047 最高に天国
クルーザーの操縦は事前に何度も練習していた。
部屋に設置したシミュレーターを使っての話だが。
実際に運転するのは初めてのこと。
それでも、船を思いの通りに動かすことができた。
俺の技術というより、現代の技術力に感謝だ。
今時は車ですら自動運転が標準になりつつあるからな。
「あとは自動運転で問題ないな」
船の操縦になれたら自動運転に切り替える。
自動運転といっても、車のように自動で曲がることはない。
決められた方角に一定の速度でひたすら進ませるだけだ。
船は約12ノット――時速約22キロ――で航行を続けている。
このまま順調に進めば約15時間後には小笠原諸島に到着だ。
手動運転だともっと短時間で済む。
最大で54ノット――時速約100キロ――まで出せるから。
それでも今は自動運転でゆったり進む。
これも脱出計画の一環だ。
「見てよ大地」
船内のソファーでくつろいでいると、波留がやってきた。
「海の魚を釣ったー!」
そう言って彼女が見せてきたのはスマホだ。
画面に魚の名前とポイントが表示されていた。
「よく釣れたな。船は動き続けているのに」
「この程度の速度なら魚も釣れるっしょ!」
「そういうものなのか?」
「分からないけど実際に釣れたわけだし!」
「それもそうだな」
俺は周囲を見渡した。
千草は小さなキッチンで何かを作っている。
由衣は俺の向かいのソファに座ってスマホをポチポチ。
歩美は船酔い中につきベッドに横たわっている。
「もういっちょ釣ってくるぞー!」
「それはいいけど、落ちないようにな」
「分かってるって!」
波留はウキウキした様子でデッキに向かう。
「今のところ好調ね」
由衣が話しかけてきた。
「今日は好調のまま終わってくれないとな」
「明日からが本番だもんね」
「うむ」
俺達は海上で一夜を過ごす予定だ。
その際は船を停止させて進ませない。
一定距離まで進むと天候が荒れ始めるからだ。
どこから天候が荒れるかは分からない。
だが、水野の状況からある程度の位置は予測できていた。
俺達の推測だと、島から100キロメートルが境目だ。
故に、俺達は島から80キロ程で停止する。
そして日が明けたら、全速力で嵐の中を突っ走る。
もちろん転覆することは想定済みだ。
「そろそろ船をストップさせるぞ」
スマホの時計を確認する。
島を出てから3時間半が経過していた。
俺は操縦席に座り、自動運転を終了させる。
動きが完全に止まったことを確認してからデッキへ行く。
デッキでは、波留がちょうど釣りを終えたところだった。
「波留、釣りをするなら今からだろ」
「もう満足した! 3匹釣ったし!」
「今ならもっと釣れるかもしれないぞ」
「いいのいいの! 釣りはもう満足したから!」
波留はスマホを操作し、釣り竿を消した。
いつも通り〈ガラパゴ〉の販売リストに登録したのだ。
「少し早いが夕食の準備に取りかかろうか」
「少しってかだいぶ早いっしょ! 今まだ16時だよ! 16時!」
波留がスマホを見ながら言う。
「でも、私はお腹が空いているのよね」
由衣が近づいてきた。
「私も……」
青ざめた顔の歩美もやってくる。
「おいおい、大丈夫か?」
「大丈夫。一気に回復してきた。コレのおかげで」
歩美がプラスチックケースを取り出す。
中には小さな白い錠剤が入っていた。
「なんだそれは」
「船酔いを治す薬だって」
「そんなのがあるのか。流石は〈ガラパゴ〉だな」
たしかに薬の効果が見られる。
歩美は目に見えて元気になっていった。
「千草ー、ご飯にするぞー!」
波留が船内に向かって叫ぶ。
「待ってましたー!」
千草が嬉しそうな声で近づいてきた。
彼女は右手にステンレスの容器を持っている。
アイスペールのような容器だ。
「あとは焼くだけだよ!」
千草が容器の中をこちらに向ける。
中にはかつてよく見た食材が入っていた。
――鮎だ。
竹の串に刺さった鮎。
鱗にはミルをガリガリしてまぶした塩が付着している。
