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現代×魔導 第一章 第三話 魔導生物事件  作者: マグネシウム・リン
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「はい、注目!」

 教師のごとき快活さ=カナはこの役柄が板についてきたようだ。ブリーフィングルームに集まった筋肉野郎たちがシンと静まり返った。

「県警、および座間の第1普通科連隊と連携し魔導生物の対処に当たります。駆除すればフェイルセーフを解除して電力グリッドを回復させることができます。現在、市内の緊急用の魔導セルだけでは節電状態にあっても供給量はぎりぎりです」

 節電=昔の言葉。現代っ子にとって電気とは湯水の如く使えるものだった。

「そうだな。この7月にエアコンが使えないとなると、みんなつらいだろう」

「ええ、うちの発電モジュールも最大出力で回してるけど1000世帯分ってところね。魔導機関は新型でも発電モジュールはテスト用に過ぎないから。こんな事態になるならもっと大型の設備を導入しておくべきだったわ」

 ブリーフィングルームの正面/プロジェクターでグロテスクな生き物が投影された。

「おお、イカだ」「イカですね」「気持ち悪いイカだ」「臭そうなイカだ」「ちくしょう、イカの刺身が好物だったのに」

 筋肉たち各々のいらえ=怪異なら問答無用で戦える男たちが今だけは怪訝な顔をした。

「これは魔導生物です。鉛玉でも対処可能ですが、強化外骨格(APS)は対怪異戦闘装備で出撃します。詳細は、隊長から」

 くるり。リンに壇上を譲った。

「はいはーい、みんな。たかがタコ退治だけど仕事だかんね。気ぃ抜いたら上段蹴りだから。特にそこ」

 指さす先=ジュン


挿絵(By みてみん)


「えっ、俺っすか」

「そう。何か物申したそうな顔をしてたから」

「いやぁ、タコってよりイカでしょ」

 リンはつーん、と視線で射殺した。

「罰として、タコの遺骸焼却をすること」

「そんなぁ」

 理不尽極まりない。

「ニシが燃やしてくれるから、あんたは炎に投げ込む係」

「ええぇ」=ニシ。

「何? 聞いてなかった?」

「いや、聞いていたさ。でも罰ゲームなのか。それに焼却処分くらい1人でできる」

「あのねぇ。なんでも魔法に頼るのはだめだと思うの、うん。だからニシは火の番、でジュンは投入と灰を埋める作業」

「魔法じゃなくて魔導(・・)だ」

 ニシ=魔導士ならではの反論&論点。

「ともかく、まずは魔導生物を排除する。これが配置図とメンバーね。ツーマンセルで行動。たかがタコ、さっさと片づけるわよ」

 プロジェクターの映像が切り替わる/多摩川西岸の変電設備&高圧線&共同溝に赤い×マークがあった。

「ハハッ、今日のラッキーボーイは俺だ。ニシさんよぅ、よろしく頼むわ」

 テツ=ペアはニシとだった。魔導士=最強の戦力ゆえに筋肉連中の間では、ニシとの共同は“当たり”だった。

「リン、これ、横浜の時と同じ組み合わせだろ」

「ええ。別にいいでしょ。あい、野郎ども、質問がなければそのガッチガチの大殿筋(だいでんきん)を浮かして仕事!」

 警備も魔導生物の処理も軽い仕事、ということか。

 筋肉野郎たちは三々五々、強化外骨格(APS)を身にまとい、多目的輸送車(ハンヴィー)に乗り込んで出発した。

 運転席=テツ、その助手席がニシだった。後ろのシートは取り払っており、魔導生物の死骸を入れるズタ袋が積まれている。もともとは土嚢用の袋だったせいか、倉庫に大量にあったやつだ。

