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07 精霊、その三。




「ノークスくん! 明日暇かな? 冒険者業休みの日だよね」


 ある日、ネマさんが上目遣いをして尋ねてきた。

 美少女だからこそ、とても可愛く見える。上から見下ろすアングルが、一番可愛いよね。

 しかも彼女は冒険者からの人気が熱い。この見た目や仕草で、異性冒険者の心を鷲掴みにしているのだ。彼女が窓口に立てば、そこに行列が出来上がるほどだ。

 私も小柄な少年なので、視線は大体同じくらいの高さだけども。身長もっと伸びないかな。まだ百六十未満である。


「はい、暇ですよ?」


 午前中だけの話だろう。頷けば、ネマさんが嬉しそうに跳ねた。


「明日メリッサさんと買い物に行くんだけど、ノークスくんにも意見ほしくて。付き合ってくれないかな?」


 お願い、とまた上目遣いをする。

 買い物に付き合ってほしい。

 まぁつまりは荷物持ちに来いってことである。

 他の男ならば、気があるのではないかって勘違いするだろう。でも大丈夫。

 私は勘違いしないのだ! わっはっは!


「いいですよ」


 別に構わなかったので、私はにこやかに承諾した。

 ネマさんがまた跳ねるものだから、胸が揺れたのを見てしまう。凝視していたら、セクハラで訴えられてしまう。なんせ、私は少年なのだから。

 それにしても明日、メリッサさんとネマさんが休暇を取ったのか。

 ギルマスがまた窓口に立つことを想像したら、おかしかった。


 待ち合わせた場所に、五分前に到着。五分前行動は前世からの癖だ。

 この国の人間も待ち合わせた場所には早く到着することが礼儀だと教えられて育つけど、一分前や三分前行動をする。メリッサさんとネマさんは、揃って待ち合わせたの一分前に来た。

 この世界では、主に女性はドレスを着るけれど、他の格好をしてはいけない法律も常識もない。でも今日の二人はドレス姿だった。ウエストをキュッと締めたコルセットデザインのドレスは、夜会のような華やかさはないけど可愛らしい。

 メリッサさんは、黒のコルセットにダークブラウンのスカートと大人な感じのドレス。

 ネマさんは、桃色のフリルドレス。


「ドレス姿、可愛いですね」


 そう挨拶したあとに褒めた。

 二人の買い物は、参考になる。

 少年の身体でも中身は喪女なため、若い娘の流行りを知るいいチャンスだ。

 わりと外見に気を遣っている方だ。流石にコロンをつけたりはしないが、いい香りがするシャンプーやボディソープを使いたい。

 銭湯に置かれたのは安物で単なる石鹸の香りがするだけ。

 今回みたいに買い物に付き合ったら勧められたという言い訳を使って持ち込めば、女々しいとは言われないだろう。

 薬から化粧品まで取り揃えているドラックストアで、お喋りしながらメリッサさんとネマさんは選ぶ。


「この新作のシャンプーいい匂い! グリーンアップルだって」

「本当だ!」

「どれどれ」


 オレも嗅がせてもらう。爽やかなグリーンアップルの匂いだ。

 ローズにも嗅がせてあげていれば、二人は今使っているシャンプーの話に移る。


「へぇ、ネマさんはベリーの香りのシャンプー使ってるんだ? 嗅いでみていい?」

「え? うん、どうぞ」


 今日は結ってなくて、ふんわりと軽くウェーブした桃色かかった白金髪が下ろしてあるネマさん。彼女の髪を嗅ぐ許可を得て、顔を近付ければ、仄かに甘いベリーの香りがした。


「いい匂い」


 そう微笑めば、やや俯いて「ありがとう」と呟く。ちょっと頬が赤くなったから、首を傾げた。あ、顔近い?


