082 重村良文 10日目②
「「「うわぁぁぁぁぁ!」」」
一気にバランスが崩れた。
紫ゴリラが獅子奮迅の活躍で斉藤達をなぎ倒していく。
中には深い傷を負った者もいた。
「龍斗、撤退しよう!」
国定が荒々しい口調で言った。
「そうだな、撤退だ!」
重村は小さく舌打ちする。
介入するタイミングを掴めなかった自分に対する怒りだ。
(思っていたより難しいな……)
何度もこの展開をイメージしてきた。
しかし、実際に直面すると、なかなか動けなかった。
(これだけボロボロだと流石に今日で終わりだろうな……)
重村は撤退したらグループを離脱しようと考えた。
だが、そうなる前に予期せぬ問題が起きる。
パラパラ、パラパラ……!
「これは……」
ボスの縄張りから出た一同が空を見上げる。
暗い色の雲が空を覆っており、そこから水の粒が降ってきた。
「雨だ!」
重村が叫んだ。
その声に応えるかのように、雨が激しさを増す。
瞬く間に大雨となった。
「どうする、龍斗」
「まずいな……」
斉藤が仲間を見渡す。
負傷者の数は過半数に達していた。
自力で歩くのが困難な者も数名いる。
大雨の中を迅速に帰還するのは難しかった。
「とりあえずビニールシートを買ってその下に潜って雨を凌ごう。雨が止むことに賭けるしかない……!」
斉藤は仲間を見捨てようとしなかった。
その姿勢に、重村は心が打たれた。
(手島さん、ごめん。俺には王の資質がなかったよ)
重村は剣を召喚すると、縄張りに近づいていく。
「おい、重村ちゃん! なにをするつもりだ」
「斉藤さん、待っててください。俺がアイツを倒して拠点を奪います」
「無茶だ!」
「それはどうかな」
重村は先のことを考えないことにした。
ここでサクッとボスを倒したら、メンバーから文句が噴出するのは確実だ。
お前がもっと早く本気を出していたら誰も怪我をしなかったのに、と。
そうした問題を自分の力で乗り越えられるかは分からない。
いや、おそらく無理だろう。
それでも重村は、グループのメンバーを助ける道を選んだ。
(ヒーローに憧れる……陰キャらしいな)
重村は「ふっ」と小さく笑い、縄張りに足を踏み入れた。
その瞬間、洞窟の前まで戻っていた紫ゴリラが反応する。
威嚇するように吠え、重村に向かって突っ込んできた。
それは重村が何十・何百と見てきた動きだ。
「なるようになる」
言い聞かせるように呟くと、重村は剣を構えた。
「ウホオオオオオオオオ!」
彼の前に立つと、紫ゴリラは右腕を振り上げた。
「ここだ!」
敵のモーションに合わせて重村も動く。
剣を紫ゴリラの胸部に突き刺す――はずだった。
「あっ」
雨で手が滑り、剣がすっぽ抜けてしまった。
剣は紫ゴリラの顔面をかすめながら洞窟のほうへ飛んでいく。
それによって紫ゴリラは一瞬だけ怯んだ。
――が、その後の行動は変わらない。
「ウホオオオオオオ!」
吠えながら腕を振り下ろす。
「うわぁ!」
予想外の事態に重村は頭が真っ白になった。
そのせいで攻撃を避けるのが精一杯となる。
雨でぬかるんだ地面に足を滑らせ、盛大に尻餅をついた。
どうにか最初の攻撃を回避できたものの、すぐに次の攻撃が迫っている。
今度は避けられない。
(やられる!)
