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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

百合

くすぐり・アフター

作者: 陽田城寺

前の話。

https://ncode.syosetu.com/n3958fv/

 あれ以来、どうも宮下との関わり方が難しくなった。わざわざ話しかけるのは億劫だが、話しかけてくるのは向こうだし、そうなると普通に楽しいし。


 くすぐられてもくすぐったくないのは、その人をすごく信頼しているから。

 そんな馬鹿な迷信のような話をすっかり信じた気になっているのは、彼女がいつも私に冗談めかした愛を囁いているからだろうか。


「なんか最近先輩冷たくないですか? 私がこんなに好きだって思っているのに……」

「冷たくしているつもりはないけど」

「嘘です。今も手元ばかり見て私の方は見もしないで……」


 そりゃ、手芸部だからよそ見はまずい。一瞬手を止めて隣でサクサクやってる宮下を見ると、彼女もこっちを見ていない。そりゃさしぐるみなんて作ってんだから余所見できるはずもない。私より危ない。

 ただ宮下も昔に比べたら随分上達したみたいで、なんかブサイクな猫が既に一匹できていた。


「宮下も私なんか見てないし」

「……へぁっ!? 見てました!? いたっ!」

「わ、大丈夫?」


 驚きすぎじゃないだろうか。刺してしまった指を咥えて、涙目で宮下は何かを訴えているが言葉は出てこない。ただ非難の視線が私を責めているが、普段騒がしいくらいヘラヘラ笑っている彼女の珍しい表情が見れたと苦笑してしまう。


「何笑っているんですか!?」

「だって宮下、ふふ、可愛い」

「………………」

「ちょっ、口から血が溢れてる!」


 茫然とした宮下がだらっとよだれみたいに口から血を流す。ちょっと怖い。


「先輩ってこう……そんなこと言う人でしたっけ」

「変だった? 別によく言ってると思うけど。人形とかぬいぐるみに囲まれてるんだし」

「ん、まぁ確かに可愛いくらい言ってますよね。なんか珍しいもの見た~って気持ちになったんですけど」

「変なの」


 彼女が何を言っているのかわからないように、彼女も自分の違和感の答えが見つからないらしく不承不承って感じで指に絆創膏を貼ってからまた刺しぐるみを始めた。



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 宮下のささやく愛というものはどういう風に受け止めればいいかわからない。若干面倒くさがっていた私だけど、それでもこの間彼女にくすぐられて全然くすぐったくなかった時から少しだけ好意的にはなった。

 あの時みたいな異様な驚きと奇妙なほどの熱情はもうない。その時その瞬間限り恋に落ちたのかもしれない、なんてロマンチズムに浸るけど、それは本当にひとときの蜃気楼のようだった。

 今は、元からちょっと好意的だったのにプラスアルファしたくらいだろう。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 これは、ある日の話。

