086 手島祐治の脱出②
拠点を獲得して以降、重村はリーダーとして奮闘していた。
手島のアドバイスを参考にして、グループの統治に取り組んでいる。
そんな彼の苦労を約20人の部下は知らない。
何も考えず、連日にわたって欲望の限りを尽くしていた。
もちろん重村も同様の恩恵を受けている。
気に入った女を取っ替え引っ替えで侍らせていた。
その中には、かつて安岡の恋人だった女もいる。
誰も文句は言わない。
否、言うことができなかった。
全ては手島の思惑通りに進んでいた。
「隣の芝生は青いってこういうことなのかな」
自室のベッドで、重村は天井を眺めながら呟く。
両隣には学校でも上位に入る美女が寝ている。
数週間前なら話しかけられただけで興奮していた存在だ。
それが今では隣で寝ていても何も思わなくなっていた。
重村は既に満足し、飽き始めていた。
今の生活に。
だからといって、前の生活に戻りたいとは思わない。
この環境を手放すと、また女に触れられない日々が始まってしまう。
それは耐えられなかった。
手島から連絡が届いたのはそんな時だった。
内容は「時が来た。男手を5人派遣してくれ」とのこと。
(手島さんは相変わらずブレないな……)
重村は「分かった」と返信した。
視線をスマホから天井に移し、大きく息を吐く。
(別れる前にもう1度、手島さんに会いたいな)
手島の拠点を発って以降、重村と手島は会っていない。
ラインでのやり取りがあっただけだ。
最初から決めていたことではあったが、最近はそのことに寂しさを感じる。
「重村君、いいかい?」
西別府が扉をノックしてきた。
重村は上半身を起こし、入室を許可した。
「僕、今日は3組の堂島萌花ちゃんに相手をしてもらおうと思うんだけど、他の人と被っていないかな?」
西別府は侍らせる女子のことを尋ねた。
重村と彼の部下は、支配階級として好きな女子を侍らせている。
だが、それにもいくつかのルールが存在していた。
仲間同士で争わないように……と手島が考案したものだ。
「被っていないと思うよ。というか、俺より国定に訊く方が確実だろ。女のことはアイツが一番詳しい。あんたも国定のほうがリーダーとして相応しいと思っているだろ?」
「そ、そんなことないよぉ」
と言いつつ、西別府は「そんなことある」と思っていた。
重村グループは上手く機能しているが、全てが円滑というわけではない。
斉藤の親友である3年の国定が実質的な支配者として君臨していた。
男子に指示を出すのも、侍らす女子の管理も、全て国定が仕切っている。
重村はそのことを容認していた。
管理者権限を掌握している為、反逆の恐れがないからだ。
それに、問題が起きても関係ない。対処法は既に手島から教わっていた。
「ああ、そうだ、西別府。近々、男を5人ほど別の作業に従事させる。Fランクのリストをメールで送っておいてくれ。そこから選ぶ。詳しいことは追って指示する」
Fランクとは、重村グループの中にある階級制度の最下層だ。
仕事の出来が悪い者や忠誠心の低い者がこのランクに位置する。
Fランクの人間は、日本の会社で言うところのリストラ予備軍だ。
景気が良い時は飼っているが、景気が悪くなれば真っ先に捨てられる。
手島に派遣するのはこのランクの人間になる予定だ。
◇
「なぁ、本当にこのままでいいのかよ」
ゲームセンターで、安岡は取り巻きの男に愚痴をこぼした。
「あんな陰キャに女を奪われた挙げ句、奴隷のように扱われて満足なのかよ」
安岡の言葉に、取り巻きたちは困惑したような顔をする。
「そらむかつくけど、従わなかったら追放されるんだぜ」
「だったら出て行けばいいじゃねぇか。ここに来る前みたいに木の上で過ごせば済むだろ」
「俺はパスするよ。今の生活のほうが安全だし、それに女なら他にもいる。あいつらが手を出していない女だったら自由にしていいわけだし。そう悪くないだろ。安岡だって、美沙に本気だったわけじゃないだろ?」
美沙とは安岡の元彼女だ。