「オレもいい匂いさせたいな。メリッサさん、ネマさん、オレのシャンプーも選んでもらえませんか?」


 冗談みたいに笑って言えば、任せて! と返答がくる。


「ノークスくんの髪って綺麗だよね! 瑠璃色に金色の粒があるみたいで」

「そうですよね、私も思ってました!」

「あ、ありがとうございます」


 さりげなく髪を触られた。私も自慢に思っていたりしている。

 父の方が、瑠璃色の髪。母が金色の髪だった。それを合わせた髪なのだろう。

 これでもない、あれでもない。そう二人が話していれば、結局新作のグリーンアップルの匂いがするシャンプーを差し出された。爽やかでいいね、ってことで購入した。

 化粧品選びも、話を聞きながら、選ぶのを待つ。

 やっぱり女の子って大変だなぁ。としみじみ。

 購入した紙袋を、進んで自分から持った。


「なんか付き合わせてごめんね? ノークスくん」

「いえいえ、メリッサさん。荷物持ちくらい暇な時にいくらでもやります。女性に重いものは持たせないのが男です!」


 キリッと眉を引き締めて、私は言い退けた。

 私なら、男の人に持ってもらいたい。


「ノークスはイケメンなの!」


 頭の上のローズが褒めてくれて、メリッサさんとネマさんが笑った。それほどでも。


「あ。ケーキ、食べませんか?」

「いいね。ノークスもどうかな?」

「オレも食べたいです」


 ネマさんが指を差したのは、屋台だ。

 ホットケーキの香りがする。ぶっちゃけ、ホットケーキそのものなのだ。

 手軽に食べれるように、長方形型に焼き上げたそれを紙袋に包み、提供している。形はカステラだけれど、ホットケーキ。

 メリッサさんが奢ってくれるそうで、三つ、買ってもらった。

 私に差し出そうとしたメリッサさんだけれど、私は両手が塞がって受け取れない。ローズに代わりに持ってもらおうと考えた。

 でも先にネマさんが受け取ると、私の口元まで運んでくる。

 笑みで差し出すネマさんに「ありがとう」と笑みを返してから、ホットケーキにかぶりついた。うん。美味しい。


「あたしが食べさせるなの!」

「あっ」


 私の食べかけを奪い取ったローズ。ローズはカプッと食べるとその甘さに目を輝かせた。甘いもの好きだな、ローズは。

 ネマさんがむくれた顔をして、メリッサさんがひっそり笑っていることに、気付かないまま微笑ましくローズを見た。全部食べていいよ。


「メリッサさん、ごちそうさまです」

「いいの。毎回ノークスくんにはお菓子の差し入れしてもらっているお礼だよ」

「でも、皆さん、そろそろマシュマロコーンには飽きたのでは?」


 次の店に行こうと、歩き出しながら会話をした。

 苦笑を溢すけど、そんなことないと二人は答える。

 社交辞令だと受け取っておく。


「あ。そうだ。もう一つ、お母さんから教えてもらったお菓子があるんで、次はそっちを差し入れに持ってきますね」

「ノークスくん、冒険者業もギルド業もこなしてるのに、料理まで出来ちゃうなんて、本当にイケメンだね」

「うん、かっこいいと思う」

「え? 照れますよー」


 冒険者としてはまだシルバーランクのレベル1だし、ギルドでは換金作業をしているだけだし、料理って言っても一般家庭なものとお菓子を数えるくらいしか作れない。これくらい普通だと思うんだけど、褒め言葉に照れておこう。


 次の冒険者業の休みの日。

 またキッチンを使わせてもらい、ギルドに持っていくお菓子を作った。

 前日に買っておいたホットケーキの粉にヨーグルトを入れて混ぜ込む。それを四角いフライパンで焼き上げてから、食べやすいように切った。ちょうどカステラ風。でも味はフレンチトースト風な味でふわっと溶けるのだ。

 ローズと一緒に味見をした。ローズはブルブル震えると、感激した満面の笑みを見せてくれる。

 よし。ギルドに行こう。


「クウン」


 タッタッタッと走っていたけれど、そんな声を耳にした足を止めた。

 建物と建物の隙間の仄暗く細い路地からだ。

 犬かな。鳴き声的に。

 ちょっと興味本位で覗いてみることにした。

 小柄な私が入れるくらいの路地を進めば、黄昏るように座り込む犬を見付ける。というか、トイプードルみたいだ。


「犬……犬?」


 もこもこしている毛は、どうやら黄色だ。いくらカラフルな髪色が普通な世界でも、犬までカラフルな毛とはいかない。

 それにトイプードルに見えるけれど、座り方が犬のおすわりではなかった。まるでカンガルーのような身体つきで、ちょんと隅っこに座っている。


「犬じゃないなの。精霊なの」


 ローズが言い当てた。


「なるほど、精霊かぁ。なんか冒険者になってから会ってばかりな気がする」


 ギルドの換金担当している時も、冒険者が連れている精霊が目に入るようになったから、数えきれないほど見てきたのだ。ちなみに精霊って、姿も消せる。だから冒険者になる前まで会ってなかったのだ。


