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現代×魔導 第一章 第三話 魔導生物事件  作者: マグネシウム・リン
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 翌日午後、訓練棟2階に一堂に会する筋肉野郎たち+紅一点のリン。

 ニシは会議室のやや後ろで全体を見ていた。潰瘍の定期巡回は無し=CCTVをAIが監視しているので異常があれば警報が鳴る。

 筋肉たちの視線を浴びながら───カナが登場/真夏のマウンテンパーカー=常盤興業(ときわこうぎょう)のロゴ付き=クーラーの冷風対策。OLというよりさながら教師=片手にタブレットを持ち、読み上げている。

「今週日曜日、警備任務に3小隊すべて、出動します」

 小声が各所で勃発/筋肉が喋っているような熱気。

 カナが言っていた『大きい仕事』とはこのことか。臨時手当=臨時収入に顔がほころぶ。

「知っての通り、週末、日本政府とアメリカの代表と首脳会談が開かれます。そこで───」

でこちゃーん(・・・・・・・)。アメリカじゃなくて“合衆国”だよ」

 リン=すかさず訂正を入れる。クラスに一人はいる問題児といったふう。赤く染めた 左右非対称(アシメ)のショートカットが揺れるのを、後ろからでも見て取れた。

 ついカナのおでこを見やる=眉の動きで感情が手にとるように分かる。

「はいはい、そうですね。北アメリカ合衆国です。で、その会議に常磐(うち)の会長もオブザーバーで呼ばれることになったので───」

「ずいぶんと、急ね」

 リンが会話を遮った。

「本社からそう連絡が来たのよ。昨日」

 いかにも“私のせいじゃない”といったふう=カナも本音は研究室にとどまって研究だか勉強だかをしたいはずだ/社会人兼魔導工学の大学院生。

「私たちは会議を警備するため出動します。隊長は、警備配置案を明日までに提出してください。社内の共有ファイルに会場見取り図がありますので」

「あーい。了解。ところででこちゃん(・・・・・)。オブザーバーって何? あたし高卒だからわかんなーい」

 分かっていてあえて聞いている。そして/たぶん、カナは横文字が弱い。

「常磐が外交上重要なんだよ」

 ニシは見ていられないので助太刀=ニュースを見ていれば分かる程度の知識。

「世界のエネルギー分野は常磐が牛耳(ぎゅうじ)ってる。潰瘍も第三次大戦(あのせんそう)放射性降下物(フォールアウト)も魔導を駆使して乗り切ったし、経済支援もまるごと常磐が担っていた。だから大国並みの発言力があるんだ。ただ合衆国も復活しつつあるし、ほら、この前から横浜に止まってる巨大船。合衆国復興の象徴とか言ってるけど、一種の示威行為だな」

 カナの表情を見る=漢字も苦手か? 示威(じい)行為を別の意味で捉えてなきゃいいが。

「その点は自分から」

 丸メガネが光る=ハシが優等生と言ったふうに起立した。

「表向き、常磐が建造した魔導式浮遊基体(メガフロート)の人工島に対抗した、魔導力多目的船ですが、実質、空母です。しかし戦前の原子力空母と打って変わって、動く航空基地と言って過言ではない性能です。特に動力部に合衆国製の魔導機関を搭載しているとか」

「常磐以外の魔導機関は、初めてだったか」

「はい、ニシさん。そのとおりです。昔から推進機関に発電機とモーターの組み合わせは考えられていたのですが、全体の重量増が問題でした。しかし魔導機関で電力を生み出しモーターを動かすことで、全体重量1t弱にもかかわらず原子力機関以上の出力を得ています」