しばらく前、美沙は重村のご奉仕係となった。
安岡の目の前で、重村が直々に指名したのだ。
選んだ理由は「安岡の彼女だから」だった。
そして、美沙はその指名を喜んで受け入れた。
「そうだけどよ、気にくわねぇだろ。じゃあさ、反乱を起こそうぜ。好き放題にやってるあいつらを恨んでる男は多い。そういう奴等を焚きつけてさ、陰キャや国定たちを追い出すんだよ。そうすりゃ俺達の時代が来るぜ?」
「そんなの無理に決まってるだろ。あいつらの拠点だぞ。このゲーセンにしたって重村の所有地だ」
正しくは手島の拠点である。
ただ、重村グループでは、重村の物と思われていた。
「連中を追い出すことはできても、その直後に俺達は追放されておしまいだ。俺は別に今の暮らしがそこまで嫌ってわけじゃないし、今のまま救助が来るのを待ち続けるよ」
安岡は盛大に舌打ちをする。
「あっ、いたいた、安岡君」
そこに西別府がやってきた。
「おう、デブじゃねぇか。相変わらず重村の言いなりか?」
「ははは、まぁね。でも、僕は良い思いをしているから。安岡君とは違うよ」
西別府がにんまりとした顔で答える。
挑発的な笑みだった。
安岡はすぐにでも胸ぐらを掴みたい気分に駆られる。
だが、それはできない。
そんなことをすると追放されかねないからだ。
重村グループのルールによって乱暴なことは禁止されている。
胸ぐらを掴む行為はイエローカードで、暴力沙汰はレッドカードとなる。
安岡は既にイエローカードをもらっていた。
美沙を奪われた時、重村を殴ってしまったのだ。
本来ならレッドカードだが、特別にイエローで済ませてもらった。
お詫びとして皆の前で重村の靴を舐めたからだ。
「それでね、安岡君。君には明日から別の作業をしてもらうことになったよ」
「別の作業?」
「僕も詳しいことは分からないけど、重村君の決定でね。安岡君をはじめ何人かのFランクは海に行ってもらうんだって。詳細はこの紙に書いてあるから従ってね。守らなかったら追放だよ」
西別府が安岡の肩に手を置く。
「今度、僕も美沙ちゃんと楽しませてもらうね。僕、重村君のおさがりでも気にしないから。写真とかいっぱい撮影して、安岡君にも見せてあげるよ」
「西別府、てめぇ……」
「安岡君には学校でたくさん世話になったからね。僕は忘れていないよ」
西別府はこの島に転移する前、安岡にいじめられていた。
といっても、彼は愛嬌のあるタイプだから、凄惨ないじめは受けていない。
大半の人間には度の過ぎたイジリに見えそうなものだった。
ただ、西別府本人はそのことをずっと根に持っていたのだ。
「じゃあね、安岡君」
西別府は用が済むとゲーセンから出て行く。
安岡は舌打ちするだけで、手を出すことはできなかった。
◇
翌日、安岡は言われた通りに海へやってきた。
昼になる少し前だ。
そこには彼の他にもFランクの人間が4人いた。
安岡以外はヒョロガリで、見るからに虚弱体質な男だ。
(こんな陰キャ共と何をしろって言うんだ……)
指示書に作業の詳細は書かれていなかった。
だから、安岡たちは呆然と立ち尽くしている。
「おっ、安岡じゃないか」
ほどなくしてある男がやってきた。
手島だ。
隣には武藤の姿もあった。
(重村の奴、やっぱり手島とは切れてなかったんじゃねぇか)
前に安岡は重村に訊いたことがある。
手島はどうしたのだ、と。
それに対して重村は「一時的に一緒だっただけだ」と答えた。
嘘くさいと思っていたが、手島の登場で嘘だと確信した。
「さっそくだが――」
安岡の思いなど知らぬとばかりに、手島が本題を切り出す。
「――この島から脱出したいと思わないか?」
【お知らせ】
おかげさまで、コミカライズが決定しました!
詳細の発表が可能になりましたら、活動報告でお知らせいたします。
ガラパゴが、漫画にもなっちゃいます!
また、書籍版は12月25日に発売します。
単巻完結、全面的に改稿、書き下ろしエピソードあり。
よろしければ、是非……!