「どうしたの? 精霊さん」


 しゃがんで話しかけてみた。

 同じ精霊のローズもいるから、警戒はされないだろう。


「こんなところでどうしたなの?」


 ローズもふわっと目の前に移動して、トイプードル姿の精霊に話しかけた。


「お腹ー……空いたのー……クウン」


 しょんぼりしたトイプードル姿の精霊。女の子の声だ。

 私はローズと顔を合わせた。


「魔力が欲しいの? それとも食べ物が欲しいの?」


 精霊の主食は、魔力である。

 だから、私はローズとルーヴァに魔力を食べさせていた。

 でも契約者のいない精霊は、木や花などから魔力を得る。

 だから森に行けば、魔力は食べ放題なのだ。

 なんで森に行かないのだろうかと首を傾げながらも、紙袋にしまったホットケーキを一切れ取り出した。


「クンクン……!」


 黒い鼻がヒクヒクする。かと思えば、口を大きく開けてかぶり付く。


「美味しーの!」

「いいよ。食べて」


 カンガルーみたいに垂れて両手で持てるかな。心配していたけれど、パクパクと食べてしまい、私の指までくわえた。

 そのまま、チュパチュパ。音を立てて吸われる。


「美味しーの!」

「え? あ! 魔力まで吸って……」


 勝手に魔力を吸っていたよ、この子。


「ノークスはローズ達の契約者なの! 勝手に魔力を取るのはだめなの!」


 ローズはプンスカと怒ってくれた。


「ノークス……」


 つぶらな黒い瞳が、私を見上げてくる。

 あ。なんか。期待の眼差しを送ってくるぞ。この子。


「えっと。オレ、これからギルドに行くんだ。森に行けないほど弱っているなら、契約者を見付けなくちゃいけないのかな。契約者を探すためにギルド行こう?」


 そういうことなのだろう。

 野良犬状態なら、飼い主を見付けてあげようと思った。


「ノークスがいい!」


 キラキラとつぶらな瞳を輝かせて言ってきては、差し出した手にしがみ付かれる。

 わぁ。もふもふのもこもこ。肉球が、ぷにぷに。


「いやいや! オレ、ローズとルーヴァと契約してるから!」

「そうなの! だめなの!」

「ノークスがいい!」


 ローズが引き剥がそうとした。でも小型のトイプードルサイズの精霊を、さらに小さなローズが引き剥がすことは出来ないでいる。

 な、なんで? オレ、精霊に好かれやすいのかな?