「ニシさんよぉ、知ってっか? この橋、有事の際はスイッチひとつで爆破できるんだぜ」

 他愛ない雑談=専門的過ぎてひどく物騒だった。

 多目的輸送車(ハンヴィー)は六郷橋の上を走っていた。ふたりの割り当て地区は、多摩川西岸沿いの変電施設群。他のペアより近場だが数が多い。

「有事っていうと、以前のような魔導災害で怪異が街に押し寄せてくる事態ってことですか」

「ああ。ハシは爆薬の専門家だからな。酔うといつも、あの早口で解説しやがる。50㎏の爆薬だけで橋を落とせるんだとよ。それに──」

 それが多いか少ないかはわからない。魔導なら鉄骨なんて瞬時に(なます)にできる。

「──あの河原には地雷が埋めてあるって話だ。遅延式の信管で、怪異の群れのど真ん中で一斉に起爆する」

「でも、時間稼ぎにしかなりませんよ。5年前もそうでしたけど、常盤興業の保安隊の武器はせいぜい怪異を押しとどめるぐらいです。大田区の避難所を防衛できたのは、カグツチが巨大化して矛で怪異を薙ぎ払ったおかげです」

 自分の功績を誇示したいわけではない、が怪異との戦いは常に綱渡りだった。

「でもニシさんよぉ、その時間稼ぎで何人が逃げられると思う? 川崎だけで1000万人がいる。そいつらが新東京やらシェルターやらに逃げるんだ。10分あれば何千人も命が救われる」

「でも全員じゃない」

「ハハハハ、そりゃそうだ。でもそれが戦争ってものだ。全員は助からねぇ。俺たち兵士も何割かが死ぬ。それでも、助かる命があるのなら戦う意味があるってものだ。嫌かい?」

「俺は全員を救いたい。もちろん、俺自身、死にたくない」

「それはニシさんが魔法使いだから、そう言えるんだ」

魔導士です(・・・・・)

「とはいえ、ニシさんが甘い考えだ、なんて思っちゃいないさ。原爆さえ作れる魔法使いなんだ。全員を救ってくれるなら御の字さ。俺も、隊長さんもそう思ってるよ」

魔導士です(・・・・・)。でも買い被りすぎです。魔法じゃないから何でも、はできない」

「んや、十分だ。軍人ってのは現実主義的な部分があって、ニシさんは十分に結果を出してる。だから信用に足るのさ」

 なんと面映ゆい言葉を投げかけられて、返す言葉が見つからない。

「ありがとうございます」

「で、この間の話。魔導士をヤるって覚悟はどうなんだ? もしも魔導士相手にヤりあうなら、俺たちじゃ力不足だ。ニシさんに頼るっきゃねぇ。できるのかい?」

「もちろんです」

「ほぉう。それは宣誓であって覚悟じゃないなぁ。覚悟ってのは修羅場を潜り抜けてやっとできるものさ」

「じゃあ、覚悟なんてできてるわけないじゃないですか」

「ハハハッ、ちげぇねえ。ところで隊長さんはどう見える?」

「リンのことですか。ちっちゃいけど強い」

「覚悟だよぉ。隊長さんは覚悟しているってどころじゃねぇ。相当に肝が据わっている。俺なんかよりよっぽど」

「だから隊長として認めている、と」

「ああ。軍人ってのは年齢じゃなくて実力だからな。隊長さんは、戦士というかアマゾネスだな、ありゃ。戦闘になると目の色が変わるんだ」

 ふと思い出した=怪異に取り憑かれた魔導士を射殺した時だ。暗がりでよく見えなかったが、普段の飄々としたリンの面影は無かった。肝が据わっている、という言葉を実感できた。

「でもそれ、本人に言うと怒りますよ」

「アハハッ、上段回し蹴りだろ。ジュンがよく食らって空中で二回転半ジャンプを決めてるな。だから、ここだけの話だ。とはいえ、ニシさんが言う分には問題ないと思うがな」

 どういう真意だろうか。

「つまり、魔導で防げるという意味ですか?」

「ああ、まあいいや。気にしないでくれ。隊長さんのプライベートな部分だ」

 はぐらかされた。

 多目的輸送車(ハンヴィー)は多摩川を右手に見ながら北上する。

「もうすぐ変電所だ……おっ、警察の連中も来てるな。先に退治してくれていると助かるんだが。ニシさんもこのあたりに住んでいるだろぉ? 子どもたちは大丈夫なのか。今、電気が使えないだろ」

