終末のロボット(結)
「カタカタ、カタ、カタカタ……」
僕は昔、夢を見た。静かに崩れゆく大地と、雨が降るくせに晴れ間が覗き、幾重もの虹が掛かった空。騒ぐ者は誰もいない。
「きれいだ…」
僕は幼いながらも、そう感じた。
片手に茶色い本。
『天才』…極めて優れた才能。
僕は極めて優れた才能を持っているらしい。小学生とは、思えないくらいにボキャブラリーがあり、計算、暗記、運動能力に関しても小学生の平均を大きく上回っているようだ。
でも、僕は『完璧』じゃない。ピンクのスモックが嫌だ。ヒラヒラのスカートが嫌い。おままごとよりも、ヒーローごっこが好きだ。
「そんなの、自由で当たり前よ」
夏音(母)なら、そう言う。
「女の子のくせに、変なのー」
偏見が減ったとはいえ、まだ偏見が無くなった訳じゃない。
「…つまらないな」
作家を殺すにゃ、刃物はいらぬ。ただ、上手い上手いと褒めればいい。…と、誰かが言った。僕は褒められてばかりだ。
才能があるからこそ、努力が出来ない。努力をさせてもらえない。世界がつまらない。
「…本の世界に行きたいな…」
トンビが空に円を描いた。
「…なぁーんてね」
今日はお昼寝日和。
「ここ、何処?」
真っ白い空間。足元には、緩やかな風。
「?」
何処までも続く真っ白な空間に、ぽっかりとドアが浮かんでいるように見えた。まるで、「こちらにおいで」と手招きをしているかのようだ。
「行ってみようかな?」
ドアを開けると、そこに女の人が立っていた。
「わわっ!? ごめんなさいっ! ちょうど、迎えに行こうと思っていた所なの」
「迎えに…?」
初めて会った女の人なのに、迎え?
「…誘拐…?」
「ち、違う違うっ!」
女の人は首が取れるんじゃないかというくらい、ブンブン横に振った。横に縛った髪が、凶器のように顔面に当たってベシベシ音を立てている。
「私は、結。ええっと、ここの管理者をしているの」
「ここ?」
僕は首を傾げた。
「ここは、君からしたら、未来の歴史博物館になるの」
「…つまり、ここは未来ってこと?」
「そう!」
あり得ない。僕はお昼寝をしていたハズだ。…お昼寝? ああ、そうか。これは、夢の中なんだ。
「あの、立ち話もなんだから、こちらの部屋に入って話そう」
結は、僕を招き入れた。
ドアの隙間から、チラリと本の山が垣間見える。少し散らかっているな、この部屋。
「……前言撤回……」
山ってレベルじゃあない。部屋一面を埋め尽くす、本本本本本本本本本本本本本本本本本本本…。棚など最早無く、床から天井まで積み上がった本。大人1人通るのが限界なくらい細い通路と、中央の二人がけのソファーと小さなテーブル。たったそれだけが、本のない空間だ。
「…ヤバいね」
「まあ、館内の一部だけどね」
まだあるのか。僕はぎょっとして、結を見た。
「そういえば、名前は?」
「遠藤 むすび」
「結びさん? 名前、似てるね」
「僕は平仮名だけどね」
「むすびさん」
結は繰り返して僕の名前を練習する。ちょっと恥ずかしい。
「ところで、未来って言ってたけど、証拠は?」
「えーと、難しいね…。人間は滅んじゃったし、文明は衰退して、大体二十世紀くらいの生活なら可能だけど…」
結は、うーんと唸った。
「…待って! 人間が滅んじゃった!?」
「え、うん」
「じゃあ、結は一体…」
結は、きょとんとして、
「あっ!」
となにかに気づいたようだ。
「ごめんなさい、言ったつもりだった…。私は、最後の人間が造った、最後のロボットなの」
「最後、ね」
ロボットにしては、人間に良く似ている。というか、人間そのものに見える。
「私は、人間そっくりに造られたから、食べようと思えばご飯を食べる事も出来るよ」
と、小さくガッツポーズをして笑った結は、どう見ても人間そのものであった。
「どうして、僕はここに?」
「えーとね、タイムトラベルマシーンで私が呼んだの」
「タイムトラベルマシーン? タイムマシーンじゃなくて?」
「うーん、未来では使い分けされているの」
結にもその違いは良くわからないらしい。
