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探検②-腕輪-

 茂みに入ってから10分ほど歩き、離れの柵を飛び越えた私たちは雑木林の中へと入っていった。


「ここからはもう安全。見回り兵はいないよ。」


「そ、そう……」


 ヒューイがニヤリと笑いながら言うのに対して私は苦笑いで答えた。

 そして、ふと1つの疑問が浮かび上がる。


「……ヒューイ、今まで、何回、脱走、したの……?」


「えっ」


 警備の人の動向を把握しているということは、このようなことは日常茶飯事にしているに違いない。


 現にヒューイは何度も指を折り曲げて、「うーん、わかんない!」と笑顔で言った。


 貴族になって上品になったと思っていたヒューイは、以前のやんちゃな所までは治っていなかったらしい。


 それを私は微笑ましく思うが、振り回される身としては大変だ。

 はぁ、と息を吐きながらも、ヒューイに貴族らしさを身につけさせたオーダム伯爵家の人達に関心を覚えた。


「おねぇちゃん、早く!」


 そんな事を考えてる間にもヒューイはズンズンと先を行く。

 慌てて追いかけると、ヒューイの腕にキラリと瞬く腕輪の宝石が視界に入った。


「ねぇ、その腕輪って何?」


「え、これ?」


 歩きつつも質問をしたらヒューイはきょんとした顔をしつつも右上げを胸元まで上げた。

 それにコクコクと頷く。


「これ、必ずつけろって言われるんだ。」


「え?なんで?」


「付けろって言われたから付けてるだけ。」


「ふ〜ん」


 改めて腕輪を見る。金色のシンプルなデザインだが、その中に据えられた透き通るようなアメジストが綺麗だ。

 ただの装飾品としては簡素だ。それだとしたらお守りか何かだろうか。


「さわっていい?」


「ん」


 そう声をかけるとヒューイは立ち止まって右腕をこちらへと突き出した。

 それに恐る恐る触るとある事に気づく。


「これ、なんか、魔術がかかってる。」


「そうなんだよね。たぶん、これ、宝石じゃなくて魔石。何のやつかはわかんない。たぶん、お守り」


「調べていい?」


「え?出来んの?いいよ」


 私は許可を得たため、魔石に自分の魔力を流す。

 しかし流れた魔力は途中で途切れて外へと放出されてしまった。


 魔石にかかった魔術なら、魔力さえ流せばある程度効能が感覚で分かるのだが、この魔石に刻まれた術式は未完成なのか、内容が良く分からない。


(うーん……そしたら、式が魔石にだけじゃなくて腕輪全体に刻まれてるのかな)


 そう思い、腕輪全体に魔力が流れるように操作する。すると、脳内に浮かんだのは───────


『%*+vvv$%:〒y=%€+fxclll〆°<lll───』


「うわっ、何これ!?」


 奇怪な文字の羅列にパッと慌てて手を離す。

 突然の情報量の多さに驚いて、心臓がバクバクとしていた。

 これはデタラメな術式が刻まれている訳ではなく、術式が入り交じっているだけだろう。

 だが、それが複雑過ぎていくつもの式が同時に脳内に浮かび、内容が全く理解できない。


「どっどうしたの!大丈夫……?」


 私の突然の発生に驚いたのか目をまん丸にしてヒューイが問う。


「あっ、いや、大丈夫…」


 私のその返答にホッと胸を撫で下ろしたヒューイは次に胡乱気な顔を浮かべる。

 この場にいるのが私とヒューイの2人だけのおかげだろうか、表情が昨日よりも豊だ。


「んで、どんな内容だったの?」


「……良く、わかんない」


「えっ」


「何重も、魔術、かけられてた。たぶん、ヒューイ、守るやつ?」


「あっ、やっぱりそういう感じかぁ!」


 ヒューイは答え合わせに正解した時のように無邪気な笑顔を浮かべてから、再び林の奥へと歩き出した。


 あのような複雑な術式を掛けた腕輪を持たせるとは、伯爵家は相当ヒューイに思い入れがあるようだ。


 そう思うと途端に嬉しい気持ちが浮かび上がる。

 

 それからちょっとした事を話し、笑いながら2人で歩みを進めた。


 程なくして、木々の隙間から青色の表面に白く反射した水面が視界に写り込む。


「あっ、ねえちゃん、着いたっ───って、待ってよ!」


「ふふ、ヒューイ、競走、だよ!」


 その景色が見えた瞬間、私は駆け出した。

 先程はヒューイが走る方が速かったが、多少の身体力強化のおかげで追い抜かれることなく走る。


(お姉ちゃんだからね、負けられないの!そう、お姉ちゃんだからね!)


 少々大人気ないと思いつつ、お姉ちゃんという免罪符にかけてひた走る。

 周囲の景色がグングンと消えていく。

 そして、少し隆起した足場を駆け上がったところで、ついに木々が開けた。


「────わぁっ」


 目の前には湖が広がっていた。


 私の視界には全貌が収まらないほど広大な湖だ。

 白いベールをまとった山脈や鮮やかな緑色の木々がブルーの水面に写り込んでいる。

 その表面は太陽の光を浴び、微かな波が白く反射していた。

 そしてその湖は、うすらぼんやりと、まるで蛍が飛んでいるかのように光っていた。


「───すっごく、綺麗!ヒューイ、見て!」


 その自然の美しさ強く感動を受けた私は、その気持ちを共有すべく、声を弾ませながら振り返る。


「あれ?ヒューイ?」


 しかし後ろを見てもヒューイの姿がない。


 少し胡乱気な顔を浮かべつつ、周囲を見渡しても人の姿はない。

 その事に動揺しつつ声を上げた。


「……ヒューイ、どこ?」


「ねぇちゃん、こっち」


「えっ」


 声がした下方に顔を向けるとヒューイが地面でのびていた。


「えっと、転んだ、の?」


「……うん。ねぇちゃん、良く木の根に足を引っ掛けなかったね。てか、そんな足速かったっけ」


「あっ……も、森は走り慣れてるからね」


 じとっとしたヒューイの視線から目を逸らす。やはり身体強化は大人げなかったか。

 私が急に駆け出して、それを追いかけたせいで木の根に足を取られてしまったようだ。


 私は気まずさを追い払うべく手を差し伸ばす。


「さっ、早く行こ!………っふふ」


「もぉー、はぁーい!」


 その腕をヒューイはしぶしぶを手に取る。


 少しヒューイの鼻が赤くなっているのが、申し訳なく思いつつも、何だか笑えてしまった。


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