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第四十五話 操りし者⑥

「天野、ここにいたのか。

 そろそろ午後の講習が始まる。

 先生達のミーティングをするそうだ。」


「そう。

 まだ半日も経っていないのに、

 その公園で、あんなことがあっただなんて、嘘みたいだわ。」


「最初はこの屋上でとも思ったんだが、あんなに地面まで揺れたんだ。

 止めといて正解だったな。」


「そうね。……体はもういいの?」


「ああ。なんとかね。」


「あの子は? 後代さんは、今、ここにいるの?」


「いや。今はそっとしておいている。まだあそこにいるよ。」


「そう。

 あなた、あの子には優しいのね。

 ……やっぱり死んだ人には、敵わないわ。」


「影沼は死んだ上に、誰にも本当の気持ちを伝えてなかったからな。

 何を考えてるのか、読みにくかった。

 ある意味、今までで一番手強かったさ。」


「……彼のことを言ったんじゃ、ないわ。」


「だが『死ぬほど好き』って言葉を実践したのは影沼自身だ。

 天野、どうして……。」


「『私のために死ねる?』って、影沼君に聞いたのか……でしょ?」


「あんたはそんな人を試すようなことは言わない。

 指導者として、あんたが優秀なのは事実だ。

 試さなくても十分人を動かす力がある。」

 

「こそばゆいわね。

 でも、あなただけは違ったわ。

 あなたを振り向かせることは、できなかった。」


「あんたがいつも突っかかってきたからだ。」


「それよりなにより……あなたには『あの子』がいたもの。」


「……。」


「亡くなったんですってね。

 あなたが画壇を去ったのは、そのせい?」


「ああ。」


「それで、もう絶対あたなは私に振り向かないと思った。

 死んだ人には、敵わないもの。

 そんな時よ。

 影沼君が、私に告白してきたのは。」


「……。」


「そんな隙だらけの時に言ってくるなんて。

 だから、少し腹が立って。

 ……そうしたら三日後、彼は飛び降りてしまった。」


「あんたの弱みにつけこんできた、とも取れるぜ?

 それこそ影沼が勝手に死んだんだ。

 ……影沼のこと、悔やんでいるのか?」


「どうかしらね。

 でも私が彼を、不幸にしてしまったことに変わりはないわ。」


「不幸かどうだったかは、影沼本人にしか、わからないさ。」


「そんなつもりは全然なかったのに、

 彼を操ってしまっていたことになるわよね、私。

 あの時も……今までも。」


「それも、違うと思うぜ。」


「ところであなたは『あの子』と、その後会えたの? 

 後代さんのように。」


「少しだけな。

 でもすぐ『あいつ』は、消滅した。」


「そう。

 ……教師の道に転向したのは、『あの子』の意志を継いで?」


「どうかな。

 だが俺は操られてるわけじゃ、ないからな。」


「わかってるわ。

 ……あのね、雨守。」


「なんだ。天野。」


「聞いてくれて、ありがとう。」


「さあ、いこうぜ。

 雨が降ってきそうだ。」


「ええ。」


****************************


 夜遅くになって、私は……そのまま、渡瀬さんの部屋を訪ねた。


「縁ちゃん!」 


 突然部屋に現れた私に、一度びっくりしたけれど、パジャマ姿になっていた渡瀬さんは、いつものように、笑顔で何気なく聞いてくれた。


「昼からずっと雨になって心配したけど、そっか、濡れないんだね。

 でも顔見て安心したわ。」


 私もいつものように、笑顔で答えた。


『はい、大丈夫です。渡瀬さん。

 辻替さんの分も、私、頑張るんです。

 そうしていけばきっと、天国の辻替さんに笑ってもらえるから。』


 すると、渡瀬さんの目にじわっと涙が浮かんだ。

 でも、そのまま顔をくしゃくしゃにして笑ってくれた。


「うん。そうね。

 そうだね!

 ゆかりちゃん!!」


『はい。』


「さあ、今夜はここで一緒に寝ましょ♪」


『はい!』



========================



『渡瀬さん、まだ起きてますか。』


「うん。

 私に話したいことがあるんでしょ?」


『はい。

 私、先生が好きなのに、辻替さんのことが……。』


「彼のことも好きになって、それで切ないんでしょ?」


『……はい。

 でも、二人に失礼っていうか。

 いい加減な気持ちじゃ、ないのに。

 これじゃどっちも本当の気持ちだって、言えないんじゃないかって。』


「縁ちゃんは本当の気持ちって、一つだけだと思っちゃうんだね。」


『違うんですか?』


「出会う人は皆違うんだし、その相手に対して抱く気持ちだって

 それぞれ違って当然でしょう?

 でも、違うんだけど似たように感じることもある。

 きっと縁ちゃん、今がそうだと思うの。

 だからそんなの、全然気にしなくていいのよ?」


『そういうものですか?

