おまけ(天界の気持ち)
空中から、私は蒸気煙る都会を眺めていた。その内に一人の男にフォーカスが当たる。どうやら今日の主人公は此奴らしい。
男は手紙を読んでいた。それは幼馴染がくれたものらしく、日々の出来事を綴った便りの末尾には「来月に結婚します」との報告があった。
男は便箋を取り出し、相手にお祝いの言葉を書き送ろうとした。しかし何を思ったのか、部屋を出て列車に乗り込む。行き先は男の故郷だ。汽車は黒々とした夜を抜けていく。
――挨拶とはいえ、いささか性急ではなかろうか。結婚まではまだ時間がある。何をそんなに慌てているのか。……随分焦っている様子だが、さては、ふぅん……?
翌朝。パン屋の前で、幼馴染の娘は男に気付いたようだった。少し目を丸くしている。そりゃそうだ。手紙が着く日数を考えたら、来るのが早すぎる。この人もう最終の夜行で来てるからな。
男が口を開く。結婚おめでとう、と。男の軽口に、彼女の反応は薄い。
これは……やらかしているな。
彼女がぽつりと呟く。
「私、自分は結婚しないか、しても街の片隅で大して名前の上がらない新聞記者みたいな人とするかと思ってた」
「そりゃ随分俺と近い境遇の人だな」
えっ。
「えぇ。そういう人はこの世にごまんといるでしょう? 私みたいなしがない女は普通そんな人と結婚するのよ」
……いや男よ、そんな「ふむ」みたいな顔しなくていいから、気づけ!
「その人は売れない記事しか書かないからパンが買えなくて、市でやっと手に入れられるのは小麦とちょっとのバターとかなのよ。でも私はご覧の通り、田舎で窯の番をしているでしょう。それでパンを焼くのだけは得意だから、毎日の糧を作っていくの。逆に言えば、私が出来る事はそんな事だけなのよ。でもそんな二人なら何とか生きていけると思わない?」
「心配しなくても貴族だってパンは食べるよ」
スゥ……と私は息を吸った。
そして腹から声を出す。
『いや、ちょっ、お前ええぇぇぇぇぇ!!!!違うだろ! 掛ける言葉が! 違うだろ!!』
「――アンナ。君は強い人だ。貴族ともきっとやっていける」
『ああああああああフォローの仕方ああぁぁぁぁ!!!!!! 何!? 君、鈍感系主人公なの!? いや要らんわその設定!!』
「……私、自分が強いと思った事はないけれど、そうね。うまくやってみせるわ。じゃないとお父さんの面目が立たないもの」
『ああああアンナさんんんんんんんんっ!!!!』
アンナさんは男からチラと視線を逸らした。
「……私のお父さんとお母さんね、今喧嘩してるの。お母さんは私の結婚に反対してるから。どこの知らない人の所に嫁がせるなんてって、もうカンカンなのよ」
そう言うと、彼女はちょっとだけ眉根を寄せて苦笑してみせる。
ぐぬぬ、と歯噛みせざるを得ない展開だ。
天界の私は何とかこの男に一発グーパンチをお見舞いできないものかと頭を巡らせていた。