博物館 兵站部
私『ええい。やはり修学旅行生一日プランは無理がある。展示物の数と面積を考えたら、プラン自体が成立する筈がない』
A『あの』
私『失礼。申し訳ありませんが、当時使われていた兵器やらなんやらは諦めてください。そうでないと、最後に辿り着くことすら出来ませんから』
A『わ、分かりました』
私『えーっと……ああ、ここは必要だ。おっほん。人類連合軍兵站部のコーナーへようこそ』
『なんか展示物が少なくね?』
『確かに』
『うんうん。戦後の集合写真? みたいなのと少し……でも功績を称える当時の人間の文言は多いね』
私『通常業務に写真や資料映像が付属する部署ではありませんから、展示物が少ないのは仕方ありません。ただし、最も称えられるべき部署の一つです』
私『では説明を。リヴァイアサンを解析しつくした技術部。バハムートを開発した新兵器開発部。彼らに並ぶ天才頭脳集団こそ、人類連合軍兵站部です』
『なんか……おばちゃんみたいな人ばっかりなんだけど』
私『それでもです。宇宙規模で行われる戦争の人員、兵装、弾薬、艦艇から、食料、トイレ用品、雑貨に至るまで、全てが彼らの頭に入っていました。比喩ではありませんよ? どこに何が送られたか。今、航路を移動している船の数。船名。搭載兵器、人員、補給状況。それら全てがです。そして必要なものを、必要な分だけ送り続けた』
『人力だった?』
私『単なる戦争だったならば、データを打ち込みAIが機械的に振り分けた兵站で十分かもしれません。しかしガル星人との戦争における、大敗走時代と反撃の時代では話が変わります』
私『宇宙規模でズタボロに損壊して敗走する軍と、無秩序に避難する民間船でデータは役立たず。それなのに兵站部は恐るべき記憶力と処理能力で、無茶苦茶になった宇宙航路を整理。事実上彼らが、センター近郊に集まった軍を再編しました』
私『そして反撃の時代においては、規則性など全くない特務艦隊が、足止めを喰らったのは宇宙での自然現象を受けた時だけ。あらゆる場所で戦っていた人類連合全体においても、兵站の崩壊を起こしませんでした』
私『繊細なホログラムが移動する部屋で、凄まじい超高性能AIが全てを采配していた? いいえ違います。この写真に写っている人間達は、異常な処理能力と経験則を元にして、脳に宇宙の地図と航路、移動中の艦船を描き、それが全員に共有されている前提で話を進められる超人集団なのです』
『父ちゃんから聞いたけど、おまえんのとこパン屋も、経験則っていうのか? なんかぴったり売り切れるだけの量を作ってるらしいな』
A『え?うん。 お爺ちゃんは結構凄くて、今日はだいたいこれくらいかな? って感じで作ったら、ちょうど売り切れるくらいになるよ』・あいつの勘どうなってんだ。
『へー』
私『おほん。事実上前線をコントロールしていた男は、行くところまで行く。と兵站部に大真面目に言ってのけましたが、逆を言えばその無茶苦茶をなんとかできるのですよ』
A『え? 特務大尉のこと……ですよね? そんなこと言ったんですか?』
私『関係者の証言が幾つか残ってますね。どう思われます?』
A『なんかこう……ふわふわしてるというか……焼きたてのパン?』
私『はははは、なるほどなるほど。話を戻しましょうか。技術部、新兵器開発部、その他様々な部署は、英雄特務大尉に慣れるまでかなりの時間が必要でした。しかし兵站部は確かに振り回された。確かにデスマーチに陥った。それでも彼ら、彼女らは、大敗走時代の混乱と反撃時代の大遠征。つまりは最初から最後まで、ギリギリながらも自分達の物差しに、特務大尉の行動をおさめきった』
私『これがどれほどの偉業か……当時を知らない貴方達にはぴんとこないかもしれませんが、特務大尉が急に、今攻めることが出来る。と判断した時に、兵站が切れているから無理だ。とならなかったのは、全人類から称えられるべきなのですよ』
私『ま、宇宙規模に膨れ上がった軍を統括する本部で、兵站を切り盛りしていた人間ですからね。作戦参謀以上の能力を求められるのは、ある意味で当然というべきか』
私『バード、バハムートの開発に携わった新兵器開発部。リヴァイアサンを解析し切った技術部。常に最前線で戦い続けた特務艦隊。リヴァイアサン奪取部隊。彼らに比べると資料に乏しく、歴史でも語られることは少ないでしょう。しかし人類連合兵站部こそが軍そのものであり、心臓と血流を維持し続けた最重要臓器なのです』
私『という説明を聞いた上で、単なる当時の集団と思うのではなく、兵站部の集合写真をご覧ください。全員が同質量の超希少金属よりも貴重な人材ですよ。ああ、その勲章は戦後兵站部全員に送られたレプリカになります』




