四月の空
今日の彼女は少し調子が良いようで、明日は桜を見に行こうと言ってきた。明日は雨が降るみたいだよ。と僕は答えるが、それでも見に行くんだ。と返された。
彼女から僕に提案してくることは珍しいことだ。行きたくない訳では無いが、だからこそ、もしかしたらと変な勘ぐりを入れてしまう。
「大丈夫、まだ死なないよ」
そう言った彼女の目は、僕の心を見透かしているようだった。それなら。と僕は了承した。
「そういえば今日から新年度だね。あなたと同じクラスになれるかなぁ」
「きっとなれるさ」
「それはウソじゃないよね?」
彼女は自分の身体よりも、そんなことほうが気になるのだろうか。
「だって、今日ついた嘘は本当にならないもの」
「そんなことより、君は早く学校に来れるぐらい元気になりなよ」
確かにそうね、と彼女は笑う。
そんな他愛もない会話をして、最後に彼女は「さようなら」と笑顔で手を振る。僕は「また明日」と笑顔で返した。
翌日に彼女が亡くなったと連絡が入った。すぐに自転車へ跨り、僕は病院へ急ぐ。
部屋には微動だにせず横たわった彼女がいる。それを目の当たりにした僕から、色が失われた。
今日は桜を見に行く約束だったろう。
珍しく天気予報は外れて、空は晴れているよ。
ねぇ、目を開けてくれよ。
ふと彼女の枕元に目をやると、ボロボロになった一冊の日記帳がある。僕はそれを手に取り、思い出と共にページを捲っていく。
嬉しい、楽しい、悲しい、苦しい。様々な感情が書き連ねられたそれを見ていると、彼女はまだ生きているのではと錯覚させる。
そして、僕は最後のページに指をかける。日記の書かれた日付は、昨日が最後だった。
今日も彼が来てくれた。
付き合っている訳でもないのに、いつも来てくれる物好きな彼が。
今日は少し調子がよかったから、思い切って桜を見に行こうと誘ってみた。
少し渋るような様子だったけど、いいよと言ってくれた。
柄にもなく、勇気を振り絞って良かったな。
私は彼が好きだ。
彼が私のことをどう思っているのか知りたい。
明日こそ、告白しよう。
前のページよりも文字は汚く、線は震えている。その上には、黒く滲んだシミが点々と出来ていた。
日記を握る手に力が入る。一つ、二つ、と別のシミが次々と増えていった。
「なに死んでんだよ、まだ死なないって言ったじゃないか」
堪えきれず、音にならない文字が喉を通り過ぎていく。
ああ、そうか。
昨日はエイプリールフールだったな。