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第四十六話 帰省

それぞれのお盆。

それぞれの視点で展開します。


お盆に入る前だけど、私もごたごたしちゃうのでその前に。

読切です。

縁の場合****************************


 ヒグラシが鳴いている夕暮れ時、アパートの周りを先生とお散歩♪

 お盆になったせいか、すれ違う幽霊もいつもより多いです。

 ただいつもと違うのは、その幽霊さん達は「恨めしい」という表情ではなく、むしろ優しく、穏やかな笑みさえ浮かべてるっていうこと。


 いくつかの家の戸口では、迎え火と呼ばれる小さな火が焚かれていて……。

 この辺では白樺の樹皮を小さく切って丸めたものを燃やしているみたい。


 するとその火に引かれるように、幽霊がすっとその家に入っていく。

 きっとそこの家族だったんだろうな。


 そんな光景をそこかしこで眺めながら、先生は私に振り向いて静かに言う。


「縁は家に顔出さなくていいのか?

 去年の夏はあの学校の美術室に縛られていただろう?」


 そう。私は去年の年末までは地縛霊だった。

 だから今みたいに動けなかったってこともあるけど、

 先生が今言われたことって、お盆に御先祖様が帰るっていう、アレですよね。


『でもそれって成仏してる方、限定なんじゃないですか?』


「俺は宗教的解釈は交えないからそうだと断定はしないけど。

 縁、俺んとこにずっといて一度も家に帰ってないだろう?」


 言われてみれば私、今まで先生と一緒に居たい一念だった。

 だからってわけじゃないけど……。


『私、今まで全然気にも止めてませんでした。

 お父さん、お母さんだって私がいきなり死んで、

 悲しんだはずなのに……。』


 どうしてそんな薄情なこと、死んでから今まで続けてきちゃったんだろう?

 唐突にその事実に気づいて動揺しちゃった。


「縁はきっと、ご両親と一緒に生きていた時、

 本当に幸せで、満足してたんだろうな。」


 先生は優しく微笑みながらそう言った。


『え?』


「幽霊は『この世に残した未練』、その意識の現れだよ。

 満足していたことなら未練となって残りはしない。」


 先生は淡々と続ける。


「だから縁が今の今まで、ご両親のとこに帰るってこと、

 忘れてたとしても不思議じゃないよ。

 十分満足していたんだもの。

 でも、残された人は別だ。」


 そうだわ!

 残された人……お父さんやお母さんは、今、何をしてるだろう?

 元気にしていてくれているかな?


 急にそんな思いで胸がいっぱいになってしまった。


『先生、お盆の間、行ってきても……。』


 私の問いかけに、先生は笑って答えた。


「俺はお前の気持ちの赴くままにいればいいと思ってるよ。

 前にそう言っただろ?」


『……はい!』


 数日間だけ、両親の下へ帰ろう。


 そう思った時、目の前の先生がふっと見えなくなった。

 先生だけじゃない。

 周りの景色も……。


 はっとした時には、幼い頃から見慣れた玄関の前に、私は立っていた。


『……ただいま。』


 迎え火の跡が残った懐かしい玄関を、私を入っていった。





渡瀬の場合************************


 幽霊が見えるようになっちゃったから、ホント大変だわ。


 夏季厚生休暇を前借りした分、お盆休みが短くなってむしろ幸いだったけど。

 私が高校生の時に、道路で転んであっけなく死んだ父さん。

 こんなふうにお盆に帰って来た間、私に話しかけていたなんて……!


『なあ、有希。

 毎年言ってるが父さん、お前のことだけが気がかりなんだよ。』


 優しそうな顔は当然変わってないけど、落ち着かない様子で黒縁眼鏡を何度も何度もかけなおして私の顔を覗く。


 最初に見た時、うっかり声をかけちゃったのが失敗だったな。

 そしたら父さん、全力で話しかけてくるんだもの。


 父さんの隣で向かいに座る母さんがテレビ見ながらお茶飲んで笑ってるから、声を出すわけにはいかないじゃない?

 目くばせで「今はよしてよッ」って何度送れば……。


康嗣こうじは先に所帯もって

 出世したはいいけど海外に行っちゃったじゃないか。』


 弟が先に結婚したのがそんなに不服なのかしら?


『お盆に帰ってきても有希も仕事で一日も満足にいないしさ。

 母さんもここ数年は気ままに旅行とか出かけちゃうし。

 父さん他にどこにもいけないし、淋しいんだよぉおオぉ。』


 ああ~うるさい。

 もう反抗期の時のようにツンとしちゃおうかな?


「あ、ちょっとトイレトイレ。」


 母さんが席を立った! やった!

 母さんのスリッパの音が遠のいたのを見計らって私はしゃべりだす!!


「なに言ってんのよ?

