031 安心して、現実だから! これは現実!
俺は波留の部屋に来ていた。
千草の代役として強引に呼ばれたわけだ。
俺の部屋と違い、彼女の部屋の床には絨毯が敷いてある。
壁紙も貼ってあるし、窓がないことを除けば立派な部屋だ。
「大地よえー! 見た目はゲームとか得意そうなのによぉ!」
「陰キャラが必ずしもゲームの達人だと思ったら大間違いってことだ。これでまたひとつ賢くなれたな」
「偉そうなこと言ってるけど、あんた私にボロ負けしたんだからね!」
「うるせぇ、俺はブレステ派なんだよ」
俺と波留はポンテンドースイッチのゲームで対決していた。
領土を奪い合うゲームだ。
フィールド上に自分の色を塗っていき、塗った面積が多い方の勝ち。
どうやら俺はセンスがないようで、波留には何度やっても勝てなかった。
「大地じゃ弱くてオンラインのパートナーにできねぇなぁ!」
「そういえばそうだ。オンラインプレイに対応しているんだろ? ならネットの奴等と対戦すればいいんじゃないか?」
今時のゲームはオンラインプレイが一般的だ。
ブレステことブレイブステーションにしたって、オンラインが主流である。
「そうだけどさぁ、ボイチャ使えないんだもん」
ボイチャとはボイスチャット――つまり通話のことだ。
この島からでもオンラインで他人と遊べるが、ボイチャはできない。
文字や声を外部に届けようとすればエラーが起きるのだ。
「このゲームはオンラインだとチーム戦なわけ。仲間とボイチャでワーワー言いながら協力するのがウリなんよ。それができないんじゃつまらん!」
「波留は結構なゲーマーなんだな」
「スイッチだけしかしないけどね」
波留が自分のコントローラーを床に置く。
「大地、一人用でやってみ」
「えー、まだやるのかよ」
「いいじゃん。私が教えてやるよ」
「別に教えてくれなくてもいいんだが」
「ブツブツ言わずにさっさとしろ!」
「はいはい」
俺はコントローラーを操作して一人用を選択。
CPUを相手に対決を繰り広げていくモードだ。
「始まったら右の道をローラーで突っ走れよ!」
波留が助言をくれる。
「右の道だな? オーケー」
画面に注目する。
カウントダウンが減っていき、戦闘が始まった。
俺が使うキャラの前には3つの道が伸びている。
波留の言った通り右の道に進んだ。
「ところでローラーってなんだ」
「このボタンだよ」
波留が横からコントローラーの右上にあるボタンを指す。
そのボタンを押すと、俺のキャラが巨大なローラーを取り出した。
ローラーをもった状態で進むだけで、地面が俺の色に染まっていく。
今まで刷毛を使ってチビチビと壁を塗っていたのが馬鹿みたいだ。
「すげぇ、ローラーやばいな」
「序盤はローラーが当たり前っしょ! もしかして大地、知らなかったの?」
「うむ」
「そりゃクソザコなわけだぁ」
「でもローラーを知った。これでもう最強だろ」
俺はガンガン塗っていく。
だが、ウキウキで塗っていると、敵が邪魔をしてきた。
俺を攻撃してノックアウトしたのだ。
これによって、俺はしばらく動けなくなる。
「おい、こいつ、卑怯だぞ」
「卑怯じゃないし、そういうゲームだし」
波留が声を上げて笑っている。
「この野郎ォ……」
俺は意地になっていた。
波留に勝てないのは仕方ないにしても、CPUには負けられない。
それもファーストステージの雑魚だ。
「やられたらやり返すぜ」
俺は敵をノックアウトしようと試みる。
だが、俺の攻撃はことごとく外れてしまう。
その間にも形勢は敵に傾いていく。
戦闘終了時間まで残りわずか。
もはや敗色濃厚だ。
「あーもう、見てらんない!」
その時、波留が吠えた。
「こうやるんだよ!」
波留は俺の背後から両腕を伸ばしてきた。
俺の手を覆うようにしてコントローラーを操作する。
傍からは抱きついているようにしか見えない。
俺は小さな声で「むほほ」と呟いた。
「分かる? こうするの。こうだよ、こう」
波留が俺に代わって戦っている。
もはや俺の手は床に垂れていた。
「うりゃあ! こいつ、波留様をなめんじゃねぇ!」
波留がヒートアップしていく。
俺はゲームの画面を観ているが、内容は頭に入らない。
耳にかかる彼女の息が気になって仕方なかった。
それに甘い香りもする。
「あと少し! このままいけば勝てる!」
旗色が徐々に変わっていく。
CPUとの差が縮まり、そして、逆転した。
そのまま差を広げようかというところでタイムアップ。
俺達の勝利だ。
「ふぅ」
波留が安堵の息をこぼす。
その息が俺の耳の穴に入ってきた。
(やべぇよ、これ、やべぇよ)
俺は今すぐに部屋へ戻りたかった。
部屋に戻って、動画を観て、気持ちを落ち着かせたい。
賢者にならないと頭が爆発する気がした。
「どうよ大地、私の腕前は?」
波留が自信に満ちた口調で尋ねてくる。
俺の後ろにいるから表情は不明だが、きっとドヤ顔だ。
「いやぁ……」
「なんだ? 上手すぎて惚れたかぁ?」
「なんていうか、夢のようだよ」
「なんだその感想!」
波留がゲラゲラと笑う。
「夢に思えるくらい上手いってどんだけだし! でも安心して、現実だから! これは現実! 私の圧倒的プレイヤースキルは現実なのだ!」
「そうじゃなくて、今の状態がだよ」
「へっ? どゆこと?」
「なんかカップルみたいだなぁって」
「あっ……」
波留は現在の体勢に気付いたようだ。
一転して銅像のように固まってしまう。
よく見ると、彼女の腕が赤く染まり始めていた。
手首まで赤くなったところで、波留が動く。
「ばっ、ばっかじゃないの! 違うし! そんなんじゃないし!」
波留は乱雑にコントローラーを置くと、慌てて隣に移動する。
顔は真っ赤に染まり、頭からは湯気がのぼっていた。
「別に本当のカップルだと思ってるわけじゃなくてだな」
「ち、違うし! 違うもん!」
話が通じない。
「そんな顔を真っ赤にしなくても」
「出てけー!」
部屋から叩きだされてしまった。
「……すげぇ恥ずかしがりようだったな」
波留が恥ずかしがり屋なのは知っている。
かつては手を繋いだだけで顔を真っ赤にしていた。
だからある程度は想定していたが、この反応は想定以上だ。
(まぁいいや、俺も気持ちを落ち着かせないとな)
俺は自分の部屋に入り、扉の鍵を閉めた。
ベッドの上に横たわると、ベッドサイドのテーブルからイヤホンを取る。
それをスマホに装着してから、手の届く距離にティッシュがあることを確認。
全ての準備が整うと動画サイトを開いた。
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