【乱歩ワールドをよりじっくり味わえる】江戸川乱歩中編ベスト3
※注意点※
・作者(真波)は短編作品を中心に乱歩を読み進めていますので、ランキングのほとんどを短編および中編作品が占めております。悪しからず。
・ネタバレ厳禁のルールに則り、結末やトリックが判らない程度で作品を紹介しています。
まず、乱歩作品の中に「中編」がどれくらいあるのか謎です。真波が知る限りの中編作品で読了したものは、おそらく7作品。多分他にもあるのでしょうが、とりあえず思っていたより読んでいたのでランキング化してみました。好みがかなり反映された順位となっております。
【第1位】陰獣
恥ずかしながら、初見で「淫獣」と見間違え「どんなエロミステリだろう」とドキドキしました。ある意味ではそのドキドキ感は裏切られることなく、真波の中でも押しの一作となっています。
主人公で作家の「私」こと寒川が、小田原という男の妻である静子と知り合う場面から物語は始まります。後に寒川は、静子からある男に脅迫されていると相談を受けるのですが、その脅迫者というのが寒川の同業者である大江春泥なのです。春泥は、かつて静子にこっぴどく失恋したという過去から静子への復讐を誓い、遂にその恐るべき計画を実行する――という展開を迎えます。
春泥の正体、静子の夫である小田原氏の変死事件、そして寒川と静子の関係など、最後まで読者を飽きさせない本作。主人公の寒川が、春泥の所在を突き止めるために奔走したり小田原氏の死の真相について推理したりする場面もミステリとして読み応えがありますし、一方で寒川と静子の関係性もまた違った意味でドキドキさせられます。中編作品ではありますが、中だるみすることなく最後まで読み手を振り回してくれるでしょう。
明るい日中よりは、日の落ちた夜の時間帯に読むと雰囲気が倍増します。静かな部屋の中でページを繰りながら、おどろおどろしい『陰獣』の世界観を満喫してほしいと思います。
余談ですが、本編ではある人物を「陰獣」と例える場面があるのですが、改めて乱歩先生のネーミングセンスに頭が下がりますね。我々人間の持つ醜さを、短い言葉で的確に表してそれを物語化しているのです。
今考えると、江戸川乱歩をはじめいわゆる「文豪」と呼ばれる人たちの作品は、いずれも作品の題名に凄くセンスを感じます。日本語の本来の意味をきちんと理解しているからこそ、日本語の持つ魅力を最大限に引き出す使い方ができるのだな……と感心せずにはいられません。「日本語の乱れ」「言葉の乱れ」が話題になる現代だからこそ、こうした作品を手に取って読む価値というのが一層高まるのではないかと思います。
【第2位】一寸法師
正直、1位や3位の作品と比べると知名度という点では印象が薄いかもしれません。ただし真波の中では、この『一寸法師』の物語が醸し出す不気味さが強く印象に残っています。
ちなみに、似た題名で『踊る一寸法師』という乱歩の短編があるのですが、本ランキングで紹介するのは中編かつ明智シリーズの一作です。
物語は、小林という貧乏人の男が夜の公園でこの一寸法師を見かけるところから幕を開けます。一寸法師は手にしていた風呂敷を不注意で落としてしまうのですが、その中には何と人間の片腕が入っていたのです。小林は偶然それを目撃し、一寸法師の正体に非常な興味を覚えて彼の後をつけるのですが、そこから事は殺人事件へと発展していきます。
何といっても、題名にある「一寸法師」というキャラクターが不気味。彼は物語の序盤から登場するのですが、奇怪な容貌の小男が夜の公園のベンチにちょこんと腰かけている場面を想像するだけで、背筋がぞわぞわしてきます。日本昔話に出てくるような可愛らしい少年風の一寸法師のイメージが、この作品で粉々に打ち砕かれました。江戸川乱歩は、こういう不気味な雰囲気を演出するのがとてもお上手だと思います。
登場人物がこの一寸法師メインであればただの不気味な話だったのでしょうが、意外にも人物関係が複雑で、なおかつ探偵・明智の登場によって段々と物語の謎が深まっていきます。ランキング作成にあたり読み返してみると、終盤で挙げられる犯人候補が結構多いんですよね。本格的に犯人当てを楽しみたい読者は、人物相関図を書きながら読んでいくことをおすすめします。
【第3位】パノラマ島奇談
「え、この作品が3位?」と意外に思われる方もいるかもしれません。知名度的には『一寸法師』より圧倒的でしょうし、物語の雰囲気という点でいえば、本ランキングの中では『パノラマ島奇談』がトップに躍り出るでしょう。
あらすじは、人見という男が自分に瓜二つの容姿を持つ富豪・菰田の死をきっかけに、自分の理想郷を作り上げるという物語。その理想郷が「パノラマ島」であり、パノラマ島を舞台に恐ろしい殺人事件の幕が上がるのです。
個人的な意見としては、人見が築き上げた「パノラマ島」の描写がメインの物語、という印象。探偵役として北見小五郎という編集者の男も登場しますし、歴としたミステリ小説ではあるのですが、どちらかといえばミステリよりの幻想小説と言ったほうが適切な気もします。
そういう点では、菰田の妻である千代子を引き連れて人見が「パノラマ島」の中を案内する場面は、たしかに魅せられるものがあります。乱歩先生がお得意の夢幻的な世界観が、余すところなく表現されている部分ですね。まさに夢の中を彷徨っている気分になります。
しかし、ここ数年は短編ばかり読み込んでいた真波にとって、この「パノラマ島」の描写は少し冗長に感じてしまいました。島の描写をもう少し縮めて思い切り短編にしてしまえば、おそらく物凄いパンチの効いた作品に仕上がったのではないかなとさえ考えてしまいます。ここは、読者の好き好きになるのでしょうね。好きな人はずぶずぶと嵌っていく気がします。
江戸川乱歩の幻想的な世界観を存分に味わいたい、という読者には、何よりも本作をおすすめします。人見が作り上げた「パノラマ島」は、果たして桃源郷なのか地下世界なのか――パノラマの島を散策しながら、ぜひ結末までを見届けてほしいと思います。