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12 変身の呪い。




 ラドイスさんと会ったのは、その日の夕方のことだ。そろそろ、ギルドが閉じる時間帯。

 いつものように換金専用窓口に立っていた私の前に、ラドイスさんが現れたのだった。珍しい。いつも朝しか来ないと聞いていたし、この時間帯に見かけたのは初めてで驚いた。

 白いローブと真逆に漆黒の長い髪を持つ見目麗しい男性。同じく黒いツノと尖った耳と紅い瞳が特徴的。間違いようがない。


「ラドイスさん! この前はどうも……」


 無言で置かれた魔石は三つ。ゴールドランクのものだろう。

 それを受け取って笑いかけるけれど、ラドイスさんの顔色が悪いことに気付く。どこか苦しそう。綺麗としか言いようのない顔が、歪んでいた。


「えっと……大丈夫ですか?」

「早くしろっ」

「あ、はい」


 低い声が放たれて、換金を急いだ。

 とはいえ、多額なので時間がかかる。

 三十枚の金貨をトレイに積み上げていれば。


「もういいっ!」

「えっ!? えっ、ラドイスさん!?」


 ラドイスさんが飛び出した。金貨も受け取らず。

 換金専用窓口にはまだ二人並んでいたものだから、隣のネマさんに代わってもらう。ネマさんは、ちょうど手が空いていた。

 金貨を袋に詰めて、追いかける。

 ギルド会館をすぐに出てキョロキョロと左右を見たが、夕焼けが消えた街の中に彼の姿が見当たらない。


「リーデ、ラドイスさんの匂いを追えない?」


 肩に乗っているリーデが、鼻をスンスンと鳴らす。


「こっちー」


 ラドイスさんの匂いを見付けてくれたようで、左方向にすいーっと飛んだ。それを追いかければ、二軒先の路地の中に入った。

 ラドイスさんと同じ白のローブを見付けたから、声をかける。


「ラドイスさ」

「!?」

「ん?」


 でも振り返ったのは、男性ではなかった。

 私と同じくらいの少女。ローブのフードを被っていたから、気付かなかった。

 同じ白いローブだけれど、波打つ髪は白銀。同じ紅い瞳だけれど、少女。


「あ。ごめんなさい。人違いです」

「人違いじゃないのー。この人なのー」

「えっ?」


 リーデが指したのは、目の前の少女。


「……」


 少女はまずいって顔をした。


「え? ラドイス、さん、ですか……?」

「……」


 リーデが嘘を言うようには思えない。リーデの鼻の良さは、よく理解している。

 だから恐る恐ると問うと、少女は露骨に嫌そうな表情になった。


「……えっと……ラドイスさんなら、このお金を受け取ってもらえないでしょうか?」


 とにかく、換金の金貨を差し出す。

 少女の姿をしたラドイスさんは、金貨の入った袋を私の手ごと掴んだ。

 あ、本当にラドイスさんなのか。


「貴様っ! このことを他言してみろ! 容赦はしないぞ!」


 私の手を放さないと思いきや、がっつり女の子の声で脅された。

 私は、ポッカーンとしてしまう。

 姿を変える魔法の存在は知っている。けれど、それはあくまで姿を変えたと幻で見せているだけ。だから、声を発してしまえば、本人のもののはず。


「えっと……女の子になったことを他言するなってことですか?」

「口にするでない!!」


 なんで少女の姿で、少女の声を出すのだろうか。疑問でいっぱいな私が目に留めてしまったのは、ダボダボになっている服から見えた胸の谷間。

 私は明後日の方向に視線を飛ばす。


「あの、服から肌が見えてます」

「っ!!」


 私の手を袋ごと放した少女は、両腕でローブを引っ張り胸元を隠した。


「見たな……?」

「はい、ごめんなさい」


 深々と頭を下げる。


「女の子なのに、男性のフリをしていた……ってわけじゃないですよね?」


 改めて少女を見れば、服装はラドイスさんのもの。つまり男物だ。

 身長が縮んだから、ローブの裾が地面についてしまっている。

 幻影で男性のフリをしていたのなら、服まで男性のものにする必要はない。

 だから、今さっきまでは男性だったはず。

 でも何故か今は少女の身体となってしまっている。証拠に胸を見てしまった。


「変身魔法……?」


 首を傾げる。

 変身魔法は、あることはあるのだ。しかし、体格を変えるその魔法は身体に負担がかかる。痛みも伴うから、よっぽど姿を変えたい者しか使わない類いの魔法だ。


「……いいや。魔法ではない。我にかけられた呪いだ」


 視線を落とした少女の姿のラドイスさんはそう明かした。


「誰かに呪いをかけられて……少女の姿にされたってことですか……」


 呪いか。それは厄介だ。


「あ。夜になると少女の姿になるって感じの呪いですか? だから朝しか見かけなかったんですね」


 一人、納得してしまう。だから顔色が悪かったのか。

 身体が変化を始めて、痛み出していたから。想像するとゾッとした。


「その金貨をやるから、他言をするな」


 キッと少女の顔で睨まれた。

 男性の姿でも顔が綺麗だったおかげか、美少女である。


「言い触らしたりしません。ラドイスさんは、オレの命の恩人ですから。そうじゃなくても、誰にも言われたくないことを言い触らすような人間ではありません。さぁ、受け取ってください」