「んー。現実的に考えて、無理だよ。精霊さん。もう部屋は狭いし……。あっ! 早くギルドに出勤しなくちゃ! おいで」


 また遅刻をしては申し訳ない。慌ててトイプードルの姿の精霊とローズを片腕で担ぎ、ギルド会館に駆け込んだ。


「こんにちは! 差し入れです! 今日は、フレンチトースト風ホットケーキですよ!」


 もう片腕で持った差し入れの袋を差し出す。

 でも注目が集まるのは、トイプードルの精霊を抱えた腕だ。


「やだぁ! 可愛い!!」

「ふわふわ!」

「もこもこ!」

「可愛いですね! 精霊ですか!?」


 女子組がこぞって私を取り囲んでは、トイプードルの精霊を触り始めた。

 迂闊に動いてお胸様を触ったら、セクハラだと騒がれかねない。

 私は早々にメリッサさんに渡して、なんとか女子組の輪から抜け出した。


「なんか、その子、お腹を空かせていたので連れてきました。ギルドで契約者を募集出来ませんか?」


 紙袋からフレンチトースト風のホットケーキを取り出して、もぐもぐと食べているギルドマスターに頼んでみる。


「ノークスと契約したい!」


 女子組にもふもふされている精霊は、まだ言う。


「ぶっはっはっは! 精霊三体持ち!? それはすごいな!! ノークス!」

「いや、契約しませんよ? オレの部屋、もうローズとルーヴァと自分でいっぱいですし」

「部屋が狭いなら引っ越せばいいってことかい? それ」


 大笑いするギルドマスターの隣で、サブマスターも会話に加わりつつ、ホットケーキを食べては笑った。


「いやいやいや! 誰か契約しません?」

「いや精霊持ちになっても……」

「ねー?」


 もふもふを続ける女子組は、なんとも言えない顔をする。

 需要がないってこと?


「ノークスがいいの!」


 トイプードルの精霊は、ブレない。


「そう言えば、なんの精霊?」

「わたちは、日向のトイプードルの毛の中から、生まれた光の精霊なのー」

「あ、だからトイプードルの姿なのね」


 そんな精霊もいるんだな。


「光か。じゃあ治癒魔法が使えるんじゃないか?」

「冒険者には必要じゃないかい?」

「なんでお二人はオレに契約を勧めるんですか……?」


 マスター二人が、ニヤニヤしている。


「だって、精霊三体持ちなんて、面白いじゃないか!」

「本部に自慢出来るしね」

「自慢のためですか!」


 確かに精霊三体持ちなんて自慢したくなるでしょうけども!


「ノークス、だめなのー?」

「うっ! そんなうるうるした目を……皆でしないでください!!」


 精霊を取り囲んでいる女子組まで一緒になって、見つめてきた。


「オレの部屋、ほんと狭いよ? オレのところに来ても……」

「さっきから部屋の心配ばかりだね。食べられちゃう魔力の方は気にしないのかい?」


 クスクスと笑いながら、またホットケーキを食べるサブマスター。


「んーと、多分平気ですね。体力と一緒で余っていると思うので」

「ならいいじゃないか。契約してほしいって言ってるんだから」


 ギルドマスターは、急かした。


「ノークス。君は、親と住んでいた家を持っているじゃないですか。そろそろそっちに移ればいいじゃないですか?」


 接客をしていたルーヴァが寄ってきたかと思えば、そう提案する。


「「家?」」


 マスター二人がキョトンとした。


「両親と住んでいた家を遺産で、そのままにしてるんですよ。『ドムステイワズ』のリーダーが大事な形見だからって、月一で掃除までしてくれて……」

「そうか。じゃあこれを機に家に戻ればいいじゃないか!」

「稼ぎの方は十分でしょう?」

「いや、まぁ、そうなんですけど……」


 家に戻る、か。それは『ドムステイワズ』の家を出るということだから、寂しい。きっとリーダーが、泣き出す気がする。リリンさん達も。


「ノークス。治癒魔法があると助かりますし、ソロで戦うあなたに精霊がまた一体増えれば、私も安心です。何より、本人が契約を求めていますから、契約してあげてください」


 ルーヴァが冷静な口調でそう促す。

 すると女子組の輪から抜け出した精霊が、ふわっと目の前に来た。


「ノークス、お願いー……」


 またうるうるした目で見るものだから、オレは折れることにする。


「わかったよ。本当にいいんだね? オレと契約して」

「うん! 契約してー!」

「じゃあ……名前は、ローズとルーヴァだから……」


 ちょっとむくれているローズは赤。ルーヴァは青というより水色。黄色ときて、ほぼ信号カラー。前世の世界でしか通用しないので、言わないけど。


「リーデはどうかな?」


 ラ行に、伸ばして、濁点の名前。


「リーデなのー!」


 黄色い毛のトイプードルは、宙でスピンをして喜んだ。


「リーデはノークスと契約をするー!」

「ノークスはリーデと契約する」


 肉球の手にふにっと人差し指をつけて、魔力の交換をした。

 パックンと食べたリーデは、黄色に光り出す。

 そして、ちょっと後ろ足が短くなったけれど、一回り大きくなった姿となった。愛らしい。



 



精霊三体まできました!

が、冒頭に戻るまでまだかかりそうです(。・ω・。)ノ



20190903

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