076 手島祐治 5日目③
それから重村は、手島にこってりと鍛えられた。
「うおっ、あぶねー……」
何度目かも分からない危険なシーン。
紫ゴリラの爪が重村の制服をかすったのだ。
あと少し避けるのが遅かったら致命傷だった。
「もっとよく見ろ。死にたいのか」
「見てるけどさ、なかなか上手くいかないんだよ」
「気合が足りないのだろう」
「根性論かよ。今は令和だぜ」
重村がむすっとする。
それでも手島は断言する。
「根性論などではない。お前には気合が足りていない」
「じゃあさ、その気合ってのはどうやったら身につくんだ?」
紫ゴリラの縄張りから出て尋ねる重村。
手島は「そうだなぁ」と腕を組みながら考える。
「もっと未来の自分をイメージしろ」
「どういうこと?」
「この島の支配者になった後のことについてさ。王として君臨し、欲望の限りを尽くす己の姿を。お前はイメージしきれていない」
「ほう」
「社会との関わりを断つのに未練がないお前にとって、この島の王という座は最高の地位だ。宝くじで1等に当選するよりも価値があるだろう。好きなだけゲームができる上に、多くの女を好きなように侍らせられるのだから。辛い点といえば親に会えないことくらいだ」
「いや、親は既に他界している。前の生活に未練はないよ」
「それなら尚更、この島で王になることは最高だろ」
「まぁね」
「それが多少の頑張りで手に入るんだ。宝くじを当てるよりも遥かに確実だ。だがここで頑張らなければ、前の生活と変わりないままだぞ。だからもっとイメージしろ。王になった後、自分がなにをしたいのか。そして、なにをしているのか」
「王になってやりたいこと……」
重村が目を瞑る。
彼の脳内に、玉座に座る自身の姿が浮かんだ。
なぜか壁は黄金で、両隣には裸の美女が立っている。
そして正面にはチャラ男共がひれ伏していた。
「イメージできたようだな」
重村が目を開くと同時に手島が言った。
「ああ、最高の光景をイメージした」
「それを実現させられるところまでお前は来ている」
「あとは俺の僅かな頑張り次第なんだよな」
「そうだ。覚悟を決めたらあのゴリラを殺せ」
「よし、やるぞ!」
重村は紫ゴリラの縄張りに突っ込んだ。
侵入者を感知した紫ゴリラも動き出す。
(怖い、怖い怖い……怖い!)
迫り来る紫ゴリラに、重村の足が竦む。
剣を持つ右手が汗でぬめぬめしている。
恐怖と緊張のせいで全身から汗が噴き出す。
(でも……!)
重村が大きく息を吐く。
顔付きが変わった。
「俺はこの島の王になるんだ!」
重村が恐怖を克服する。
身体が軽くなり、敵の動きが遅くなったように感じた。
「ウホオオオオオオオ!」
紫ゴリラが右腕を振り上げる。
それと同時に重村は動き、紫ゴリラの胸を突き刺す。
「うおおおおおおおおおおおお!」
重村が流麗な動きで紫ゴリラを攻撃する。
脳内で描いている通りの動きを完全に再現していた。
危なげなく追い詰めていき、そして――。
「見事だ、重村」
――紫ゴリラを倒すことに成功した。
手島が見守る中、重村は一人でやり遂げたのだ。
ボスの討伐を。
「俺が……倒した……?」
「そうだ。だが、まだ終わりじゃない」
「えっ」
次の瞬間、重村のスマホからファンファーレが鳴った。
「倒した後にすることと言えば?」
手島が微笑みながら尋ねる。
「拠点の購入だ」
「その通り」
重村は慌てて拠点を購入した。
「そんなに急がなくていい。もっと落ち着いて、悠然と購入しろ。そのほうが周囲の人間に威圧感を与えられる。こいつは只者じゃねぇってな。言い換えるなら王としての風格を漂わせろってことだ」
「なるほど、分かった」
これ以降、重村は単独でも拠点のボスを倒せるようになった。
◇
「よく来たな、重村」
夕食後、重村は手島の部屋にやってきた。
手島に呼び出されていたのだ。
「どうかしたの?」
「とりあえず、そこに掛けろ」
手島は買ったばかりのソファへ座るよう促した。
自身はベッドに腰を下ろす。こちらも買いたてだ。
「今日はよく頑張ったな」
まずは労いの言葉から始まる。
「手島さんのおかげだよ」
重村は嬉しそうに頭を掻いた。
「もはや戦闘面では問題ないと思う」
自信に満ちた顔で「だな」と頷く重村。
「紫ゴリラだけじゃなく赤トラでも倒せるよ」
拠点のボスは紫ゴリラの他にもいる。
それが赤いトラだ。
強さは紫ゴリラと大差ない。
重村は今日、赤トラの討伐にも成功していた。
もちろん単独で。
「たしかに単独なら問題ないが、本番では状況が異なる」
「他の奴等が邪魔ってことか」
「そういうことだ。俺やお前の戦闘能力は決して高くない。それでも単独でボスを倒せるのは、敵の動きを把握しているからだ。相手はロボットの如く機械的に動くからな。だが、本番では違う動きをする」
「じゃあ、今日の訓練は無駄ってことか?」
「そんなわけない。今日の訓練で得たのは、標的を確実に仕留める戦い方だ。戦って分かったと思うが、肝心なのは最初のクリティカルヒットだ。紫ゴリラで言えば、胸部に対する深い刺突を食らわすこと。それを成功させれば、あとは周囲に誰がいようと関係ない」
「たしかに。クリティカルを決めてからトドメまでは一瞬だもんな」
手島が頷いて肯定する。
「だから、今からどうやってクリティカルを決めるとこまでもっていくかを説明する。覚えておけば、もはやお前が王になるのは確定したようなものだ」
「俺が単独で倒すってのじゃ駄目なのか? 最初に他の奴等で戦わせてさ、苦戦したところで『俺に任せろ』と交代して戦えばいいんじゃないか。それか最初から俺が単独で戦ってもかまわない」
「それだと周囲のお前に対する認識は『いいとこ取りのクソ野郎』になってしまいかねない。そうなると、お前の部下になる予定の奴等との関係がよろしくないだろう」
「そうか、そいつらのことも考える必要があったんだな」
「ただ、今の考えは良い線をいっている。勇敢さをアピールすることは大事だ。しかし、あくまでも余裕を感じさせてはいけない」
「余裕を感じさせない?」
「お前はモブ――どこにでもいそうな陰キャとして戦闘に参加する。ゲームの主人公みたいな目立ち方はしない。だから最初は無能な振りをしろ。で、ここ一番というところで本気を出すんだ。能ある鷹は爪を隠すって言うだろ」
「言いたいことは分かるけど、つまり俺はどうすればいいんだ? 手島さん、ちょっと説明が回りくどいぜ」
「すまん、俺の悪い癖だ」
手島は小さく笑う。
「つまり、俺が言いたいのはだな――」