「……」


 私は笑いかけて差し出した。

 でもラドイスさんは、受け取らない。


「あの……オレ、ギルドの仕事がまだ残っているので」

「……」


 とっても疑っている眼差しを向けてくる。

 敵意むき出しの猫みたいだ。人間不信なのだろうか。


「精霊に誓いましょうか?」


 右手にローズ、左手にリーデが乗る。

 精霊の魔法で約束をすると、破った時に重たい罰を喰らう。

 それを持ち出せば、疑いの眼差しをやっとやめてくれた。


「あっ! オレ、ラドイスさんにお礼をしたいと思っていたんですけど、食事なんてどうですか? オレの家で手料理をご馳走しましょうか?」


 人目を避けたいだろうから、私の家に来ることを提案する。

 そうすれば、ローブで隠す身体を引いた。なんか警戒心がアップした気がする。


「な、なんですか? その警戒?」

「……いや、この姿の時の男達の反応は思い知っているからな」

「美少女だから、食事に誘われやすいと?」

「それが言いたいわけではない。下心があると言っている」


 ふん! と鼻を鳴らしてそっぽを向くラドイスさん。


「あーなるほど! 女の子の姿だから、警戒して損はないと思いますよ! ローズとリーデがついていますので、大丈夫です。それでも心配だと言うなら……」


 どうしようかな、と刹那迷ったけれど、明かすことにした。


「オレ、前世は女だったんで!」

「はっ?」

「だから、女の子を襲うなんて元女としては許せないと思うんですよね。女の子としての警戒も理解出来ます。これを聞いても、オレを信用出来なかったら、そのまま帰っても構いません。でも出来れば、お友だちになりたいです! ここまで話したのは、精霊とあなただけなんで!」


 にぃっと笑いかける。

 いきなり前世の話をされても、だからなんだって感じかもしれない。

 それでも前世まで話したから、仲良くしたい。秘密を打ち明けあったのだし。

 金貨の袋を渡したあと、ローズとリーデに一緒に家に行くように頼み、ギルドに戻った。契約時間まで働いたあとは、夕食の買い物をルーヴァとして、家に帰る。

 家には、リーデを両腕に抱えて、ローズを頭に乗せた美少女がいた。

 わぁー癒されるー。目の保養、なんて思った。

 仲良くなったのかな。


「すぐに料理を作るので待っててください」


 ルーヴァにラドイスさんの呪いについて話しながら、野菜を切り刻み、肉を焼いている鍋に投入する。もちろん、ラドイスさんの許可をもらってから、話した。


「呪い……では、かけた本人から呪いの解き方を聞き出さなければいけませんね」


 少々驚いた顔をしたけれど、ルーヴァは淡々とそう返す。


「魔法は元々魔族から伝わったもの。魔族が魔法が記された本を持っていて、呪いもまた記されていて、解き方も書かれているはずですからね」

「そっか。じゃあ、ラドイスさんは同じ魔族の人に呪われちゃったんだね?」

「……」


 変身魔法、というか変身の呪いをかけられるのは、魔法に精通した魔族くらいなもの。

 肉と野菜の煮込みスープを作りながら、確認してみれば、ラドイスさんはテーブルについた手を組んで真剣な表情で俯いた。


「……かけた本人なら、処刑した」

「しょ、処刑!?」

「……後悔した。まさか呪いを解く方法が書かれた本ごと家を燃やしていたなんて、な……」

「家ごと燃や!?」


 処刑って言葉に動転して、私は少女の姿をしたラドイスさんを注目する。

 え? 処刑って何? 人殺しなの? 魔族殺しなの?

 だから国から離れたここにいるの?

 私、危ない人を家に上げちゃったのだろうか。


「……ああ。そう怖がるな。何も同族殺しの逃亡者というわけではない」


 少女には相応しくない口調で、ラドイスさんは私の心配を解消する。


「じゃあ、どういう意味ですか? さっきの処刑って……」

「……」


 ラドイスさんは、黙ってしまう。

 ローズが「どういう意味なの? ねぇ、どういう意味なの?」と問うも、ラドイスは沈黙を守る。

 仕方なく、私は煮込み終えたスープを運んだ。

 私も向かいに座って、食べようとした。

 ラドイスさんは、じっとスープを見下ろす。

 まだ警戒しているのだろうか。

 そりゃそうだよな。同族に呪いをかけられてしまい、女の子になってしまったのだ。誰も信用出来ないだろう。

 毒味でもした方がいいかと思った頃に、ようやくラドイスさんはスープをスプーンで飲み始めた。あ。よかった。信用された。

 安心して、私もスープの肉を食べる。


「我は魔王だ」


 ラドイスさんの少女の声で告げられたそれに、私は肉を喉に詰まらせてしまい、盛大に噎せたのだった。



 

20190908

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