「ん、たぶん大丈夫です」

「自家発電用の魔導セルを用意していた、とか」

「いえ、配電盤に付術(エンチャント)して電力は問題なく使えるようにしています」

「へぇ、魔法ってのは便利だなあ」

魔導(・・)です。魔導士は普通の人よりも豪胆なので、このくらいどうってことないです」

 むしろ子どもたちはこの緊急事態を楽しんでいるという節があった。家から出ないよう言い聞かせ、念のためカグツチも子守をしている。大丈夫だろう。

 県警の封鎖線の中へ入った。制服の警官は律義に敬礼をしてくれた=こそばゆいな。

 テツは反射的に敬礼を返す/元軍人の習性=常盤興業では敬礼は不要なのに。

 変電所は白い小さな箱が整然と並び、蛇腹状の碍子が天に向かって伸びていた。ジージーと虫の羽音のような音がどこからとなく響いている。

「さーて、獲物はどこかな」

 テツ=どことなく楽しそう。そういえば潰瘍の中での任務でも、この人はよく笑っていた。地獄みたいな状況を跳ね返す豪胆さ。

 変電所に敷かれた砂利を蹴飛ばしながら進む=テツの手には電撃警棒が握られていた。ライフルも拳銃も持っているが、軟体生物ならそれで十分ということか。

 高速詠唱。声なき声を唱えた。手に取り回しのいいククリナイフ&念のための魔導障壁を展開。

 ぞっとする光景=テツも足を止めた。テカテカと粘液を垂れ流し蠕動する瘤が高圧線/碍子の遮断機に密集していた=群衆恐怖症/思わず鳥肌が立つ。

「なあ、ニシさんよぉ」

「はい」

「魔法で、こう、ビシッバシッてのはできないものなのか。あの群れに腕を突っ込むのは、気持ちが悪い」

魔導で(・・・)なら、できますよ。引きはがすので1匹ずつ処理してください。」

 マナが流れる──魔導を展開。

 まるで見えない手で引きはがされるように、魔導生物たちがふわりと浮かび上がった。

 テツ=しかめっ面のまま電撃を1匹ずつにお見舞いしていく/ジュウジュウと肉が焦げる臭いが立ち込める。

「ああ、ちくしょう。イカ焼きが好物だったのに」

「俺も、タコはしばらく食べたくないですね」

 ふと=足元に違和感。触手が巻き付いていた。物陰から魔導生物が、その単眼でこちらをじっと見ている。

 ククリナイフを振り上げる/逡巡:意識があるのだろうか=わからず。

 サクッとククリナイフが自然落下/魔導生物の頭部に突き刺さって紫色の鮮血をぶちまけた。

「斬撃は後処理が面倒かもです」

「ああ、そうみたいだな……ってニシさん、こっちもたくさんいるぞ」

 ひとつ隣の列/同じ機械がずらりと並んでいるその陰/またも魔導生物が密集していた。

「どうしてこうも多いんだ」

 テツ=電撃警棒を振り上げた。

「ちょっと待ってください」

 魔導を展開/魔導生物たちが空中へ浮かび上がりジタバタと触手を動かす。

 高速詠唱。声なき声を唱えた。

 重力制御=空中の1点に集める/同時に火炎=魔導生物を一瞬で消し炭にした。

「あっけないものですね」

「おぅ、俺、来た意味があるのか」

 粘液で汚れた右腕を見た=強化外骨格(APS)の清掃は各自の役目。

「この調子でいきましょう。あと10か所も回らないといけませんから」

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