088 手島祐治の脱出④
もしも脱出に失敗するなら可能性は2つある、と手島は考えていた。
1つは脱出を拒む悪天候。
藤堂大地の報告により相当な激しさが予想される。
手島が気に入っていた水野泳吉は、この悪天候によって命を落とした。
おそらく島から約100km離れたら始まるとのこと。
もう1つが徘徊者の存在。
藤堂の計画では、悪天候ゾーンの手前で夜を明かす。
その為、徘徊者の現れる午前2時から4時を船上で過ごす必要があった。
ただ、船上で数日を過ごした水野は徘徊者に襲われていない。
これは徘徊者が島にしか現れないことを意味している風に感じられた。
だからといって、手島は「徘徊者が出ない」とは考えていない。
水野が襲われなかったのは、彼が小舟だったからという可能性もある。
徘徊者が気づかなかったわけだ。
島に転移した初日、徘徊者が自分達をスルーしたように。
藤堂も徘徊者の存在は考慮していた。
その為、彼の計画では、その時間帯は迎撃態勢をとることになっていた。
ファーン! ファーン!
手島が寝ていると、モニタリングルームの警報が鳴った。
その音は洞窟の中に響き、武藤と里桜も飛び起きる。
手島を含む三人がモニタリングルームに急行した。
「祐治の予測通りだったな」
武藤が言う。
手島は「ああ」と頷き、前方のモニターを指した。
「徘徊者だ」
クルーザーの後方を撮影するカメラが大量の徘徊者を捉えていた。
◇
「お前ら生きたいならもっと必死に戦えや!」
安岡の怒声が戦場に響く。
彼は船尾に立って槍を振り回していた。
残りの4人は安岡より数歩下がったところで戦っている。
安岡と違って腰が引けていて、動きにもキレがない。
殆ど安岡が一人で奮闘しているようなものだった。
「クソッ! 手島ァ! もっとまともな奴をよこしやがれ! これじゃ死ぬだろうが!」
安岡の全身から汗が噴き出す。
自分が少しでも力を緩めると終わるという自覚が彼にはあった。
他の連中は安岡がいるから大丈夫だろう、と心のどこかで思っている。
この場においては安岡が最もまともだった。
「残り何分だ! あと10分くらいで終わりか!?」
安岡がチラリと船内の掛け時計を確認する。
まだ戦闘開始から10分しか経っていなかった。
つまりあと1時間50分――110分ほど残っている。
(まだ10分だけしか……! このままだと体力がもたねぇ……!)
安岡は戦いながら頭を巡らせる。
カメラを睨んでいても手島は助けてくれない。
自分の力でどうにかする必要があった。
「安岡君!」
「どうした2号!」
安岡命名「陰キャラ2号」略して2号が叫ぶ。
「敵はこっちからしか出てこないよ!」
2号は徘徊者の現れる場所に目を付けた。
全ての徘徊者が島の方角からしか現れていない。
「言われてみればそうだな」
安岡も気づいた。
「よし、交代制でいくぞ! 4人が戦って1人が休憩だ! 10分ごとに各自で休憩していく! このままだとスタミナが切れて全滅するからな! 同じ方向からしか敵はこない! 大丈夫だ! 分かったか!?」
「「「「分かった!」」」」
「まずは俺が休憩する!」
安岡はスッと船内に退避した。
1号から4号が横並びに立って迎撃に徹する。
だが、防衛ラインはすぐに崩壊の危機に瀕した。
安岡がいないと大量の敵を捌ききることができなかったのだ。
4人は揃いも揃って「他の人が頑張るだろう」と考えていた。
(このままだと崩壊するぞ……)
休憩を始めて2分で安岡は悟った。
どうにかする必要がある。
(このクズ共は発破を掛けても頑張りやしねぇだろう)
安岡は大きく息を吐き、呟いた。
「仕方ねぇ」
覚悟を決めて立ち上がった。
静かに4号の背後へ忍び寄る。
そして――。
「クビだ、4号」
――4号の背中を足で強く押した。
「うわぁぁぁ」
4号が船尾から海に落ちる。
それによって徘徊者の動きが変わった。
クルーザーに這い上がろうとしなくなったのだ。
我先にと4号に襲い掛かっていく。
4号の浮いていた場所に徘徊者の山ができあがった。
そして、その周辺の海面には赤黒い血が漂っている。
「安岡君、なんてことを」
「うるせぇ! クズ共が!」
安岡が怒鳴る。
「こんな状況でもお前らが他人任せのゴミみたいな動きだからこうしたんだろうが! 文句言う前に自覚しろ! 俺と同じくらい戦わないと全滅だぞ!」
「「「…………」」」
「それに、4号の尊い犠牲で徘徊者は来なくなるかもしれねぇ! そうなったら戦闘は終了だ! お前らは俺に感謝こそすれ怒る立場にねーだろ! 身の程を弁えろ、この陰キャ共!」
安岡の言葉は乱暴だが正論だった。
1~3号は反論することができず、黙って俯いた。
「チッ、一時凌ぎにしかならなかったか」
4号を蹴落とした約20分後、徘徊者が再び襲ってきた。
「武器を持て! 戦うぞ! 根性だ! いくぞおら!」
安岡は先頭に立って槍を振り回す。
槍の穂先は折れているが、それでも関係なかった。
徘徊者を倒す必要はない。
時間がくるまで耐えればいいだけだ。
どうせ倒したところで新手が追加されるのみ。
だからとにかく船から叩き落とせばよかった。
「よしあと1時間だ! いけるぞ!」
安岡が時計を確認して吠える。
しかし、言った本人が「このまま無理だな」と諦めていた。
既に疲労が限界を超えている。
1号から3号も疲労困憊の状況だ。
4号が消えたことで、ローテーションを組んでの休憩が不可能になっていた。
(残り1時間。1人につき20分は稼げる。そろそろだな)
安岡は新たな生け贄を海へ放りこもうと考えた。
だがその時――。
「えっ」
安岡の体が宙に浮く。
振り返ると、足の裏を向ける2号の姿があった。
自分が4号にしたように、彼は2号に生け贄として選ばれたのだ。
「安岡君、ここまでお疲れ様」
2号がニチャァと笑う。
「死ね! この陰キャァアアアアアアアア!」
安岡が海に落ちる。
急いで船に戻ろうとするが間に合わない。
瞬く間に徘徊者が群がり、安岡を覆い隠した。
「手島君、見ているよね? ここからは僕がリーダーだから。僕の出品している石を買うようにしてね」
2号がカメラに向かって言う。
その2号は20分もしない内に安岡の後を追うことになった。
1号と3号が結託して2号を海に放り投げたのだ。
2人は共に理解していた。
もはや真面目に戦って守り切ることなど不可能ということに。
残された道は生け贄を放り込み続けることによる時間稼ぎだ。
「次はお前が海に入る番だ」
「いいや、お前の番だ」
残った1号と3号は折れた槍で鍔迫り合いを繰り広げる。
ヒョロガリのひ弱な陰キャラによる戦いは迫力に欠けていた。
同じような2人の戦いはすぐに決着がついた。
「いやだ、死にたくない! 死にたくなああああい!」
「あああああああああああーっ!」
結果は引き分けだ。
2人は戦いに夢中で徘徊者を失念していた。
そして、仲良く徘徊者に海へ引きずり込まれた。
――――……。
「徘徊者は島の方角からしか来ない……か。これは良い情報を得たな」
そう言うと、手島は寝室に戻っていった。
書籍版は12月25日に発売します。
単巻完結、全面的に改稿、書き下ろしエピソードあり。
よろしければ、是非……!