 父さん死んじゃってから母さんどれだけ苦労したと思ってるの?」


『いや。それを言われると~。』


 困った、というより照れたような顔して頭掻いて見せて。

 つまんない死に方しといて反省の色ってものが全然ないわ!

 (幽霊だからそもそも顔色悪いけどッ。)


「その上、私と康嗣を大学まで出してくれたのよ?!

 今くらい母さん自由に旅行したっていいじゃない!!」


『だから今は有希、お前のことだけが……。』


 あ~もう、まだ言うか!


「そんなの心配無用よッ!」


『え、何?

 もしかして付き合ってる人いるの?

 いったいどんな奴だ?

 だらしない奴なら父さん許さんぞ?!』


「私に結婚して欲しいの? いやなの? どっち?!」


『いやぁ~。それを言われると~。』


 また照れたように頭掻いて。

 その時、またパタパタとスリッパの音が近づいて来た。


「なあに? 有希。

 まるでお父さんと話してたような声が聞こえたわよ?」


 笑って話す母さんに、どぎまぎして答える私。


「あ、うん、だってほら。お盆に帰ってくるって言うじゃない?

 だから、なんとなくね。」


『なあ、有希。母さんも会話に加われない?』


 うっさいわね!って、母さんが笑って目を閉じてる間にギロリ。

 一人知らない母さんは懐かしそうに話し出した。


「有希はお父さんッ子だったものね。」


「え~、私そうだったっけぇ?」


『なんだよ有希、

 私お父さんのお嫁さんになるって言ってくれたじゃないか?!』


「ちっさい時の話でしょ?!」


 今のは父さんにッ。

 あ~もういっそ母さんに、父さんここにいるって言っちゃえばいいのかな?


 だって母さん、父さんとほんとに仲良かったもの。

 見てて恥ずかしいくらい。

 だから余計反抗期、激しかったのかもだけど。

 でもだからって通訳っていうか、中継やらされるのも面倒だわッ!


「父さん、有希と康嗣をほんと可愛がってたものね。」

 

 母さんの言葉に父さんったら、なにを嬉しそうにぶんぶん頷いてるんだか。

 確かに反抗期の間も、めげずに私に話しかけてきてたものな。

 母さんは一人続ける。


「だから私も頑張れたの。

 二人を一人前にすることが、私の務めだってね。」


『それはホントに感謝しているよ。』


 なによ? 生前みたいに惚気だしてるの?

 は~、やってらんない。

 でも……ちょっと羨ましいかも。


「私、一人前になれたのかな。」


 ボソッと呟いた私に、母さんは変わらない笑顔のまま答えた。


「それは大丈夫。

 それよりねぇ有希。

 いい人、できたんでしょう?

 顔に書いてあるわ。」


『書いてあったの?!

 わからなかったよ!

 どんな奴だッ!!』


 母さんにはびっくりしちゃったけど、そのすぐ隣の父さんに鼻から息出しながら一瞥すると、私は深呼吸して姿勢を正した。


「うん。

 高校の非常勤講師をしてる人なんだけどね。

 ……ほっとけない人なの。」


 すると二人の返事が被った。


『だらしない奴じゃないか!』「父さんみたいな人ね。きっと。」


「『え?』」


 今度は私と父さんの声が被った。


 やだッ! そんなことない!!

 雨守クン、もっとクールだし。

 恐いし、でも、本当はやさしいしッ。


 母さんの言葉を待つ父さんと二人、目を丸くする。


「父さんって困ってる人をほっとけない人でね。

 それで自分が損しちゃってるようにしか見えないのに、

 本人はケロっとしていて。

 でも、そんなとこが好きだったわ。」


 お、同じだ。

 思わず視線を横に移した時、父さんと雨守クンが一瞬重なって見えた。


 父さんたら、なにはにかんでるのよ。


 ち、違うんだからねッ。

 雨守クンは、雨守クンは……


「……うん。そういう人なのよね、彼も。」


 今度は私が嬉し恥ずかしいような気持ちでいっぱいになって、小さくうなずいて呟くように答えた。


 すると母さんはいきなり私の手を取った。


「ねえ有希、これから温泉にでもいかない?

 私、お盆なら空いてるから

 父さんとよく行った場所巡ってるの。」


「『そうだったの?』」


 父さんは驚きを通り越して呆けたようにぽかんと口を開けた。


「うん。ゆっくり聞きたいわ、その人のこと!」


「あ、でも、ほら父さん淋しがらない?

 せっかくお盆で家に帰ってるんだし。」


『有希……。』


「でも父さんいたとしたら話しにくいんじゃない?」


「いいの。

 お盆で帰って来てるとしたら、父さんにも聞いておいて欲しいもの。」


 真剣に言ってるのに、父さんったら何ゴクリってつば呑んでるの?

