062 手島祐治 2日目⑤
手島は、武藤と手分けして液体入りのバケツを大量に購入した。
それらのバケツは、ボスの範囲のギリギリ外に置いてある。
拠点の購入に必要な費用は、里桜の所持金から捻出する考えだ。
「真、準備はいいか?」
「うむ」
武藤は槍を足下に置く。
「よし、やるぞ!」
手島の合図で、武藤がボスの範囲に侵入する。
「ウホオオオオオ!」
その瞬間、ボスが咆哮しながら武藤に突っ込む。
武藤はその場で待機し、ボスをギリギリまで引き付ける。
「祐治、今だ!」
頃合いを見計らって、武藤が横に飛ぶ。
それに合わせて、手島がバケツの液体をボスのほうへぶちまける。
出し惜しみをせず、全てのバケツを迷うことなく空にした。
ボスは気にする様子もなく突っ込んでくる。
そして――。
「ウホッ!?」
――つるりと激しく滑って転んだ。
地面の上をスケートのように滑っていく。
「ボスが転んだだと……!?」
驚愕する重村。
「祐治、その液体はなに!?」
遠くから里桜が尋ねる。
手島はニヤリと笑って答えた。
「ローションさ」
潤滑剤ことローションは、様々な用途で使用される便利な液体だ。
テレビでは、ローションまみれの芸人が転びまくることでお馴染み。
手島はそこから着想を得てこの作戦を閃いた。
「真、今だ!」
「おう!」
武藤はボスに飛びかかり、マウントポジションをとる。
そのまま左右の拳を交互に振り下ろしてボスの顔面を強打、強打、強打。
人間対紫ゴリラの異種族格闘技の様相を呈していた。
「ウホォ、ウホォ、ウホォ……」
ボスは防戦一方だ。
腕で顔面を覆い、武藤の攻撃を防いでいる。
それでも武藤はひたすらに殴り続けた。
今こそ勝負をかける時と分かっているので容赦しない。
(そろそろガードが浮いてきたな)
武藤は攻撃しながらチラリと手島を見る。
「祐治、いくぞ!」
「いつでもいいぞ!」
手島は槍を持って待機している。
先程、武藤が地面に置いた槍だ。
「オラァ!」
武藤は渾身の一撃をボスに放つと――。
「今だ!」
――手島に合図を出して横に転がる。
制服がローションまみれになるも気にしない。
武藤が転がると同時に手島は跳んだ。
両手で逆手に持った槍の穂先をボスの胸に向けて降下。
手島と武藤は、最初からボスの胸部を狙っていた。
武藤が攻撃を顔面に集中させていたのは意識を逸らす為だ。
本命は前の戦闘で武藤がダメージを蓄積させた胸部にあった。
「うおおおおおおおおおおお!」
手島の渾身の一撃は狙い通りの場所に突き刺さった。
穂先はボスの硬い皮膚を突き破り、奥までめり込む。
「ウホオオオオオオオオオオオオ!」
ボスは断末魔の叫びを上げて絶命した。
攻撃に耐えきれず壊れた槍だけがその場に残る。
「はぁ……はぁ……手島重工の人間をなめるなよ……」
手島が息を乱しながら勝利宣言をする。
ボスを倒したことによる安堵感で、緊張の糸が切れた。
一気に疲労がこみ上げてきて、全身の力が抜ける。
武藤と並んでローションの上に仰向けで寝そべった。
そんな彼らの苦労など知らぬとばかりにスマホが鳴る。
普段とは違う音だった。ファンファーレだ。
手島の〈ガラパゴ〉に、ボスの討伐を祝うメッセージが表示される。
制限時間内に拠点を買う必要があるとも書かれていた。
拠点の価格は10万pt。
厳しいが出せない金額ではなかった。
「そうか、拠点を買わないといけないのだったな」
手島は仰向けのままスマホを操作する。
その手はプルプルと震えていた。
脳内物質がドバドバと溢れ出している。
未だに戦闘の興奮が冷めやらない。
「里桜、俺の出している商品を買ってくれ」
「オーケー! 買ったよ!」
「少し足りないな。真、お前も頼む」
「分かった」
武藤は立ち上がり、ごつごつした手でスマホを操作する。
ボスの殴りすぎで、その手は赤く腫れ上がっていた。
しかし骨折したわけではないので、問題視するほどではない。
「祐治、これでどうだ?」
「完璧だ。あとは拠点を――よし、買えたぞ」
こうして手島は拠点を獲得した。
「ふ、2人だけでボスを倒しやがった……。それもあっさりと」
重村はただただ驚いていた。
手島達の戦闘時間は5分にも満たない。
たったの2人で、しかも5分もかけずに拠点を獲得する。
それは重村の常識から大きく逸脱した内容だった。
「さて、と」
手島がおもむろに立ち上がる。
彼の背中に付着しているローションがどろどろと地面に垂れていく。
「まずは俺達の拠点で昼休憩にするとしようか」
手島がゆっくりと歩きだす。
――が、ローションで滑って派手に転んだ。
「もー、なにやってんの祐治! だっさ!」
「仕方ないだろ、すげー滑るんだよ」
「祐治、慣れない戦いで疲れただろ。担いでいってやるよ」
武藤が手島の前で腰を屈める。
「……恥ずかしいが、その言葉に甘えるとしよう」
手島は顔を赤くしながら武藤に体を預ける。
――が、その武藤も、少し歩いたところで滑って転んだ。
「お前もボロボロじゃねぇか!」
「もうやめてぇ」とゲラゲラ笑う里桜。
(この人達すげぇ)
そう思いつつ、重村も頬を緩めていた。
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