071 手島祐治 4日目②
手島達の定置網漁法は驚くほど上手くいった。
ネットの解説サイトを頼りに手探りで行ったのにもかかわらず大成功だ。
設置した次の瞬間から、魚が吸い込まれるように引き寄せられていく。
「あとは一箇所に集まった魚を一網打尽にするだけか。流石は手島さんだ」
作業を終えて陸に戻ると、重村が手島を褒め称えた。
「やっぱり祐治と一緒なら安心だねー!」
「同感だ」
里桜と武藤も満足気。
「いや、これは明らかに出来すぎだ……」
手島だけは釈然としていなかった。
彼は自分の能力を客観的に評価することができる。
そして、現状に対しても極めて正確に分析している。
手島にとって、今回の漁業はもっと苦戦する予定だった。
網の設置が上手くいっても、魚がかかるかどうかは未知数。
いや、おそらく最初の間は失敗すると思っていた。
だから手島は、数日掛けてこの漁法を確立する予定だったのだ。
それが実際には昼を過ぎた辺りで終わってしまった。
あとは頃合いを見計らって網に掛かった魚を回収するだけでいい。
「なんだか気味が悪いな。まるでゲームの漁業をしているかのような気分だ。こんなに上手くいくのはおかしいぞ」
「いいじゃないか、上手くいく分にはさ」
「重村の言う通りだよ! 大成功なんだから素直に喜ぼうよ!」
「まぁそうだな」
重村や里桜の言葉は間違っていない。
だから手島も「幸運だった」で片付けた。
◇
手島達は海辺で昼食をとった。
外ということもあって、今回は串焼きだ。
昨日の朝食以来の串焼きは手島達を幸せにした。
別の料理を何度か挟んだだけで串焼きの美味しさが復活したのだ。
「萌花達が谷のグループを抜けたんだって」
食事を終えた里桜が、スマホを眺めながら呟く。
「萌花って誰?」と重村。
「堂島萌花って3年の女さ」
「友達?」
「いいや、別に友達じゃない。ラインで藤堂達に追放されたことを喚いていた奴がいただろ。あれが堂島萌花だ」
「ああ」
重村も理解した。
「抜けてどこに行くんだろうねー」
里桜が呟く。
「あの女のことだ。どうせ別の寄生先を見つけたのだろう」
「手島さんは萌花って女のことが嫌いなの?」
「別に好きでも嫌いでもないよ。むしろ里桜が嫌っている」
「だって祐治に色目使うんだもん! 嫌に決まってるじゃん!」
「俺に色目を使っているというか、アイツは男なら誰でもいい感じだったけどな」
「じゃあ俺でもワンチャンある?」
冗談ぽく言う重村。
しかし彼が7割近く本気であることを他の3人は気づいていた。
「この島ならありそうだが、あいつは典型的な陰キャ嫌いだからな」
「じゃあダメじゃん。てか、俺みたいな陰キャを好むほうが珍しいか」
「そんなことないさ。人間は中身が大事だ。外見なんて関係ない」
「良いことを言ってくれるじゃないか、手島さん」
「お前を慰める為に言った法螺だけどな」
「ひっでぇ」
ふて腐れる重村。
手島達は声を上げて笑った。
「そうしょげるなって。藤堂のことは知ってるだろ」
「名前だけは。俺と同じ陰キャなんだよな」
「そうだ。でも、あいつは波留のグループと一緒に過ごしている。波留のグループって言うのは……」
「知ってるよ」
重村が遮る。
「桐生さんでしょ」
「波留と面識があるのか?」
「いいや、でもそのグループは知っている。俺らの学年でも有名だよ。桐生さんとか峰岸さんとか。明らかに別次元の女ばっかり」
手島は感じた。
里桜がむっとしていることを。
「ま、ウチにも里桜がいるけどな。里桜だって負けていないぜ」
「別に無理してフォローしなくていいんですけどぉ」
ぷいっと顔を背ける里桜。
「いや、マジで桜井さんだって同レベルだと思うよ、俺」
重村も続く。
「えっ!? ほんと!?」
手島の時とは違い、里桜が食いつく。
「桜井さんだって、か、可愛い、と思うよ」
「ありがとー! 重村ぁー!」
里桜が「えへへぇ」と嬉しそうに笑う。
「なんで重村の時は素直に喜ぶんだよ」
「だって祐治はお世辞を言うのが上手だもん! 本気かどうか分からないし!」
「違いねぇ」
重村が言うと、里桜と武藤が声を上げて笑う。
手島は「やれやれ」とため息をついた。
「ちょっと早いけど、そろそろ最初の漁獲をしてみるか」
手島が立ち上がる。
雑談を終了させて漁業を再開するつもりだ。
「準備はいいか?」
手島が尋ねると、3人は頷いた。
「よし、行こう」
こうして、手島達は再び海に足を踏み入れるのだった。