 母さんは静かにうなずくと、またにっこりと笑った。


「そう。じゃ、今年は家でゆっくりしましょうか。」


「『うん!』」


「でも有希、その人とはまだきっと片思いなんでしょう?」


 うはぁッ!

 どこまでお見通しなの? 母さんてば!

 びっくりしちゃって言葉が出なくなってると、父さんが真剣な目で乗り出して来た。


『なんならそいつに取り憑こうか?』


「あ、やっぱりどっか行こうか? 母さん!!」





古谷さんの場合***********************


『今年もまた会えて嬉しいわ。あなた。』


 迎え火の炎が小さく揺らめくその反対側に、亡き妻の姿がゆっくりと現れた。


「ああ、お帰り。

 相変わらず何もない部屋だがね。

 ゆっくりしていっておくれ。」


『ええ。』


 穏やかに微笑む妻を迎え入れ、私は星が瞬き出した空を見上げた。


 兄者。気を遣わせてしまいましたね。


 かたじけのうございます。





幻宗さんの場合*************************


『いきなりで迷惑ではなかったかのう?』


「いえ、二重の意味で驚きましたけど。

 よくこんな遠方まで、それも俺のとこにって。

 古谷さんは、いいのですか?」


 雨守は驚きを隠さなかったが、儂にこうべを下げて迎え入れてくれた。


 テーブルをどけ、わざわざ床に座布団まで用意しおって。

 こやつ、儂がこの作法が良いことを知っておる。

 渡瀬殿では、気づかずとも栓なきことだが。


 向かいに雨守は儂と同じく胡坐する。


『儂はあやつの守護霊も務めてはおるが、

 そもそも何にも縛られておらぬからのう、ふりーだむじゃ。

 それにあやつの亡き妻も里帰りしておる。』


「ご夫婦、水いらずというお気遣いですか。」


『ふふ。

 当てられとうはない、というだけのことじゃ。

 儂は一人が良いからのう。』


「そうでしたか。

 自由が利くと伺っていれば、先日はご助言頂けたかも知れませんね。」


 雨守は目を逸らす。

 また娘に助けられたか。


『苦しいいくさであったようじゃな。』


「憑き物に犯された生徒……生きた人間を救うために

 悪霊になってしまった男を葬りました。

 その男を救える道は、ありませんでした。」


『救えるものならば、そうしたかったであろうな。

 だがお主は生きておる。

 それでよい。

 儂も同じようにしたであろう。』


「……恐縮です。」


『そのように畏まらずともよい。

 お主の心は、見えておるつもりじゃ。

 儂もお主も、大切な者を失のうておるからな。

 盆に帰ることも出来なくなった者を。』


「ええ。」


『気づいておるな?

 儂も、お主も、いずれはそうなる身じゃ。』


「はい。」


 こやつ、以前会うた時より面構えができてきておる。


『あの娘がおっては話せぬことじゃ。ちょうど良かったわ。』


「そうですね。縁だけは、『あいつ』のようにはしません。」


 己よりあの娘を第一に考えるか。

 まあ、それも良い。

 それ故、苦しむことにもなろうが、こやつにはそれも良かろう。


 すると、雨守は振り向いて戸棚から酒の一升瓶と湯呑を二つ、取り出した。


「幻宗さん、お口に合うかどうかわかりませんが、一ついかがですか?

 いつかお礼にと、用意していたんです。」


 こやつも可愛い奴じゃな。

 初めて見る屈託のない笑みを浮かべ、未開封であった栓を抜く。


『おお!

 これはよき香り。

 供えられるだけで良いが、いただこう。

 付きおうてくれるか?』


「勿論です。」





再び、縁***************************


『ただいま帰りました!』


 元気よく先生の部屋に戻ると、一人、先生は絵を描いていた。

 なにかな?

 刀の絵……かな?


 先生は手を休めると、私に振り向いた。


「まだお盆あけてないけど、もう、いいのか? 縁。」


『はい!

 お父さんもお母さんも、前ほど元気なくなってたけど元気でした。』


 なんだか変な日本語になってるな、私。


「そうか。」


 先生は私を優しく見つめて静かに頷いてくれる。


『でも、変らず仲良くやってて、ほっとしちゃった。

 それに仏壇の前でお母さんが私に……もちろん見えてないんですけど

 いっぱい話しかけてくれて。

 お父さんもそうだなぁって一緒に。

 嬉しかった。』


「そうか。」


『私、お母さんとお父さんの手を握ったんです。

 そうしたら、二人とも顔を上げて微笑んでくれて。』


「うん。」


『ありがとう縁って、言ってくれました。

 見えてないんですけどね。

 でもそれが嬉しくて、なんだか成仏しちゃいそうになりました!』


「でもしなかったんだ。」


『そりゃあ、そうですよ!

 だって今はここが、先生が私の家ですもん!!』


 先生はクスっと笑った。


「なんだそれ?」


『いいんですってば!』



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