072 手島祐治 4日目③
定置網漁業で設置する網にはいくつかの名称がある。
最初に魚がぶつかる障壁のような網が垣網だ。
次に、垣網にぶつかった魚がやってくるエリアが囲い網。
囲い網はその名の通りぐるっと囲むように設置されている。
魚はそこで方向を変えた後、次第に幅が狭まる道へ向かう。
この道を登網と言い、それを越えた先にあるのが終点の箱網だ。
箱網だけは底にも網が張り巡らされていて、袋状になっている。
定置網漁業で、漁獲の際に引き上げるのは箱網だけだ。
その為、最初の設置が完了すると、その後は箱網以外を触れなくて済む。
「おーおー、既に100匹以上はいるな」
手島が海面から箱網を覗き込む。
決して大きくない網の中に多くの魚が集まっていた。
一般的な定置網漁として見れば少ない漁獲量だろう。
だが手島達にとっては多すぎる。十分だ。
「水揚げするぞ」
「「「おう!」」」
手島達は二人一組に分かれて展開する。
手島と一緒に行動するのは里桜だ。
「真、準備はいいか?」
網を越えた先に武藤と重村の姿を視認する手島。
「いつでもいいぞ」
武藤が言うと、隣にいる重村も頷いた。
「始めるぞ」
手島の合図で全員が海に潜る。
箱網を登網から慎重に切り離し、締めていく。
ここで手島達の拙さが表れた。
いくらかの魚が脇をすり抜けて逃げていったのだ。
予め魚群を網の奥に誘導しておけば防げていた。
逃げていく魚を見て、里桜や重村は慌てふためく。
しかし、手島は大して気にしていなかった。織り込み済みだ。
彼が冷静に作業をしているので武藤も動じない。
(この網を陸に揚げるぞ)
手島が独自のハンドサインとアイコンタクトで武藤に合図を送る。
武藤がそれに頷いた。
二人が先導して箱網を陸まで運んでいく。
里桜と重村はそれをサポートした。
「祐治、これ、大金になるよね!?」
陸に向かって泳いでいる最中、里桜が尋ねた。
海中から顔を出してすぐの時だ。
「そうなってもらわねば困る」
手島は右手で海水を掻きながら、左手で握っている網を見る。
そこそこの脱走を許したとはいえ、それでも大量の魚が入っていた。
「重村、息は大丈夫か」
「ど、どうにか、大丈夫」
重村は泳ぐのがそれほど得意ではなかった。
片手で網を掴みながら泳ぐのは、彼にとって至難の業だ。
「やっぱり、海って、陽キャ、巣窟、だな」
重村が息を切らせながら言う。
「すぐに慣れるさ」
手島は軽く流すと、正面に顔を向けた。
いよいよ陸が近づいてくる。
海の深さが足の届く寸前までやってきた。
「もうちょっとだぞ、重村」
武藤が重村を励ます。
重村は必死に頷いた。
「よし、足がついたぞ!」
いよいよ海の底に足がつくところまでやってきた。
ここからは苦労しない。
「走れー!」
手島の合図で一斉に走り出す。
網を引きずりながら陸に揚げた。
手島式アナログ水揚げのフィナーレだ。
チャリーン♪
陸揚げされた瞬間、網の中の魚が消えた。
それと同時に報酬の発生音が流れる。
音は全員のスマホから鳴った。
「わーお!」
最初に里桜が歓声を上げた。
「すげぇ額」
次に重村。
「祐治、これは立派な数字なんじゃないか」
武藤が嬉しそうな顔で確認する。
「ああ、完璧だ」
手島も頬を緩める。
報酬額は一人あたり約15万6000pt。
漁獲した数は76匹なので、1匹あたりの平均価格は約8200pt。
「箱網の設置と回収は合わせても1時間に満たない作業だ。それで約60万の稼ぎって、これはもう文句なしに最高なんじゃないか。最強だろ!」
重村が鼻息を荒くしながら手島を見る。
「違うな」
手島はニヤリと笑った。
「約60万じゃない」
「えっ」
「今回は網を設置してから大して時間をおかずに回収した。だから約60万しか得られなかったんだ。今後は設置してから約1日かけて回収する。それに経験を積めば逃がす魚の数も減るだろう。そうなれば、稼ぎは60万ぽっちじゃ済まない」
手島は一呼吸おいてから断言する。
「明日以降は今日の十倍は稼げるはずだ!」
「今日が1人15万ってことは……明日は1人150万も稼げちゃうの!?」
里桜が目をギョッとさせる。
「そうだ」
手島は誇らしげな表情で頷いた。
「うっひゃー! 一気に大富豪じゃん!」
跳びはねる里桜。
「流石は祐治だ」
武藤も笑みをこぼした。
「やっぱすげぇ……凄すぎるよ、手島さん」
重村の手島に対する崇拝度がますます上がった。