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【長編】乱歩の魅力が余すところなく詰め込まれた、不動の人気長編作品


 恥ずかしながら、真波は江戸川乱歩の長編作品をひとつしか読んでいません。なので、最後はランキングの形式をとらず、一作品をじっくり紹介していきます。

 ただ、おそらく多くの乱歩ファンが長編一位で納得する作品だとは思います(というような記事やコメントを方々で目にするので)。



【孤島の鬼】あの推理作家も一押し! 乱歩の魅力がてんこ盛りの贅沢な長編作品


 そもそも真波が『孤島の鬼』を読んだきっかけは、数年前にNHKで放送された“シリーズ深読み読書会”という番組。そのときのテーマが乱歩の『孤島の鬼』でした。そして出演者の中に綾辻行人先生の名前があったことから「これは観ねば!」と使命感に駆られ、その予習として『孤島の鬼』に手を伸ばしたのです。あの番組、いいですね。あの一度きりしか観ていないので、過去分も再放送してくれないかしら。


 それはさておき、いざ読了して最初の感想は「これは凄い!」の一言。

 例えるなら、前菜にメインにデザートのフルコースが間を置かず次々に出される感じ。「いやいやこんな一気に食べられないよ」と思いつつも、気付けば次々に皿の中を空っぽにしてしまう……といった具合でしょうか。一度ページを捲ったらラストまでノンストップ、一気読み必須です。


 というわけで、まず『孤島の鬼』のざっくりとしたあらすじを紹介します。


 物語は、主人公である蓑浦という男性の独白から幕を開けます。彼は年の頃三十にして、地毛が一本残らず真っ白だというのです。それは、自分がかつて体験した世にも恐ろしい出来事のせいなのだと語ります。

 蓑浦はかつて、貿易会社に勤める青年でした。そこに入社してきた新人タイピストの初代と恋に落ち、やがて結婚の意を交わします。ところが、諸戸という男が唐突に現れ初代に熱烈な求婚活動を始めました。奇妙な男女の三角関係は、やがて初代の死という悲劇によって終わりを告げるのですが、それはさらなる悍ましい事件の幕開けに過ぎなかったのです。

 

 およそのストーリーは上記のような感じです。蓑浦と諸戸は、学生時代の下宿先が同じという接点がありました。その頃から、諸戸は蓑浦に対しある感情を抱いているのですが、その二人の歪な人間関係もまた読みどころのひとつでしょう。蓑浦と諸戸はともに初代殺しの真相を突き止めることになるのですが、そこからさらなる悲劇が連鎖し、やがて物語は諸戸家の内部に関わるところまで進んでいきます。


 あまり書きすぎるとネタバレになるのですが、『孤島の鬼』の物語の中身は、大別すると前半が殺人事件の謎を解き明かすミステリ、後半が孤島に舞台を移した冒険活劇になっています。そこに、主人公二人の青年の奇妙な関係や、諸戸家に隠された闇深い過去などが絡まりさらに複雑怪奇さが増すのですが、これだけ中身が盛りだくさんにも関わらず冗長に感じないであっという間に読み終わってしまうのは、乱歩先生の筆力やストーリー構成の巧さなどが効いているからでしょうか。ここ数年は長編を読み切る気力がすっかり減っていた真波でも、途中で栞を挟むのがもどかしいくらい先の展開が気になる作品でした。


 ミステリ好きにとっては前半の謎解きからすでに興奮冷めやらぬ……といったところでしょう。王道の密室殺人事件に加え、衆人化で実行される大胆な殺人。意外すぎる犯人を、果たしてあなたは突き止められるでしょうか。

 前半だけでも推理小説としてお腹いっぱいの内容ですが、個人的には舞台が諸戸の故郷である孤島に切り替わったところが物語の一番の山かなと思います。孤島に封された身の毛もよだつ秘密を、蓑浦と諸戸が明らかにしていくあたりは息もつかせぬほどドキドキします。乱歩色がより濃く現れているのは、どちらかというと後半部分かもしれません。いわゆる、エログロの世界ですね。先ほど使った「冒険活劇」は“シリーズ深読み読書会”の中で使われていた言葉ですが、児童文学作品によくあるような純粋な冒険ものよりは、よりダークな部分が濃い冒険譚といった感じです。冒険活劇と聞いて『宝島』みたいな話を想像したら大変なことになります。江戸川乱歩を読むという時点で、そのような誤解をすることもないとは思いますが。


 話は戻って、蓑浦と諸戸は孤島の中で生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされます。一時は本当に絶望的な空気が漂っていて読んでいるこちらもハラハラするのですが、意外なことに最終章のタイトルが「大団円」なんですね。個人的に、この終わり方が本作の中で唯一意外といいますか、ちょっと想定外でした。物語全体は終始ダークな雰囲気に満ちていたので、最後の最後であんなきれいなまとめ方をするところで、意表を突かれました。とはいいつつも、登場人物みんなが救われたラストだったかと言われると非常に微妙なラインですが……そこも含めて、ぜひ『孤島の鬼』を手に取ってその結末を見届けてください。


 余談ですが、乱歩をはじめ当時の作家たち、いわゆる「文豪」と呼ばれる人たちが活躍していた時代は、その時代の世相や思想が作品に色濃く反映されている、としばしば言われます。“シリーズ深読み読書会”の中でもそのような話がありまして、『孤島の鬼』もまた当時の社会の有様や思想などが部分的に織り込まれているようです。単にミステリーや冒険譚を楽しむだけでなく、文学作品を社会学的な観点から分析してみるのも、また違った楽しみ方でしょう。欲をいえば、『孤島の鬼』片手に“シリーズ深読み読書会”を観ると、作品をさらに深いところまで味わえるのでおすすめです。


 最後に、“シリーズ深読み読書会”でも言及されていましたが、本作のタイトルである『孤島の鬼』とは一体何を指していたのか。その題名にどのような意図があったのか。それもまた、作品を楽しむ上でぜひ考えたい謎です。読み終わってみると、「鬼」の候補が複数現れるのではないでしょうか。それが特定の人物を指しているのか、あるいは複数なのか、それとも抽象的な概念のことを表現しているのか。シンプルな題名の中に、とても複雑なミステリが隠されているような気がしてなりません。『孤島の鬼』を手にした方は、その謎を、魅力をとことん堪能してほしいと思います。


 ちなみに、『孤島の鬼』は文庫で色んなバージョンの表紙がありますが、個人的には角川ホラー文庫の和紙みたいな手触りの表紙がおすすめです。角川ホラー文庫が手掛けている乱歩作品の表紙は、どれも和風なデザインで素敵ですよ。

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