 いつもの手芸部、人形とかお菓子が溢れる学校の中の秘密の花園、にしてはキャッキャっと笑う女子はやや下品な風にも思えるくらい大きな声で笑う。

 この自由な場所で、広い場所で、宮下が選ぶのはいつも私の隣だった。そしていつもお菓子のように甘い言葉を投げかけてくる。


「今日も美人ですね、先輩」

「なにそれ」

「思ったことをそのまま口にしただけです」

「ふーん」


 そんなこと言われても、とれる反応は少ない。お世辞でも本気でも相手するのに困る。


「宮下もかわいいよ」

「そうですか? 先輩がそう思ってくれるならよかったです」


 彼女もこの程度のリップサービスには慣れているのか、前のように取り乱すことなく大人しく私の隣に腰を下ろす。全然平気そうだ。


「……で、先輩、前々から思っていたんですが」

「突然なに」


 鞄から手芸セットを出すかと思いきや、それさえせず体ごとこっちに向けて完全に会話の姿勢だ。


「くすぐっていいですか?」

「なんで?」

「なんか私だけ違うっていうのはいいんですけど笑ってもらえないっていうのはそれはそれで心苦しいもので」

「……意味わかんないけど」

「くすぐらせてもらえばそれで!」

「うーん……じゃあいいよ」

「やたっ!」


 小さくガッツポーズを取る宮下を尻目に私は裁縫道具を……


「ちょっっと待ってください。針出されたら思い切りくすぐれないじゃないですか!」

「どんだけ思い切りくすぐるわけ? はいはい、わかった」


 結局針を置いて、私は存分にくすぐられることにした。


「……改めて体触るってなんかこう、あれですね。本当にいいですか?」

「満足しないでしょ? 早く自由にして」

「うぅ、では遠慮なく」


 宮下の細指が首にかかる。あわや締められそうながら、絆創膏の感触がちょっと気持ち悪い。

 ほっそりした指の冷たさ、滑らかな肌の感触に、首の脈音が聞こえた気がした。


「首はそんなくすぐる場所じゃなくない?」

「そうですね。では失敬して」


 脇腹、脇の下、お腹、ときても特に反応はない。思い切りくすぐると言っても常識の範囲内だ。

 で、彼女が蹲ったかと思うと、私の上履きを……


「いや足はやめれ」

「でも足の裏ってめっちゃくすぐったくないですか?」

「汚い」

「……まあそうですけど」


 しゃがみ込んでどうしようと悩んでいる宮下は迷子の子猫みたいだった。悪戯をよくする子だからそういうふうに見えることもあるか。

 ふと、そんな宮下の首に手を差し入れた。アゴを撫でるように、こしょこしょ。


「んはっ! ちょっと、くすぐったいじゃないですか先輩!」

「あ?」


 こそばそうに笑いながら慌てて立ち上がる宮下を見てなんかキレそうになった。心底楽しそうなこいつに対して私は多分眉とか目元とか相当歪んでそう。


「くすぐったいんだ。ふーん」

「……え、怒ってます!? いや私昔からくすぐったがりなんで! 誰であっても笑うんで!」

「そう」


 こういう時に手芸はいい。最初はちょっと感情に流されてミスが出てしまうかもしれないけど、集中して取り組むから精神を鍛えることができる、みたいな。


「え、え~先輩、私のこと思う存分くすぐってみてくださいよ。絶対笑いませんから」

「いやだよそんなの。くだらない」

「絶対! 絶対笑わないですから! 信じてください! 私の愛を信じてくださーい!」

「うるさいなもうわかったから」


 悪質な叫び方しやがって。宮下の献身的? な活動のせいで最近カップルみたいに思われることも増えてきたのだ。これは悪い子だ。


 もはや遠慮せず、罰するようくすぐろう。

 椅子に座ってどこからでも来い、と構えている宮下の首に手をかける。猫にするように指をそれぞれ動かして撫であげる。


「んんっ、んんーっ!」

「んふっ! なんて声だしてんの」

「笑ってませんから! ンンーッ!」


 バタバタ足を動かしてそんなに我慢できないのか、逃げようとするのはずるいけど身を逸らすくらいは許してやる。

 じゃあ次はお腹、と制服越しに触ってみると彼女は思い切りのけぞった。


「ヒャ!」

「んはっ! どっから出てきたのその声!?」


 っていうか笑わないとか言っておきながらすぐ笑っている。相当なくすぐったがりというのは本当らしくて、それで人をくすぐろうというのもまた可笑しい話だ。

 じゃあとどめを刺すか、と私は道々と小面から脇の下に手を入れてわしゃわしゃと手を動かす。


「あははははっ! やめっ! やめてくださいっ! 死ぬ、死ぬっ! ひっ!」

「ふふふっ! これに懲りたら変なこと言わないこと」


 ああ、楽しかった。なんの話をしていたのやら、忘れてしまうくらいには楽しかった。

 ぜぇぜぇ息を切らす宮下が、後から隣に座ってくる。

 そしてぽつ、と呟く。


「あ、先輩が笑っているのが珍しいんだ」

「なに?」

「こないだの違和感の話です。先輩が声を上げて笑っているのがかわいくて」

「かわいいって……」


 声を上げて笑う人なんかこの部には何人もいるし、私が笑うのがそんなに珍しいこととも思えない。

 それをなんでこんなに満足そうに。


「先輩をくすぐっても私だけ笑わせられなくても、先輩が私をくすぐる時だけ笑ってくれるならいいですよ」


 これは……どうだろう。


「…………いや意味不明。っていうか私のこと危険視してるって話じゃん!」

「そんなことないですよ! ウェルカムです、どんどんくすぐってください!」

「はぁぁぁ?」


 意味不明にも程がある。実際、また首元に手を当てるとくすぐるまでもなく、ひゃぅ、と小さな声が漏れる。焦ったく身をくねらせて、耐えかねて立ち上がって宮下は逃げ出した。

 不意に立ち上がって追いかけようとした瞬間に私は自信が笑んでいるのに気づく。

 別に自然と笑うことなんてきっと珍しいことではなくて、教室の友達と喋っている時もこんな風に笑っているってわかっていて。

 それでも今のこの笑顔に私は確かな価値を感じて、不意に笑顔は引っ込んだ。

 簡単に認めるのは難しいけれど、納得するのは難しいけれど、自分が一番納得できる答えは一つ。

 じわりじわりと宮下のことを好きになっているようだった。それは他の友達と比べるならば遥かに加速していて、けれど私の思う恋というものに比べると著しく遅々として、そうとは気付かない速さで。


「くすぐっていいって言っても針持ってる時はダメですからね〜?」

「……はいはい」


 戻ってきた宮下に、内心を気づかれないように針仕事に集中する。

 彼女はなにを望んでいるのか、それはやっぱりわからない。

 ただ私としては、こうして一緒に部活動をしているだけでも満足だ。

 このほのかな気持ちも、いつか編むように緩やかに完成していくのかもしれない。

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