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057 手島祐治 1日目⑤

 食事が終わると、手島達は火を消してハンモックに戻った。

 夕暮れから夜になると同時に、手島は就寝するよう指示を出す。


「じゃ、寝るぞ」


 と言う手島を、


「待って」


 里桜が止めた。

 さらに彼女は、頭上の紐を引っ張って手島の反応を伺う。

 手島は「なんだ」とうんざりした様子で紐を引っ張り返した。


「この布団、本当に必要なの? てか、布団を買うならハンモックは不要だったんじゃない? ハンモックに布団って変な感じがするんだけど。それにこの布団、安物だから重くてたまらないし」


 彼らはハンモックの上に安い煎餅布団を敷いている。

 これは手島が決めたものだ。


「まずハンモックの必要性だが、地べたで寝ていると襲われやすい。俺達のような自然に未適応の人間はあっけなく食い殺される。だから樹上に避難してリスクを減らすわけだ。

 次に布団だが、此処の夜がどこまで冷え込むか分からない。だから先手を打って布団を用意しておく。それに里桜、お前は寝相が悪い。重い布団が乗っているくらいでちょうどいいだろ」


「そんなことないもん。私、寝相いいほうだよ」


「どこがだよ。この前なんて、俺のことをベッドから蹴落としただろ」


「それは……不慮の事故ってやつでしょ!」


「なんだっていいさ。とりあえず今は黙って寝ろ」


「はーい」


 里桜は不満そうに頬を膨らませる。

 もちろん、真っ暗なので手島からは見えない。


 だが、手島には里桜が拗ねていると分かっていた。

 だから何も言わず、静かに紐を引っ張って存在感をアピールする。


 たったそれだけのことで、里桜はニッコリして眠りに就くのだった。


 ◇


 手島と武藤が目を覚ましたのは深夜3時のことだ。


「うわああああああああああああ!」


 遠くから悲鳴が聞こえてきた。

 声の主は次第にこちらへ近づいてくる。


「祐治、大丈夫か?」


「俺は大丈夫だ。里桜は?」


「ぐがぁぁ……Zzzz……」


「大丈夫のようだ」


「祐治、どうする?」


 武藤が警戒感を漂わせながら尋ねる。


「警戒を維持しつつ様子見だ。相手から勝手に近づいてくる。気配を殺して待っていよう」


「気配を殺すといっても、いびきのうるさい奴がいるぞ」


 里桜のことだ。

 手島は「問題ない」と笑った。


「走ってくる奴の声がうるさすぎて里桜のいびきなんざ聞こえやしないさ」


 そうこうしている間に、声の主が手島達の足下を通過する。

 スマホのライトを頼りに走り続ける男子だ。


 さらにその後ろを何かが追いかけていく。

 だが、追いかけている者の存在はよく分からなかった。

 明かりが足りない。


「真、あいつを追う者が見えたか?」


「多少は」


「なんだったんだ?」


「えらく頭の大きな人間に見えたが」


「頭の大きな人間……化け物か何かか」


 手島は自分の「化け物」という発言に違和感を抱かなかった。

 今の環境なら化け物が存在していてもおかしくないと思っているからだ。


「分からぬ」


「とりあえず、俺達には気づかなかったようだ。それか気づきつつもが手を出せなくて諦めたか。なんにせよハンモックのおかげで命が救われたのは確かだろう」


「だな。ハンモックがなければ里桜は死んでいた」


「もう少しだけ警戒して、問題なければ寝るとしよう」


「分かった」


 2人は神経を研ぎ澄ませた状態で暗闇の中を過ごす。

 夜目が大して機能しておらず、殆ど何も見えない状態だ。


 スマホを使って多少の光源を確保したい局面。

 しかし、2人はスマホを使うことなく耐え抜く。

 明かりによって謎の存在が自分達に気づくかもしれないからだ。


 2人は互いに無言だった。

 その沈黙を破ったのは手島だ。


「真、お前には感謝しているよ」


「いきなり何を言う。小学校からの付き合いだろ」


「何かあった時の為に感謝の言葉を口にしておこうと思ってな」


「よせ、縁起でもない」


「此処がそれだけ謎めいた環境だってことだ」


「……祐治、もしかしてお前、不安なのか?」


「まぁな」


「らしくない。お前ならどんな環境でも適応できるだろう。そう教え込まれたはずだ。俺もそう信じている」


「たしかにそうだが――」


 手島は頭上にある紐を握る。


「――俺が最も恐れているのは人だよ」


「人だと?」


「今は理性を保てていても、長引けば暴走する奴が増えるのは確実だ。そうなった時に、俺は里桜を守り切れる自信がない。それでもこうして冷静さを保っていられるのは、お前が傍にいてくれるからに他ならない」


「なるほどな」


 武藤はそう呟くと、少し間を置いてから言った。


「俺は力で、お前は頭で仲間を守っている。お前がいなければ、俺も今頃は不安になっていただろう。そういうものだ。こちらこそ感謝している」


「そうか」


 今度は手島が間を置いて言った。


「男同士で感謝のし合いとは実に気持ち悪いな」


「里桜が知ったら『きっしょ』と言いそうだ」


「ありえる。真、今日のことは内緒にしておこう」


「当然だ」


「よし、そろそろ寝るとしよう」


「そうしよう」


「結局、静かなままだったな。里桜のいびき以外は」


「全くだ」


 2人は小さく笑うと、そのまま眠りに就いた。

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