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花魁道中外れます  作者: 朝峰 風花
1/1

1、藤

 艶やかな花街にて一人の禿が忙しなく仕事に励んでいた。艶やかな黒髪に深い藍色の瞳。見たところ十三~十五才頃だろうか、そろそろ遊女として働き始めてもおかしくない年頃である。


 しかし、遊女として働くにしてもその禿は年のわりには小柄で、女性らしい体つきとは程遠かった。女性特有のふくよかさは無く、手足は細いが筋肉質、どちらかといえば男のような体であった。それでも遊郭で働く禿である以上、性別は女であることに違いはない。


 禿は自分に女性らしい魅力が欠落しているのを自覚しており、いずれ遊女となることがあっても店にタダ飯を食らっていた恩返しができるとは到底思っていなかった。


(お母様は元気でいらっしゃるだろうか…)


 どれだけ心配しようが、その真実は確かめようがない。もう外の世界へ戻れることはないのだから。



 この禿がこうなったのも全ては金が無いせいだった。金がなくなった家は金目のものを全て売り払った。それでも、食べ物を買い続ければいつかは底をつくというもの、売れるものとして最後に残ったのは子供だった。両親は最後まであぐねていたが、それを見かねて「私を売っていいよ」と言ったのだ。そんな賢い禿――藤は家族のために身を売ったのであった。


 藤は家族を恨んだことはない。むしろ心配するほど気にかけていた。生んで育ててくれた優しい家族に少しでも恩返しができれば、と自分から売られに行ったのだ。こんな商品として使えそうもない子供、大した金にはならなかっただろうが、彼らが少しでも食い繋げていたら幸いだとすら思っていた。



 そんなこんなで藤が禿として働き続け約半年、今日はいつになく皆忙しそうだった。


 それもその筈、楼主が珍しく太夫を出すことを許したのだった。客が客なだけにそうするしかないのは理解できるが、どうしても藤は乗り気じゃなかった。

 その客というやつが、有名人だったからだ――勿論、悪い意味で。


 太夫は主に公家、大名、旗本ら上流階級を相手にする。


 置屋と呼ばれる待機所から揚屋と呼ばれる宴会場のある建物まで、本来ならば10分で歩けるところを1時間ほど掛けて行列を作りながら歩いて行くのだ。つまり、これが花魁道中と言う。


 準備で忙しいのはそのためだ。

 今回の客は大名……の、息子。家柄を振りかざし遊び呆けている馬鹿息子だ。良い噂よりも悪い噂の方がよく耳にする。それは人として如何なものかとは思うが、客は客である以上、最高のおもてなしをしなければならない。良い金づるであるのならばなおのこと。


「藤、鈴桜(りんおう)がお呼びだよ」

「はい、ただいま」


 今日、その金づるの相手をするのは鈴桜。この遊郭の中でもというより、この花街の中でも一番人気と言っても過言ではない人気芸妓だ。芸の技術は勿論のこと、見た目もそれはそれは麗しかった。腰まである長い髪の毛をうまく上でまとめ上げ、白粉と紅で着飾った顔は色気に満ち溢れ、派手な着物もうまく着こなす美しい体の持ち主だった。


 そんな高嶺の花である鈴桜に呼ばれ、藤は身の回りのお手伝いを始める。


(鈴桜姐さんも大変だな)


 そして不思議なことに藤はこの鈴桜に可愛がられていた。どこがお気に召したのかはわからないが、可愛がられて悪い気はしないので藤もそれなりに懐いていた。


 相応の準備が整い、とうとう外へ出る。

 今日の藤は鈴桜に従って揚屋まで練り歩くのが仕事だ。



  カラン、カラン

  カラン、カラン



 美しくも儚い高下駄の音がする。


 花魁道中を眺める人々は荘厳華麗なその光景に目を奪われる。そして夢を見るのだ「ああ、いつか俺も」と。


 そうやっていつなんどきも気を抜くことなく美しい姿を保っていなければならない鈴桜は、最早その姿が商品なのだ。手を触れることさえできなくとも、見るだけで金を取られる。


 彼女が彼女でいられる時間など、あるものか。


 揚屋に着いて、鈴桜は客の相手をする。対して藤は控えの部屋で他の禿と終わりを待つ。これも一つの教育なのだと思うと、少し気分が悪くなる気がする。少なくとも、藤はそう思った。


 時間にして二時間だろうか、暇で暇で仕方ない禿たちは退屈そうにしている。藤もそのうちの一人で、退屈のあまり転た寝をしてしまいそうになっていた。


 その時、ガシャアァンと何かが割れたり倒れたりするような音が聞こえた。鈴桜が相手をしている部屋からだった。こういう出来事は酔っぱらいにはよくあることだが、藤はすぐに目を覚まし部屋に向かった。


 男数人の怒鳴り声と鈴桜とその他数人の遊女の叫び声。

 ただならぬ様子に、藤は豪快にも襖を蹴り飛ばし状況を確認する。


 数人の遊女は男に馬乗りになられ、鈴桜も綺麗に着飾った着物が肌蹴けている。遊女たちも必死に抵抗したのだろう、頭に血が上った男たちは刀を抜いていた。


(───これは)


 規則違反だ、男たちの。

 なればこちらが少々手荒になっても文句は言われまい。


「なんだこいつ」

「ただの禿だろ、見られたんだから切っちまうか」


 馬鹿な男たちだ。ここで一人死体が出てきて、何のお咎めも無しにはなるまいて。いや、大名の息子であれば金で解決しようとするのだろうか。それは、藤にとっては困る。


 酔っ払った馬鹿に正しい判断ができるとは到底思っていない。切ってしまうか、という男の言葉を真に受けた鈴桜は藤に向かって逃げてと言う。震える唇で、小さな声で。

 生憎だが、藤は慕っている者を置き去りにして逃げれるような性根の腐った輩ではない。


 藤は襲いかかる一人の武士の腹を蹴り飛ばし、怯んだところを刀を奪って首元を峰で叩きつけた。痛みで床に悶えるそいつを一瞥した後、次々と迫りくる数本の刀。


 数分後、男たちは気絶して床に転がっていた。勿論、藤の手によって。



「鈴桜姐さん、大丈夫だった?」


「あ、え……ええ、でも、藤、貴女」


「…………今まで隠していてごめんね」



 鈴桜は藤のまじまじと見つめる。女にしては筋肉質な体、中性的な顔、しかしながらその性別はどう足掻いても女。それは藤がこちらへ売り飛ばされたときに確認済みである。


 先程のような剣術や動作など、それは常日頃から鍛練を行っていなければ身に付かぬもの。そういう武術は武家の者か道場に通っている者でなければ習得なし得ない。しかし武家の娘だからといってそのような危ないものを習わせるだろうか。


 鈴桜はぐるぐると頭の中で藤について考えていた。


 ついに鈴桜は理解が追い付かなくなり、その場に倒れてしまった。

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