「思えば島での生活は鮎の串焼きから始まったんだったな」
「その頃ってたしか、大地はググった知識でドヤってたっけ?」
由衣がからかってくる。
俺が「うるせぇ」と言うと、女性陣は声を上げて笑った。
「あの時から1ヶ月か。なんだかもっと昔の気がするな」
俺はBBQセットを召喚する。
「すごく濃密な時間だったもんね」
皆で喋りながら準備を行う。
千草は容器を歩美に渡すと、船内に戻っていく。
そして、先ほどと同じような容器を再び持ってくる。
今度の容器は二つで、片方は野菜、もう片方は肉が入っていた。
「島から出ているので少し変な感じではあるが――」
準備が整ったところで話す。
「――島でこうして揃って食事をするのは今回が最後になるだろう。この時間にメシを食うと、夜はそれほど腹が減らないからな。そんなわけだから、この食事を盛大に楽しむとしようじゃないか!」
「「「「おおー!」」」」
俺達は船上でBBQを楽しむ。
天気は快晴そのもので、雲が一つも見当たらない。
今のところは順調だ。
◇
食事が終わったあとは暇な時間が続く。
夕方から深夜にかけて、するべきことは何もない。
だからこの時間に休んでおく。
「ベッド付きのクルーザーにしたのは正解だったな」
俺はベッドに横たわる。
ライフジャケットはすぐ近くの壁に立てかけた。
「大地、私も入っていい?」
由衣が近づいてくる。
「別にかまわないが……」
ベッドはダブルサイズ。
並んで寝そべってもゆとりのある広さだ。
「ごめんね、私も今の間に休んでおきたくて」
由衣が入ってきたので、俺は端に移動した。
「私もいいかな?」
「革張りのソファだと寝心地悪くて」
由衣に続いて千草と歩美までやってくる。
それによって、由衣が俺のほうへ詰めてきた。
「おいおい、私だけ仲間はずれなんてやめろし!」
極めつけは波留だ。
最終的に、1つのダブルベッドに5人が入る。
「これは……」
由衣の体が俺に押し当てられている。
「狭すぎだから」
由衣の呆れたような声が飛ぶ。
「そうだな、狭すぎてよろしくない」
と言いつつ、俺の本音はまるで違っていた。
(なんたる僥倖! このままでいいぞ!)
だが悲しいことに、事態は改善されることになった。
「このソファーをどけてベッドにしようぜぇ!」
波留がベッドに隣接しているソファを取っ払ったのだ。
なんと〈ガラパゴ〉の販売リストに登録して消しやがった。
そして、空いたスペースに追加のベッドを召喚する。
「おいおい」
俺は引きつった笑みを浮かべる。
「ソファはこの船に最初から装備されていたものだぞ」
「だから? なんかまずった?」
波留は自分がとんでもないことをしたと分かっていない様子。
「奇跡的にもソファだけ出品できたからいいが、ヘタをすればこの船ごと出品していたかもしれないんだぞ。そうなってみろ、俺達はいきなり海に転落だ。しかも今はライフジャケットを着ていないんだぞ。パニック必至だろうが」
「うげぇ! やばいじゃん!」
「だから俺はこんな顔をしているんだよ」
「ま、問題なかったからセーフってことで!」
「やれやれ、次からは慎重に頼むぞ」
俺は波留達に背中を向けて目を瞑った。
(これは……)
そのまま寝ようとする時、異変に気付いた。
掛け布団の下で、由衣が俺に抱きついてきているのだ。
よくよく考えるとおかしい。
ベッドが増えたおかげで余裕が出来たのに、彼女は未だに密着している。
「不安だから……ダメ?」
背後から由衣が囁いてくる。
他には聞こえない程のすごく小さな声だ。
彼女の息が耳にかかって、俺はとんでもなく興奮した。
俺は何も答えずに首を振る。
ダメじゃないよ、という意思表示だ。
「よかった」
由衣の抱きつく力が強まった。
胸の弾力、甘い香り、掻き立てられる妄想。
(嗚呼……最高に天国)
束の間の幸福に酔いしれるのだった。
お読みくださりありがとうございます。
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