「最近の船、特に軍事用途は魔導セル駆動でしょ。そっちのほうがうんと軽いし」=リン。職業柄、軍事情報によく通じている。

「ですがこれは魔導機関です。今は発電機代わりですが、ゆくゆくは、船の動作すべてを魔導に置き換えることができるでしょう」

 ハシの丸メガネが光った=着席。

「ゆくゆくは、魔導障壁やら、カナのビームだって撃てるようになるってわけだ」

 ニシが話をまとめた。

 合衆国が対抗心を燃やしている対象=常磐/国家間の政争は過去の遺物に。

 魔導機関&魔導工学/世界の様相を塗り替えるパラダイムシフト=それを寡占するのが常盤興業。

 それ以前に常磐が抱えている魔導士だけでも世界の軍事力を上回っている。ハシが言うような、魔導機関の軍事転用もやろうと思えば造作も無いことだった。

 それを、国がやるのと企業がやるの、どちらにとっても同じに見えたし、潰瘍や第三次大戦(あのせんそう)を経験しても人類は争うのを止めないのか。

「び、ビーム? 私のは、光の神の具現化で……ともかくっ! 土曜日は朝6時にここを出発、新横浜港へ向かいます。隊長は──」

「わーってる、わかってるて。警備案でしょ。帰るまでに提出するわよ。ここにいる全員が警備ぐらいやったことあるんだから。半数は元警察だし、あとテツも」

「ハハハッ、しょっちゅうさ。外人部隊にいたころはしょっちゅうだ。発砲の絡む出動もあった」

 テツ=金髪筋肉が意気揚々に言った。髪色のせいで若く見えるが最年長だと言っていた。

 そのとき、カナは何かを思い出したかのように、ふたたびタブレットに目を落とした。

「テツさんの話で思い出しました。装備はA2です」

「つまり?」

 ニシはリンの方を見た。

強化外骨格(APS)Mk.IV(マークフォー)ライフルを装備で出動。でもあたしらは対怪異の部隊よ。ナニに対して戦闘用装備で出向くのよ?」

「知らない知らない。本社の指示なんだからそうしてよ。外交的なパフォーマンスとかでしょ。あ、あと私も行くんで、よろしくね。隊長さん」

 リンを見ると、ムゥと唸っていた。難しい顔のまま、ややあってからクルリッと回れ右した。

「訓練っ!」




「当たるのか、これ?」

 ニシはひと足早く射撃場に来ていた。ひさしの狭い陰に逃げる=夏の日差しから逃げるように。壁/なし。屋根/ある。もちろん空調はない。

 訓練棟の横、潰瘍のせいで更地になった宅地で、2メートルほど堤を盛って作った、巨大な空のスイミングプールといった施設だった。

 200メートル先に射撃の的が並んでいる。目視ではその形がぼんやりと分かる程度だ。

「もちろん! それがあたしたちの仕事だからね。今日の訓練は中距離射撃による敵勢力の無力化。人間相手でね。ま、あたしらは元々そっちが本職だからラクショーだって」

 ガチャガチャと強化外骨格(APS)に身を包んだ筋肉野郎たちが、ぞろぞろと歩いてくる。その先頭はリンだった。筋肉たちは、隊長の突然の発案でも不満の一つも言わずに、装備をきっちり揃えている。その先頭の隊長は、常磐の戦闘服だけで強化外骨格(APS)は無かった。

「リンは、撃たないのか」

「うん。あたしは指揮役だからね。リーダーが前に出るのはご法度。それに、そもそもあたしはポイントマンだし、もっと近くでドンパチするのが専門」

「じゃあ、俺も呼ばれた理由は?」

「フフン、まあ後のお楽しみ」

 リンは小悪魔的な微笑を残して、隊員にそれぞれ射撃レーンに入るようハンドサインを出した。10の射撃の的に対して、10人がピットインする。

 各々が手に持っているのはMk.IV(マークフォー)ライフル/全長が切り詰められたカービンライフル/表面はプラスチックで覆われて一見するとモデルガン/しかしA、B型怪異には十分対抗できるし、人に撃てばもちろん致命傷になりうる。

