている。

 わたしを入れて六人ほどの侍女侍従、と言っていいのか、必要となればあらゆる仕事をする人達が、日によって二人や三人で組んで奥城の雑用をしている。

 さして仕事のないわたしには、休日も勤務日も区別がない。なので私は今の所毎日がお勤め日で、組む相手は数日ごとに交代する。

 今日は、ジンとラーニャの三人で組む日だ。


 ジンは、背が高い青年で、孤児院にいた頃からの付き合い。体のこなしがなんだか野生の動物みたいで、口数は少ないけれど、しれっと全体の状況を把握している気がする。けれど、人付き合いがものすごく嫌いだから、表舞台には立たずにここにいるらしい。

 ラーニャは、孤児院のあった町の隣、大きな街の自警団にいた大人の(ひと)で、とても凛々しく、雄々しく、かっこいい。正義感に溢れているというより、人間を好きな感じの人。


 今日は二人とも、きりりと近衛隊員の格好をしてる。深い赤の隊服ベストはそれぞれの隊員に合わせて縫製しているので、体にぴたりと添って美しい。

 ただしジンは、少し猫背気味なので、ちょい悪な問題兵にしか見えない。近寄ってはいけないオーラが出ている。ラーニャは、栗色の髪をうなじの後ろで一つにまとめ、プロポーションも姿勢もよくて、つい見惚れてしまう。

 私はいつも私服なので、こういう制服は憧れる。


 特にラーニャの隊服姿は、私と組む日限定だ。

 他の勤務日は、侍女の格好をしている。初めて見た時は、驚いた。似合っていたけど。こんな妖艶な侍女っていていいのか、心配になった。

 どうしてか、と問えば、侵入者対策だという。


「だって、油断させて楽に倒せるなら、それが一番いいでしょう? でもドーラといる時は、私は強いぞって牽制してるの。面倒ごとが、寄ってこないようにね。ジンみたいに、剣で打ち合うほど血が滾る、なんて頭おかしいやつはそういないのよ。いつも人と一緒で息苦しいかもしれないけど、覚えておいてね」


 侵入者がいたなんて聞いたことはないし物騒な台詞だけど、ありがたい。

 だって、お城は古くて暗くてだだっ広い。

 そこに住む人は、王様だけ。

 もちろん私や他の人の詰める部屋もあるけれど、基本的には人気がなくて、反対にあちこちに暗がりがあって、薄気味悪い。どこからか見られているように感じることもある。


 実際、何か目に見えないものがいるのかも知れない。

 なにしろ、お城の正当な主のはずの王家は、十年ほどの内乱の間に絶えているのだから。王家に繋がる誰もが、かなり悲惨な死を迎えたと言われている。

 そんな人たちのお城に、内乱を鎮めた今の王様が住み始めたわけだから、それはもう、物陰からじっと睨みつけられてもおかしくない気がする。

 王家の人は不思議な力を持っていたとも言われているし、長い歴史の中で生まれた怪談だって、売るほどあるに違いない。

 怖がりな性質でもないけれど、やっぱりちょっと怖いよね。

 だから、いつも複数人で行動することという決まりは、息苦しいどころか、わたしの救いになっている。



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