「じゃあ、なぜ僕を呼んだの?」
「…ただ、お話をしたかっただけなの」
寂しかったから…と、結は情けない顔で笑った。
「…やっぱり、人間みたい」
「結、この本って読めるの?」
「読める…かな? もしかしたら、読めない本もあるかも」
「どういうこと?」
「んーと、こっちの本、触ってみて」
と言って、結は一冊の本を差し出した。僕が手を伸ばして、本に触れようとする寸前、
「あれ? 触れない」
まるで、見えないケースに入っているかのように、冷たくツルリとした壁にぶつかった。
「…やっぱりね」
「どういうこと?」
「これは、むすびさんが閲覧すると、世界に大きな影響を与える恐れのある、歴史本。勿論、ノンフィクション」
今度は、こっちの本。と言ってもう一冊差し出される。
「今度は、触れるね」
本を開いてみると…
「あれ…これ、夏音?」
僕は、一度見たら忘れない。それは、間違い無く母である夏音であった。
「…これ、は?」
「うん。この本はね、私との約束を守ってくれた子が書いてくれたの。いろいろ評価があったけど、いろいろ評価があったからこそ、閲覧が可能になった本なの」
「…へぇ」
出版日は、二十三年後…。タイトルは、
「タイムトラベルマシーン」
「もう、時間だ…」
結は残念そうに、そう言う。
「…え、もう?」
「最後に、ひとつお願いがあるの」
「お願い…って、あっ!?」
ぐらりと地面が傾いた。この感覚は、地震だ。
「本を書いて欲しいの」
結は、構わず続ける。派手な音を立てて、本の山が崩れ落ちる。バラバラと、天井の破片が降ってきて…。
「逃げなきゃ! いや、まず、頭を!」
結を引っ張るけれど、動かない。
「結!!」
「私はここでいい」
「何言ってるの!?」
「私の終末は、この時代、この瞬間」
「は?」
結は、ふわりと優しく微笑んだ。
「でも、むすびさんの終末はここじゃない」
「でもっ」
割れた天井から、青空が見えた。隙間から、雨が差し込む。幾重もの虹が橋を架け、砂煙すら、日の光を強調するようで……。
「約束、最後の約束。いつか、絶対に、本を書くからっ」
…だから、逃げよう。
そう言う前に、視界が白く染まった。
最後に見たのは、きれいな終末と、色が変化する本、そして
「終末がこの空なら赦せるなぁ…」
終末を悟った、最後のロボット。
「きれいだ…」
目を開けると、布団の中だった。
「んー、夢かぁ」
夢にしてはリアルだ。
「いっぱい寝たし、遊びにいってこよう!」
僕は、ベットから飛び上がって、玄関に駆け出した。途中で、夏音を見つけて、なんか思わず夢の話をしたくなる。
「夏音、夏音!」
僕は、研究者になった。夏音とは大喧嘩をして、まるで家出をするかのように。
「…はぁ、まったく」
五年たった今でも、夏音には謝っていない。あれだけ寛容な夏音は、何故、研究者になることだけをあんなに反対したのだろうか。
「夏音…結…」
結局、夏音は本を出さなかった。しかし、本は出版された。
「多分、これは、誰かが夏音の作品を夏音の名前で出したな…」
どうやら、ややこしい事情があるようだが、そんな事は知ったことではない。
夏音は、三年前にガンで死亡した。最後の最後で、夏音に謝って和解できたことが、唯一の救いだろうか。
「先生は、何の研究をしているの?」
「僕はね、タイムトラベルマシーンの研究をしているんだ」
夏音の想いと、僕と、結を結ぶ、大切な道具。
「ははっ、本を書く暇がないや」
「カタカタ、カタ、カタカタ…」
終末の世界で、何かが微かに音を立てる。
『…地球のロボットは再起動不可。災害損失によるもの。地球上の生命体は絶滅したもよう。以上をもって、地球観察を終了する。』
無重力空間には、一冊の本…
まだ、誰も知らない、未来の話_。
まだ、誰も知らない、終末の話_。
今日の空です。
お付き合いして下さり、ありがとうございます!
終末のロボットシリーズ、
これにて完結となります。
今まで、ありがとうございました!
他の作品もよろしくお願いします!
精進します。