重村は目をギュッと閉じた。
その瞬間、彼の体が横に大きく吹き飛ぶ。
誰かに体を蹴り飛ばされた。
何事かと目を開けると、そこには――。
「斉藤さん!」
紫ゴリラの攻撃をもろに受けた斉藤の姿があった。
先程まで重村がいた場所に倒れ込んでいる。
「重村ちゃ……逃げ……ろ……」
斉藤の虚ろな目が重村を捉える。
そこに紫ゴリラの巨大な足が降り注ぐ。
斉藤の顔面を何度も激しく踏みつけ、地面に陥没させる。
即死だった。
「うわあああああああああああああ!」
重村が悲鳴を上げる。
他のメンバーは衝撃的過ぎて声も出ない状況だった。
「ウホオ?」
斉藤が死んだことで、紫ゴリラの狙いが変わる。
再び重村を狙うようになった。
「逃げろ、重村ぁ!」
国定が叫ぶ。
しかし、重村は逃げなかった。
「お前、よくも、よくも!」
重村は烈火の如く怒った。
本当なら怒った演技をするはずだった。
だが、今の彼は心から怒っていた。
「許さない! 絶対に!」
重村がポケットに左手を突っ込む。
念の為に用意していた予備の剣を召喚した。
「ウホオオオオオ!」
「斉藤さんの仇だ、死ね!」
今度は手を滑らせなかった。
重村の剣が紫ゴリラの胸部を的確に貫く。
そこからは流れるような動きで、1分もしない内に敵の命を奪った。
「こんなはずじゃなかったのに……」
斉藤は死に、重村はボスを倒す。
それは最初に想定していた通りの結末だった。
なのに重村の口からは想定外と受け取れる言葉がこぼれる。
「重村……」「重村君……」
皆が口をポカンとしている中、重村のスマホからファンファーレが鳴る。
その音が、重村に正気を取り戻させた。
(もはや後戻りは出来ないな……)
重村は慣れた手つきで拠点を購入する。
「皆、この拠点に避難してくれ」
重村の指示によって、全員が拠点の中に移動する。
「俺から提案がある」
疲労困憊のメンバーに向かって重村が話す。
「この拠点を他の連中にも開放してあげよう。暴徒化した奴等が多い上にこの雨だ。拠点を無償で提供すれば、俺達はヒーローになれるぞ」
誰もが驚き、そして顔を歪めた。
「ふざけるな!」
怒鳴ったのは国定だ。
「なんで他の奴に拠点を開放しないといけないんだよ! 龍斗が呼びかけたのに誰も来なかったじゃねぇか!」
斉藤は戦闘が始まる前にラインで呼びかけを行っていた。
皆で協力して拠点を確保しよう、と。
数が多い程、安全に拠点を確保できると考えたのだ。
しかし、この呼びかけに応じた者はいなかった。
誰もが「ガンバレー!」と応援するだけだったのだ。
中には「参加する」と言って来なかった者もいた。
「俺達は死に物狂いでこの拠点を獲得したんだぞ! 龍斗はお前を守って死んだ! 他にも負傷した奴がいる! なのになんで何もしてない奴に拠点を使わせてやらないといけないんだよ!」
皆が国定の言葉に同意する。
「分かっているさ」
重村は落ち着いた口調で言う。
「俺も無償で拠点を開放しようとは思っていない」
「……どういうことだ?」
「最初は甘い言葉で幅広く受け入れる。だが、すぐにルールや階級制度を設ける。俺達は上流階級になるから働く必要はない。新しく入ってきた奴等――庶民に働かせるんだよ」
誰も何も言わない。
重村の言葉を噛み締めるように聞いていた。
「拠点の管理者権限を使えば、気に入らない奴の追放なんて簡単だ。皆も共同管理者に設定する。俺達20人で多くの奴等を従えさせるんだ」
「そんなことできるのか……?」
「できる」
即答で断言する重村。
「仮に上手くいかなかったら、その時は閉め出せばいい。俺達には気に入らない奴を追放する権限があるのだから。そうだろ?」
「たしかに……」
「上手いこといけば他の奴等に金を稼がせるだけでなく、女を好き放題にできるかもしれない。大雨が降っていて大半が拠点にありつけていない今が最初で最後のチャンスだ。どうする?」
重村が皆を見渡す。
誰も異論を唱えなかった。
「決まりだ。細かいことは俺が調整するから安心してくれ。斉藤さんの犠牲に報いる為にも、俺達はこの島で成り上がろう!」
「「「おおー!」」」
満場一致で、重村は新たなリーダーに就任することが決まった。
これが、重村グループの真相である――。