 これって、浮気っていうのと、同じじゃないかと。』


「浮気なんて、した時点でとうに心が離れているわ。

 だから心も痛まない。

 でも縁ちゃんは違うじゃない。

 だからそんなのと一緒にしなくていいの。」


『そういうものですか?』


「うん。

 私はね……。

 色んな人の魅力に気がついて、それを素直に受け止める。

 そんなことができる縁ちゃんって、素敵だと思ってるの。」


『そんな、私……。』


「だから辻替君のことも、ずっと覚えていればいいの。

 ずっとね。」


『……はい。』


「嬉しいことも、悲しいことも、

 そういう経験たくさん積んで、あなたはもっと魅力的に……。」


『ど、どうしたんですか? 

 なんでそんなに見つめるんですか?』


「縁ちゃん………綺麗になってない?

 憂いをおびて……っていうか。」


『え、ちょ、渡瀬さん?』


「うううん。

 ほんとだわ。

 ね、ぎゅってしていい?」


『………………………うん。今夜は、ぎゅって、してください。』


「うん。おいで。涙拭いて。」



****************************



 三日目の朝。


 最初、ちょっとだけ先生に顔を合わせにくいなって思ってたけど、先生が黙って頭を撫でてくれたから、何故かほっとしちゃった。


 熱が嘘のように下がった生徒達も、今朝は合宿に戻ってきた。

 グループを編成し直しちゃったあとだから、一昨日の天野さんのグループの子たちは、分散することに。


 天野さんのグループには、あの立ち上がって喜んだ女の子がそのまま。

 そして雨守先生のグループには、あの「神ってる」男子が加わった。


 描きだして間もなく、その女の子は眉間に皺をよせ、悩んでる様子。

 それに気がついて声をかけた天野さんを、その子は見上げる。


「一昨日はできたのに、今日はどうもうまくいかなくて。」


「私が教えたことは、覚えてる?」


 天野さんの問いかけに、その子は不安そうだったけど、しっかりと頷いた。


「理解できていれば大丈夫よ。

 今、一昨日と違うな、と感じたことを直してみなさい。

 焦らずに。いいわね?」


「はい。」


 女の子はまた、自分の作品に向かった。

 あ……。

 なんだか天野さん、一昨日より優しいな。

 天野さんなりに、いろいろ感じたんだろうな。きっと。


「ああ~ッ! 俺、今日だめっすよ~。」


 いきなり両手を上げたのは「神ってる」男子だった。


「一昨日のは、ビギナーズ・ラックだな。」


 先生が鼻で笑う。

 でも彼は上げた掌をそのまま頭上でひらひらさせている。


「なにしてんだ?」


 先生の問いかけに「神ってる」男子は真顔で答えた。


「神に降りて来いって念じてるんっすよ。一昨日みたいに!」


「それで描ければ苦労はしない。」


「でも芸術って、フィーリングじゃないっすか!」


「たまたま描けちゃった、できちゃったっていうのは

 フィーリングでもなんでもないぞ?」


「じゃ、やっぱ根性っすか?」


「我武者羅もいいが、どう描こうかって狙いも持たずに

 ただ描けばいいってもんじゃない。

 狙い通りに表現するには、技法も知っておかなければな。」


「深いっすね!」


「別に深くはねえよ!」


 可笑しな問答になって苦笑する先生に、天野さんが声をかけた。


「彼もちゃんと指導してくださいね、雨守先生?」


「はい。」


 え?!

 先生が素直に天野さんに返事をしたッ!

 それに、わ、笑ってる!!


『渡瀬さん渡瀬さん!      

 何かあったんですか? あの二人!!』      

             

「わ、私も知らないわよ? びっくりしちゃった!」  

                  

『え……天野さんの先生を見る目、変わってませんかッ?!』  

              

「そういえば、きつさがなくなって……。

 今、笑った!

 ええッ? どういうこと?!」

                

『天野さん、自分の気持ちに素直になっちゃったとか?!

 参戦してきたら、怖いですよ?!』

                

「ゆっ、縁ちゃんはいいわよ? 

 今朝だって雨守クン優しく声かけてたじゃない!

 私になんて目玉焼きに何かけるかなんて

 つまんないことで絡んでくるだけだし!」


『それは気の置けない仲だから……。』


「そうだわ!

 こうなったら天野さんより先に!!」 

                   

『なっ、何かいい考えが浮かんだんですか?』

                 

「すごくいい考え!

 私の車で雨守クン乗せて来たんだし。

 終わったらすぐ雨守クンをお持ち帰りしちゃえばいいんだわ!」


『お、お持ち帰り?

 そ、それって、まさかまさかッ!』


「そうよ!

 一昨日することはするとかって、あれじゃ私、言われ損でしょッ?!

 こうなったらその言葉どおりにッ!」


『イヤですダメダメ絶対ダメですってばッ!!』




「「そこ、お静かに。」」





 ひそひそ話てたつもりなのに先生と天野さんに叱られたッ。


 近くの生徒のいたーい視線が集まってくるッ!(全部きっと渡瀬さんだけにッ!)


「『ひ~んッ!!』」













次回、「操りし者」登場人物の名前についてすこしばかり書いて、またひとまず休止します。

月一で一エピソード書いていければいいなぁ、なんて思ってますが。


「操りし者」、お読みいただきましてありがとうございました。

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