079 重村良文 8日目②
日が暮れてくると、狼煙のグループでは夕食が始まった。
このグループの食事は各自のタイミングで行うスタイル。
重村は斉藤と同じタイミングで夕食をとることにした。
グループを扇動するには斉藤に取り入るのが一番だと考えたからだ。
夕食は串焼きだった。
重村は早くも里桜の手料理が恋しくなった。
「じゃあ、此処の人は全員が元々は谷のグループにいたわけですか」
「まぁな。というか、谷の人間以外の人を見たのって重村ちゃんが初めてだよ。今まではずっと一人で行動していたんでしょ? 急にどうしたの?」
斉藤が串に突き刺さったブロック肉にかぶりつく。
肉汁を派手に撒き散らしながら「うんめぇ!」と舌鼓を打った。
「他の人に寝床を奪われてしまって……。一人だとまた同じようなことになりかねないからどこかのグループに入ろうと」
「なるほどなぁ。谷が解散してから荒れてるもんなぁ。だからこうして俺のところに人が集まってきてるわけだしな」
「元々は3人だったんですよね。それが今や20人とは……すごい」
「場所がいいし目印の狼煙もあるからだろうな」
斉藤は狼煙を見上げた。
「よっしゃかかった! 武彦、網だ、網を持て!」
斉藤のすぐ近くで釣りをしている男が言う。
ジェルでバリバリに尖らされた黒髪が特徴の彼は国定雅史。
斉藤グループの1人で、斉藤とは中学時代からの付き合いだ。
「急げって武彦ォ!」
「そんなこと言われても僕はデブなんだから遅いんだってば」
グループで1番の巨漢デブ――西別府武彦が言う。
走ったわけでもないのに脂ぎった汗を垂れ流している。
西別府も斉藤グループのメンバーだ。
(斉藤と国定は陽キャラって感じなのに、西別府だけ俺と同じタイプだな)
重村は西別府に妙な親近感を覚えた。
「雅史君、いつでもいいよ」
「よし、いくぞ。せーのっ!」
国定が釣り竿を引きながらリールを回す。
手の届く距離まで川魚が近づくと、西別府がそれをたも網ですくい上げた。
2人のスマホが同時に音を鳴らし、報酬が入ったことを知らせる。
「よーしでかした! この調子でがんがん釣ろうぜ!」
「えー、僕、今日はもう疲れたよー」
「かぁー、つっかえないやつだなぁ! 武彦は!」
「仕方ないじゃないか、僕はデブなんだから」
2人は釣りを終わらせると、斉藤の横に来て串焼きを食べ始めた。
それと同じタイミングで、斉藤と重村は食事を終える。
「今日もお腹いっぱいで幸せだぜぇ!」
その言葉通り、斉藤は満腹になるまで串焼きを頬張っていた。
釣りや採取で十分に稼げていることがよく分かる。
重村にとっては美味しくない展開だ。
(拠点を確保しに行こうと誘っても断られそうだなぁ……)
グループの様子は分かったが、扇動する口実が見つからない。
(手島さんに相談するか? いや、それは最終手段だ)
重村は出来るだけ手島には頼らないでおきたかった。
手島に「お前の手腕は立派だ」と認めてもらいたいから。
なので自分の力で解決することを目指す。
「重村ちゃん、そろそろハンモックを作っておきなよ。暗くなるぜ」
「あ、はい。すぐに作ります」
重村は川辺から離れて、ハンモックが並ぶ木々に向かう。
太い幹をした頑丈そうな木にハンモックを作り始めた。
「えらく手慣れているなぁ」
作業をしていると斉藤が寄ってきた。
「そうですか?」
「大したものだよ。まるで何度もハンモックを作ってきたみたいだ」
ギクリ、と焦る重村。
斉藤の言う通り、彼は何度もハンモックを作っていた。
手島の拠点を発つ前に練習していたのだ。
「手先が器用なのかもしれないですね」
「手伝おうと思ったけど、俺の出る幕はないなー」
「気持ちだけで十分ですよ。ありがとうございます」
◇
夜になると、斉藤たちはハンモックの上に移動した。
重村も自分の作ったハンモックでくつろいでいる。
(やれやれ、どうしたものか……)
重村はスマホをいじりながら考えていた。
どうやって斉藤たちを拠点の獲得に向かわせるのかを。
どれだけ頭を使っても、説得の言葉が思い浮かばなかった。
(気分転換に別のことを考えよう)
重村はスマホで適当にネットサーフィンを楽しむ。
ブックマークに登録してあるサイトを見て回るのが彼の日課だ。
「重村ちゃん、なにしてんのー?」
斉藤の声が届く。
しかし、重村の位置からは顔が見えない。
彼は意図して他人から見えない場所にハンモックを作っていた。
「ネットを見てます」
「アダルトサイトの巡回かー?」
国定が茶化してくる。
「ち、違いますよ。ヤッホーニュースです」
「ニュースとか真面目ちゃんかよ!」
斉藤が突っ込むと、国定が声を上げて笑った。
少し遅れて別の男の笑い声も聞こえたけれど、これは関係ない。
他のグループは他のグループで談笑しているのだ。
(国定雅史……勘の鋭い男だな)
重村はスマホの画面に目を向ける。
そこに開かれているのはヤッホーニュースとは違っていた。
そう、彼はアダルトサイトの巡回をしていたのだ。
(こんなことなら手島さんの拠点を発つ前に……)
この場所にはプライベートな空間が存在しない。
手島の拠点には自分用の部屋やトイレといった個室があった。
そういった空間がないと、年頃の男子高校生には辛くてたまら――。
(ハッ、そうだ!)
重村は閃いた。
「斉藤さん、いや、皆さん、聞いてください」
重村はスマホを閉じて話しかける。
だが、そこら中で繰り広げられている会話は止まらない。
聞こえていないのだ。
「おーい、重村ちゃんが何か話したいんだって!」
斉藤が言うと、場が静かになった。
「あの、明日、よかったら皆で拠点を確保しにいきませんか?」
「拠点?」と斉藤。
「今でも十分だろ」
国定の言葉に、他のメンバーも賛同する。
それでも重村は折れない。
「プライベートな空間って欲しくないですか? 拠点って拡張できるじゃないですか。それで個室を作れたらいいかなって思うんですが」
「たしかにプライベートな空間は欲しい」
最初に斉藤が言う。
国定や他のメンバーも同じ反応だ。
(やはり感触は悪くない)
重村は手応えを感じた。
今の環境だと、アダルトサイトもまともに楽しめない。
これが致命的なのは重村だけではないのだ。
むしろ重村より他の連中の方がきつい。
重村と違い、斉藤達はこの島に来てからずっと今の環境だからだ。
「でも、拠点のボスってクソ強いんでしょ? 死んだ奴もいるって話だぜ」
「とりあえず様子見で挑むってのはどうですか? たしかに強いけど、いざとなったら簡単に逃げられるし」
「悪くないかもなぁ。釣りだけの生活って退屈だし、拠点が手に入ったらゲームとかも置ける。それに、俺達からこの場所を奪おうって奴はいないだろうから、問題があったらさくっと戻ってこられる」
斉藤が前向きな姿勢を示す。
「俺も龍斗に賛成だけど、拠点の場所は分かるのか? ラインで聞いた話だと、付近の拠点は誰かが占領してるそうだぜ」
国定の言葉に、重村はニヤリとしながら答えた。
「問題ないですよ。皆さんと合流する前に拠点を見つけておいたんで」
「重村ちゃん要領いいね! よし、じゃあ明日はボス退治にいこう! それでいいかな!?」
「「「「いいともぉ!」」」」