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────アリア・アーウェン────



 それからの数日間、アリアには驚きの連続であった。


 まず、傷がない。傷後は残っているようだが、あんなに深くえぐれていた傷は塞がっていた。

 初めは感覚が麻痺しているのかと思っていたのだが、水浴びのために川へ行った時に、川に反射した自分の背中を見て気づいた。


 どのような処置をしたのかと、慌てて聞いたところ、どうやら声に力が入っていたようだ。

 少し離れた位置にいる少女はビクビク震えてしまい、私が謝ってから話し返してくれるまでに2、3分ほどを要した。


 その事を申し訳なくも思うが、その後少女が口にした事には本当に驚き、呆然としてしまった。


 少女は治癒魔法を使ったらしい。


 まず、治癒魔術は人体の理解が浅い現在において、理論上の空想だった。

 その治癒を実現させただけではなく、少女が扱ったのは魔法。

 魔法は魔力の扱いが難しく、また暴発しやすいため、なかなかできるものではない。

 それをやってのけた少女には驚きしかなかった。


 それと、その話を聞き私はある確信をした。


(彼女は、3年前の人体魔力実験の被験者だわ。)


 3年前、革命が終わった後、様々な王族の不正や犯行が見つかった。


 それは優しいものから非人道的なものまで多岐にわたってあったのだが、その中でも一際目立ったのは子供を人体実験に利用しているという事であった。


 魔法は強力だ。それを安定して使えるようになれば、国内の地位は保証されたも同然。しかし、魔法を使用できる者はほんのひと握り。

 周辺諸国よりも小さな領土をだが、我らのドルワル王国が力をもち、独立を維持してこれたのは、他国よりも魔法使いが多くいるからだ。


 王族は、それをより強固なものとするために、あのような実験施設を作ったものだと思われる。


 だが、悲劇は終わらない。革命軍の一部の騎士たちが施設に襲撃をかけ、救出作戦をしたのにも関わらずほとんどの子供達は────。



「これ!……ご、ごはん……食べる………。」



 そこまで、思考をはせていた時、少女から声をかけられた。


 その声に応じ、手元にあるヒモを片付け、少女の元へいく。


 アリアの驚きはまだまだある。


 森のなか、少女がどんな生活をしているのだろうかと不思議に思っていたが、想像以上の安定した生活を送ってきたようだ。


 食料の集め方も、日用品の作成も、大人顔負けの実力をもって成し遂げている。


 魔法を利用しているとはいえ、たった7~10歳ほどと思われる幼き少女が、大人1人分の食料を賄いつつ、1人で生き抜いているのだ。


 今、私が作っていたのは、そんな少女から渡された材料をもとにしたヒモだ。


 少女の日用品のほとんどは自作らしい。

 だが、一部の道具はやはりと言うべきか、安全性にかけるものがあった。


 そのひとつがヒモで、工夫を凝らしていたが編み方に歪な部分がある。


 私は少女が狩りをしている間に匿ってくれるお礼として、それらの補強、ないしは手直しをしていた。

 アリアはちょっと器用な令嬢だった。


「ん〜〜!今日も美味しいわ!ありがとう。」


 焚き火がある場所に戻り、倒木の上に座りこんで、少女に手渡しされたご飯を食べる。それはホロホロ鳥で、柔らかさと甘みが特徴的な肉だ。それは、少女が自ら集めたキノコや香草でピリ辛に味付けされていた。


 その料理の腕前はそれなりに高い。


 ただ、ここ数日、お肉ばかりで胃もたれしていたアリアであった。


「うん………。」


 それでも美味しいと褒めると少女ははにかんでくれたが、直ぐに頬を赤らめて俯いてしまう。

 恥ずかしいのだろうが、そんな姿も可愛らしい。もう何度も繰り返したやり取りだがそのたびにアリアは頬が緩むのを感じていた。


 そんな穏やかな心地を感じながら、ふと思いついた疑問を聞いた。


「そういえば、あなたの名前が分からないわ。教えてくれないかしら?」


 ここ数日、ねぇ、とか、あなた、としか呼びかけれていない。

 あちらからはアリアさんと1度だけ呼ばれていたのだが、こちらからからはなんて声をかければ良いのか分からなかった。それに、名前はちゃんと知りたいし呼びたい。


 しかし、そんな思いとは裏腹に、少女は顔を顰めて俯き、無言になってしまった。


「えっと、あの、だいじょうぶ?」


「………名前、は…………」


 それだけ発し、また黙り込んでしまう。下から顔を伺うと、少女の目には涙が溜まっているようだった。


 そこで、もしや、と1つの可能性が思い浮かぶ。


 それに気づいた時に、少女の経験してきた過去の、あまりの惨たらしさに息を呑む。でかかった言葉をグッとこらえる。


(────もしかして、名前がないんじゃないかしら……。)


 そう思い、すぐにアリアは謝罪の言葉を述べる。


「ごめんなさい、何でもないわ。」


 すると少女はかぶりを振った。


「だい、じょうぶ、です……!」


 そうして突然、少女は後ろへと走り逃げていってしまった。


 アリアは腕を伸ばし、制止しようとするも、言葉が出てこなかった。


(────あぁ…やってしまったわ……。やっとここ数日、少しは心を開いてきてくれたと思ったのに…。)


 アリアは心苦しさで胸がいっぱいになった。

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