075 手島祐治 5日目②
重村は勘違いしていた。
手島は何かしらの策を弄して拠点のボスを倒すのだ、と。
だから驚いた。
「えっ、真っ向勝負で倒すの?」
手島は策など考えていなかったのだ。
ローションを撒くでもガソリンをかけるでもない。
真正面から挑んで倒すつもりだ。
重村と2人で。
「大丈夫さ」
涼しい顔で言う手島。
重村は思わず「大丈夫なわけあるかよ」と突っ込んだ。
「いくら手島さんでも無茶だって。あんたの強みは頭脳だろ。力じゃない。それなのに正面突破なんて無茶だ。武藤さんですら苦戦していたんだ。俺達みたいな人間が戦うなら数十人規模の戦力がいるだろ」
「たしかに今は大丈夫じゃない。だが、大丈夫になる必要がある。この島の支配者になるには、ここ一番の戦いで絶対に拠点を得なければならない。だから、これから大丈夫になっていくんだよ」
「どうやってさ」
「考えはある」
手島は重村を引き連れて谷の近くにある洞窟へやってきた。
マウンテンバイクで一直線に向かったので1時間も経たずに到着だ。
「情報に感謝だな」
彼らが洞窟を見つけられたのはグループラインのおかげだ。
少し前から、色々な生徒が座標付きで洞窟の場所を公開していた。
誰か拠点を確保してくれ、と頼む為だ。
怪我をしたくないので自ら動こうとはしない。
自ら動けるような人間は既に拠点を確保済みだというのに……。
「本当に真っ向勝負で挑むのか? 切り札とかないの?」
「切り札はある」
手島は断言する。
重村の目に希望の光が宿った。
――が、直後の発言でその光は消える。
「あるにはあるが、今回は使わない」
「じゃあ、マジのマジで正面対決かよ」
「そういうことだ」
手島はマウンテンバイクから降り、紫ゴリラに近づいていく。
重村はビクビクしながら追従する。
「ウホオオオオオオオオ!」
縄張りに入った瞬間、紫ゴリラが動き出す。
それに合わせて手島はさっと縄張りの外へ避難。
紫ゴリラがピタリと止まった。
「な、なにをしているんだ?」
首を傾げる重村。
「見ての通りゴリラの動きは機械的だ。それは戦闘になってからも変わらない。だから、時間をかけてゴリラの動きを把握する。それからじっくり攻略していくわけだ。重村、お前、ゲームは好きか?」
「まぁ、そこそこやるけど」
「ならゲームで喩えてやろう。いわゆる覚えゲーとか死にゲーと呼ばれるやつだ。ブレステのモンスターハンツァーのボスと同じだよ」
「モンハンのボスと同じ……」
「そうさ。ただ、ゲームと違って俺達は死ねない。だから縄張りの近くでチビチビ戦って動きを覚える。理解できたら戦うぞ。武器を出せ」
手島が〈ガラパゴ〉の販売リストから武器を召喚する。
他人から買った石器ではなく、自分で作った鉄の剣だ。
重量に考慮して刃は薄く加工してある。
この剣を作るのはそれほど難しくなかった。
購入時の加工で大まかな形を作ったら、後は刃を研ぐだけだ。
研ぎ方はネットで簡単に分かるし、そもそも手島は方法を知っていた。
手島に続いて重村も武器を召喚。
手島と同じ剣だ。
「間違って俺を斬るなよ?」
「わ、分かってるよ」
重村の脚はガクブルと震えている。
手島は「大丈夫だ」と言い、左手で重村の背中をさする。
「落ち着くまでそこで見ていろ」
そう言うと、手島は単独で縄張りに侵入した。
「ウホオオオオオオ!」
咆哮と同時に突っ込んでくる紫ゴリラ。
手島は剣を構えることなくその場で立ち尽くす。
そしてゴリラが腕を上げた瞬間、スッと後ろに下がった。
「右だな」
縄張りから出ると同時に呟く手島。
「えっ?」
重村が反応するが、手島はそれを無視。
またしてもゴリラの縄張りに足を踏み入れた。
――で、先程と同じく、ゴリラが腕を上げた瞬間に後退。
「右だな」
「えっ?」
同じやり取りだ。
重村にはなにが「右」なのか分からなかった。
その後も、手島は同じことを10回ほど行った。
縄張りに侵入し、ゴリラが近づき攻撃態勢に入ると後退。
それらが終わると例のセリフを言う。――右だな。
「手島さん、なにをやっているんだ?」
耐えかねて重村が尋ねた。
「分からなかったのか? ゴリラの腕を見ていたんだよ」
「ゴリラの腕?」
「あいつは毎回同じ速度で迫ってきて、同じ角度に右腕を振り上げる。モーションも、角度も、振りかざす腕も同じだ」
そう言って、手島が再び縄張りに侵入。
まるでリプレイのように、紫ゴリラが同じ動きで迫る。
「次にこいつは俺の前で立ち止まり、右腕を上げる」
手島が行動を先読みする。
実際、その通りになった。
紫ゴリラが右腕を振り上げる。
しかし、ここからの展開は違っていた。
「だから俺は――」
手島は後退しない。
剣を握る手に力を込め、体の向きを横にする。
フェイシングのような構えで、ゴリラに右肩を向けた。
「――がら空きの胸部を攻撃する!」
手島の剣がゴリラの右の胸部に突き刺さる。
「ウホオオオオオオオオオオオオオオ!」
ゴリラは悲鳴のような声を上げて後退。
武藤と戦った時とは違い、背中を向けて逃げている。
本気の逃げだ。
「背中が剥き出しになったな。いただくとしよう」
手島は追いかけて大振りの攻撃を加える。
ゴリラの背中に斜め十字の傷痕ができた。
「ウホォオオオオ! ウホォオオオ! ウホォオオオ!」
その場で崩落して転がり回るゴリラ。
もはや虫の息だ。
手島はこのチャンスを逃さない。
「あとはトドメだ」
手島は一瞬の躊躇もなくゴリラの顔面に剣を突き刺した。
するとゴリラは消えて、手島のスマホからファンファーレが鳴る。
「こんな感じだ。動きを覚えれば簡単に倒せる」
「…………」
重村は声を出せなかった。
口がポカンと開いて、体がカチコチに固まっている。
信じられなかった。
あの紫ゴリラがあっさり倒されたことに。
しかも倒したのは、自分と大差ない体格の人間だ。
武藤が倒したのならまだ理解できる。
彼は190を超える長身で、しかも筋肉質。
さらに空手の達人だ。
しかし手島は違う。
戦闘技術など当然ながら持ち合わせていない。
頭脳と度胸だけで紫ゴリラを倒したのだ。
「すげぇ……すげぇ……凄すぎだよ……すげぇ……」
重村はそれしか言えなかった。
「褒めてくれるのは嬉しいが、俺はお前に同じ動きを求めているんだぜ」
手島は微笑むと、剣を販売リストに戻して拠点を購入する。
「重村、お前は度胸がある。俺や真を前にしても物怖じせず交渉を繰り広げた男なんだ。機械的な動きをするザコにビビる必要なんてない。俺が勝てるようにしてやるから任せておけ」
「分かったよ! 手島さん!」
重村の心は、手島祐治という男に平伏していた。
なろうで新作の連載を開始しました!
「家を追い出されたニート、冒険者+配信者で成り上がる」
という作品で、YOTUBEを駆使する冒険者の物語となります。
下のリンクから飛べますので、よろしければ是非……!