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080 重村良文 9日目

 翌日。

 狼煙のグループは朝から拠点の獲得に動いた。

 朝食を済ませるなり移動を開始する。


「あれが拠点のボスか」


「たしかに紫ゴリラだ」


「初めて見るなぁ」


 ほぼ全員がボスを見るのすら初めてだった。

 戦わずして「危険だから」と避けていたわけだ。


「誰か戦争マニアいる?」


 斉藤が尋ねる。

 全員が首を横に振った。


「ならテキトーにやるしかないな! 適当に散開して同時に攻撃しよう!」


 メンバーが扇状に展開してボスを囲む。

 重村は斉藤のすぐ隣を維持。


「準備はいいかー?」


 斉藤は持っている槍に込める力を強めた。

 他のメンバーも槍をギュッと握って頷く。

 重村も剣ではなく槍を持っている。


「戦闘開始だ!」


「「「「うおおー!」」」」


 統率のとれていない動きで全員が突っ込む。

 ただ、誰もが恐怖のあまり動きが鈍い。

 最初に突撃するのは誰か――チキンレースの様相を呈していた。


「ウホオオオオオ!」


 重村が思ったのと同じタイミングで紫ゴリラが動く。

 体をくるりと横に向け、突っ込んでくる男の一人へ襲い掛かる。


「ひぃいいいいいいいいいい」


 狙われた男とその周辺にいた連中が悲鳴を上げる。

 慌てて逃げようにも足が竦んで動けない。

 そこへ紫ゴリラの強烈な右フックが飛ぶ。


「ぎゃあああああ」


 男は盛大に吹き飛ばされた。

 背中から木に激突して、胃液を逆流させる。


(よし、この調子で次は斉藤を……)


 重村がそう思った時。


「撤退! 撤退だ!」


 斉藤が撤退を指示した。


「えっ? 逃げるんですか? 戦わないと拠点が」


「無茶言うなって! 無理無理! あんな奴に勝つなんて無理ぃ!」


 斉藤が撤退を指示したことで、全員が慌てて紫ゴリラから離れる。


「斉藤さん、ここで逃げたら怪我をした人が報われませんって」


「だったら重村ちゃんが先陣きって挑んでよ」


 重村は「ぐぬぬ」と唸る。


(俺だってそうしてぇさ。でも、それじゃ駄目なんだよ……)


 紫ゴリラをただ倒すだけではいけない。

 皆で苦戦した末に勝つことが大事なのだ。

 重村が最初に突っ込んだ場合、労せずに紫ゴリラを倒してしまう。


「誰も異論はないな? 撤退だ!」


 斉藤は改めて撤退を指示する。

 一同は戦闘開始から3分も経たない内に拠点を後にするのだった。


 ◇


 12時になろうかという頃、重村達は川辺に戻った。

 そして昨日と全く同じ活動をしている。

 談笑しながら魚を釣ったり、果物を採取したり。


 負傷した男はハンモックで休んでいた。

 派手に飛ばされたわりに軽傷で済んだ。


(別のグループに移動するべきなのかなぁ)


 重村は釣りをしながら対応を考える。

 すると斉藤が話しかけてきた。


「拠点の獲得、失敗してごめんなー」


「いえ、別に……」


「俺も拠点はほしいんだけどさ、なかなか難しいよなぁ」


「ですね」


 斉藤は重村の隣に腰を下ろすと、自身も釣りを始めた。


「そういえば……」


 川辺を見ていて重村は思った。


「谷のグループを主催した人って、拠点を持っていましたよね」


「うんうん。あのクズなー」


 斉藤が軽い調子で言う。


「クズなんですか?」


「女だけを洞窟に入れようとしてたんだぜ」


「女だけ……?」


「管理者は3年の鈴木って奴なんだけど、そいつは学校だといじめられていたんだ。で、鈴木の言い分だと『いじめを無視してた奴も共犯』ってことらしくて、だから仲間以外の男は全員NGとか言い出してな」


「でも、谷で集まろうって呼びかけてたんですよね? その人」


「女を集めるためさ」


「救助要請じゃなくて?」


「それもあっただろうけど、どちらかと言えば建前だろうな。メインは女を入れる為に違いない」


「なら女子の大半はその拠点に?」


「いいや、そうでもない。鈴木は女にもビビってたからな。女も1日1人しか入れないとか言い出した。しかも、誰を入れるかは自分が決めるとかほざきやがってな」


「1人だけ? どうして?」


「性欲が暴走していたんじゃねーかな」


 重村は体がブルッと震えた。

 自分のことを言われている気がしたのだ。

 鈴木のことが他人事とは思えなかった。


「でも、そんなとこに入ろうとする女はいないわけで、結局は誰も入らずさ。今は3年の中でもヤンチャな奴等に睨まれて拠点から出られないって話さ」


 安岡のことだな、と重村は思った。


「にしても鈴木はアホだぜ。せっかく拠点があるんだから、もう少し上手いことやればいいのにな。俺だったらもっと上手にできるぜ」


 斉藤が釣り竿を引き、釣り針を手元にたぐり寄せた。


「斉藤さんも拠点があったら鈴木って人みたいなことするの?」


「すると思うぜ。管理者権限を使えば気に入らない奴は追い出せるんだからな。重村ちゃんも分かると思うけど、男ってのは目を瞑れば女の裸を妄想するもんだし、鈴木の行いが悪いとは思わないんだよ。ただアイツは下手クソすぎる」


「なるほど」


 重村は驚いていた。

 普通なら言いにくいことを、斉藤がすらすら言うことに。

 その一方で、この男が部下になったら頼もしいだろうな、とも思った。


「話が逸れちまったけど、俺が気になっていたのは鈴木さんがどうやって拠点を手に入れたかなんですよね。斉藤さん、何か知らないんですか? 鈴木さんがいけるなら俺達だって拠点を手に入れられるんじゃ?」


「どうだろうな。鈴木、自分で拠点を取ったわけじゃないから」


「えっ?」


「なんかもらったらしいよ。誰かから」


「もらった……? そんなことありえるんですか?」


「分からないけど、本人がそう言っているんだからそうなんだろう。そんな嘘をつく必要がないし、そもそもあの紫ゴリラを鈴木や仲間の陰キャ集団で倒せるとは思えない」


「たしかに」


 紫ゴリラは決して弱くない。

 むしろ通常の猛獣よりも遥かに強いだろう。

 機械的な動きをするという弱点がなければ倒すのは難しい。


「それよりさ、重村ちゃん」


 斉藤は立ち上がると、ニィと白い歯を見せた。


「明日こそ拠点をゲットしようぜ!」


「明日も挑戦するんですか?」


 重村は驚いた。

 彼にとって望ましい展開ではあるが、理解できなかった。

 てっきり斉藤は拠点の獲得に消極的だと思っていたからだ。


「もちろん! だって、拠点があったら女を呼べるじゃん? それにそろそろ夜はぐっすり眠りたいしな!」


 離れた場所から「俺も賛成だー!」という声が飛んでくる。

 盗み聞きしていた国定の声だ。


「ヤバかったら逃げればいいだけだ」


「そっすよね!」


 重村はニッコリした。


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