 射撃レーンの端で待機していると、眼前のレーンで細マッチョ=ジュンが座射の姿勢をとった。

「ジュンさん、当てられるんですか」

「よゆーすっよ」チャラい敬語/ニシとは同い歳。「普段はアイアンサイトだけっすけど、輸入物のいいスコープが支給品で届いたばかりで」

 Mk.Ⅳライフル上部のスコープの目盛りを回す/着弾位置を暗算で調整。そして小さな望遠鏡を照準器(サイト)の後ろにはめた。

「これ、ブースターって言ってこの距離まで狙えるっす」

「どうしてまた、この距離で」

「警護任務だと、遠くから敵性体を仕留めるっす。自爆テロとか、危ないっしょ」

 たかが爆弾(・・・・・)/魔導障壁があれば防げる/魔導障壁すら貫通しようとする怪異のほうが遥かに厄介だ=人間の武器に対する無意識な対抗心。

「リンも言ってたけど、俺たちは怪異相手が仕事だ」

「たぶん、この訓練用の弾を持っていくんじゃないっすかね。ほら、先端が少し丸くなってるっしょ。これ、ストッピングパワーを高めるためで……要は、威力を高めるため」

 人を撃てるのか。

 そう訊こうとしたが、ジュンは見たことがないような真剣な表情で照準器(サイト)を覗き込んだので止めておいた。

 高速詠唱。声なき声を唱えて、魔導で聴覚を保護した。まもなく、単発の銃声が立て続けに起きて、標的をうがっていく。遠く先の土嚢で土埃が舞い、標的を貼り付けたベニヤ板が穴だらけになっていく。

 弾倉1つを撃ち終えた隊員から、弾倉を引き抜いて、薬室をリリース=安全のための所作。そして結果を確かめるように目を細めた。

「ニシ、新しい標的と交換、お願いね」

 リンに言われるがまま、魔導を展開/マナの奔流を感じる=穴だらけの標的を手前まで浮遊させ、代わりに新しいのを土嚢の手前に配置する。

「よゆーっすよ、よゆー」

 ジュンの軽口=隊員たちのヘッドロックの合図。

 しかし先に制したのはリンだった。

強化外骨格(APS)を着て的を外してたら、すぐクビよ。当たり前でしょう」ピシャリと。「射撃制御ソフト(FCS)で反動を抑えられるんだから」

 ニシ=軍事訓練に関しては門外漢。ただ筋肉たちの的当てを眺めるだけ。

「さてニシ、ここでお仕事よ」

 リンはニシの腕を掴んで射撃レーンの真ん中に連れて行く/なぜか腕を握ったまま/少女な見た目に反する握力。どきまぎする筋肉野郎たち=『うちの隊長は肉食系』一同が暗黙のまま同意。

 なおも腕を握ったまま「この前みたいに幻影の魔法、できる?」

「この前って、怪異の幻影を召喚したときみたいに」

「そ。でね、標的の前に人質役の幻影を出してほしい」

 途端に筋肉たちの顔が曇る。口に出して不満を漏らすことはなかったが雰囲気がどんよりと淀んだ。

「人質って、何人くらい」

「んーそうね。テロリスト1人で2人くらい監視するよね、ふつー。じゃあ、20人くらい。あ、顔とか服装はリアルで」

「縄で縛ってガムテープで口を塞ぐ?」

「それは古い映画ね。親指同士を結束バンドでくくるのよ」

 唐突な要求=できなくはないけれど。まさか血まで出血させるのか。

「あ、派手な出血はしなくていいけど、誤射が分かるようにしてね」

「……血は青色でいいか」

「うん、全然OK」

 高速詠唱。声なき声を唱える。ニシの足元で魔導陣が輝く/一般人の面々にはそれが見えず。

 同じ魔導陣がピットの反対端で興る。リアルに、頭や手足が左右に動くも逃げ出せないといったふうの老若男女が出現した。

 射撃レーンにいる筋肉野郎×10は低い声で唸る/順番待ちの筋肉野郎たちはそれを囃し立てる。

「これはさすがに無理っす」

「さっきまでヨユーって言ってたじゃない。それに、相手が撃って来ないだけヨユーでしょ」

 ジュン=苦虫を噛んだかのように。弾倉を差し込み、薬室に弾丸を装填する。安全装置を解除し、指先を動かす。

「外しちゃダメだからね。もし人質に当たったら蹴っ飛ばすから」

「え、それってご褒美っすよね」=軽口。

「あたしの脚力、強化外骨格(APS)同じぐらい(・・・・・)だから」

 ゲラゲラ笑う聴衆=その実力は本部備え付けのジムで確認済み。

 リン=蹴りたいうずうずを大人の気力で押さえてジュンの後ろで待機。

 この緊張感こそ本番で本気を出すためだ、と理解。

 しかし=頭部だけ生身の。リンの回し蹴りが当たるのは側頭部=さすがにかわいそうだ、と理解。

 ジュンの指先を見る=発射まで幾ばくもない。

 ニシ=召喚した幻影をやや横にずらす/標的に当てやすくなった。あくまで偶然を装って。

 タンッ。

 乾いた1つの銃声。標的にクリーンヒット=土嚢で土埃があがった。

 ジュン=親指を立ててグーのサイン/一同=予想が外れてやや意気消沈。

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