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067 手島祐治 3日目②

 手島と重村は北東へ向かった。

 金策を里桜と武藤に任せて、二人は海を目指している。


「手島さん、どうして俺を同行させたの?」


「嫌だったか?」


「そんなことないよ。ただ、海を目指すだけなら1人で十分だったんじゃないか。なんだったら俺が1人で行ってきてもよかったよ」


 重村も目的地が海だと知っている。

 歩き出してすぐに手島が教えたからだ。


「それもそうだが、念の為にな。俺達のグループは4人なんだから、分かれて行動するなら二人一組がいいだろ。真がいれば生活に困ることはないしな」


「そうだけどさ」


 重村は煮え切らない様子。


「なにか気になるのか?」


「俺、今ひとつあんたのことがよく分からないんだ」


「と言うと?」


「えらく合理的に考えて効率を追求したかと思いきや、今はこうしてのんびりしている。手島さん、あんたは此処から一刻も早く抜け出したいんだろ?」


「そうだ」


「なら今はがっぽり稼ぐことが一番なんじゃないのか? 海に行っても救援なんて期待できないことはあんたが誰よりも分かっているはずだ」


「なるほど、お前はそういう風に考えているわけか」


 手島が笑った。


「俺は『急がば回れ』という言葉を実践しているんだ」


「善は急げって言葉も」


 そこで重村の言葉が遮られる。


「それは使い方が誤っている」


「どういうこと?」


「善は急げってのは、良いと思ったら急いで行動しろって意味の言葉だ」


「分かってるよ、言葉の意味くらい」


「いいや、分かってないな。だから俺が急いでいないように見えるんだ」


「俺には手島さんの言葉の意味が分からないよ」


 手島は「ふっ」と笑う。


「急がば回れって言葉の意味も分かるよな?」


「危険な近道より安全な遠回りのほうが逆にいいってことだろ」


「その通り。俺は『急がば回れ』を急いで実行しているんだ。つまり善は急げという言葉も実践していることになる」


「そうなのか?」


「たしかに今は無駄に近い時間を過ごしている。海になにがあるか分からない。おそらくなにもないだろう。だが、何もなければ何もなかったという情報を得られる。それに、海へ行くことで新しい閃きがあるかもしれない」


 重村はなにも言わない。

 黙って手島の言葉に耳を傾ける。


「戦争でも、ビジネスでも、それこそ恋愛や勉強であっても、情報を制する者が勝つ。可能な限り情報を収集し、それから一気に金を稼ぐ。今は最低限の生活費さえ稼ぐことができればそれで十分なんだ」


「手島さんは既に数手先まで読んでいるわけか」


「いや――」


 手島は首を振り、笑みを浮かべる。


「――千手先まで読んでいるよ」


「手島さんにしては珍しく中二病じみた冗談を言うじゃないか」


 ぷっと吹き出す重村。

 しかし、手島の顔を見て、彼は表情を正した。


「俺が冗談を言っているように見えるか?」


 手島は真顔で返す。


「じゃあ、本気で千手先まで読んでいるのか?」


「当たり前だ。未来は無数にあって、どれが最善かは分からない。自分が最善手を打てるとも限らない。だが俺は、いつだって先を見据えて行動している」


 手島は微笑むと、左手を重村の肩においた。


「安心しろ。俺がお前の欲望を満たしてやる」


 根拠のない言葉。

 それに欲望を満たすの意味が分からない。

 それでも、手島の言葉は重村の心に響いた。


(この人についていけば間違いない)


 重村は強く確信していた。


 ◇


 拠点を発って1時間が経過した。


「そろそろ海が見えてもいい頃なんだがな」


 手島が眉間に皺を寄せながらスマホを眺める。

 進路が北東で間違っていないことを再確認。


「手島さん!」


 重村が声を上げた。


「どうした?」


 と言って顔を上げて、手島も理解した。

 前方に8人のグループを発見したからだ。

 メンバーの内訳は男4人に女4人。


 向こうも気づいていて、手島達に近づいてきていた。

 手島達と同じで、相手も全員が槍を持っている。


「どうする? 逃げるか?」


 重村が言う。


「なんで逃げるんだよ」


 手島は笑った。


「別に悪いことをしたわけじゃない。それに今は里桜がいないから、相手が性欲を暴走させることもない。あと、相手は知っている連中だ。気楽に構えていろ。問題ない。その代わり、口はつぐんでおけよ」


 手島は気にすることなくその場で立ち止まる。


「手島じゃないか」


 男の1人――3年の安岡が言う。

 見るからにチャラ男だな、と重村は思った。


「安岡か。こんなところで会うとは奇遇だな」


「全くだ。で、そっちの陰キャぽいのは誰だ?」


 安岡の視線が重村に移る。


「この島で出会ったんだ。2年の重村って言うらしい。それとも重田だっけ?」


 手島が軽い調子で言う。


「し、重村……」


 重村は緊張から体を強張らせる。


「そんな陰キャを連れて意味あるのかよ」


 安岡が重村を見て笑う。

 その後ろで他のメンバーもケラケラと笑った。


「知ってるだろ? 俺は手島重工の人間だぜ。慈善活動はしなさいって親から教わっているのさ」


「ほんと、お前は優しい奴だな。ところで、里桜はどうした? 武藤の姿も見当たらないが」


「里桜と真はこの先の海にいるはずだが……会っていないか?」


 重村は気づいた。

 手島が嘘をついていることに。

 絢乃です。

 なろうに掲載中の作品「追放された公爵令嬢、隣国で成り上がって全てを見返す」の書籍化が決定しました。

 本作品についても、今月か来月中に何かしらの発表ができればと思っています。

 ご期待下さい!


 それでは、今後もどうぞよろしくお願いいたします。

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