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第四十一話 操りし者②

 この男の人、天野って人の守護霊?

 (ほんとはヤダけど目上の人だし、以下「天野さん」にしますッ)


 それにしてはなんて恨めしそうな顔なんだろう。

 顎を引いて上目遣いでじっと先生を見ている。

 内向的なのかな。

 先生より、若い感じかな。


 特に何か仕掛けてくるようじゃないみたいだけど、

 先生への敵意だけはビシビシ感じられる!


 渡瀬さんもその幽霊に一瞬びっくりしたように目を見開いたけど、

 天野さんに気取られないように睨み返していた。


 でも先生は……さっきからずっと天野さんに背を向けたまま。


『先生?!』


 私の声に、先生は目で答えてくれた。

 やっぱり男の幽霊に気づいているんだ。

 でも額にうっすらと汗がにじんでいるッ。

 この幽霊ってそんなに手強そうなのかな?


 その時、一人何も知らないであろう天野さんがすっと顎を上げ、渡瀬さんを見つめ直した。


「あなた、今、目が泳いだわよ?

 言わなくてもいい嘘ならよしてくれないかしら?

 不愉快なだけだわ。」


「いいえ。今、私という者がいるんですから。

 仕事以外のことで彼のことをとやかく言うのはやめてください。」


「あら? だったら公私混同甚だしいのはそちらじゃなくて?」


「さぞやご高名な先生とお見受けしましたが、

 過去の展覧会の公正な評価を、いつまでも引きずるなど、

 今の肩書が泣きませんか?」


 うわあッ!

 今、何か二人の間でバシッと火花が散ったみたいなッ!!

 私の頬はひくひく痙攣起こしたみたいになっちゃったッ。

 同時に男の幽霊は、渡瀬さんと天野さんを交互に見つめて戸惑ってる感じッ。


 すると先生が振り向いて、真剣な目を天野さんにまっすぐ向けた。


「天野。あんたが罵倒したいのは俺だろう?

 彼女は関係ない。

 渡瀬さんもわかったから、もういいよ。」


 ぱあっと明るい顔になった渡瀬さん。

 でも先生が「わかった」って言った意味は、きっと違いますからねッ!


 そしてまた天野さんがギリッと歯をかむ音がッ。


「なによこの女。失礼だわ。」


 先生は無表情のまま天野さんを見つめる。


「変ってないな。この女呼ばわりする方が、よっぽど失礼だがね。」


 天野さんの黒い瞳が、一段とおっきくなっていた。


「……だから何?

 人の人生の上に胡坐かいておきながら……。

 よくもぬけぬけと……。」


 天野さんは視線を床に落とし、握った拳を小さく震わせながら、呟くように声を絞り出した。その黒目がちの瞳には、初めて感情を宿したみたいに怪しい光が走った気がした。


 背後の幽霊は、おろおろしたように彼女の肩へとその手を伸ばし……

 あれ?

 彼女に触れる前にその手を引っ込めちゃった。

 そしてまた先生を恨めしそうに睨みつける。


 あわわ。

 なんだかすっごく気まずい空間ですうううううッ。


 その時、講習開始のチャイムの音とともに、教室からどなたか知らないけど一人の先生が慌てたように走ってきた。


「天野先生! 雨守先生!

 こんなとこでなにやってるんですか?

 もう講習始まりますよ! それぞれのグループに!」


*********************************


 教室となった広大なフロアを十くらいのグループに分けて、それぞれに講師が一人ついてこの地区の美術部員五,六人の指導に当たっていた。


 静物を中心に輪になった生徒達は、それぞれパネル(画用紙を水張りしたもの)に向かう。三日間の合宿とは言え短期間だから、アクリル絵の具での小作品を一つ描き切ろうって課題みたい。


 私もホントなら一緒に描きたいくらいだったのに、全然気持ちが落ち着かない。

 だって先生と天野さんのグループが隣合わせなんだもの。


 私は壁に寄り掛かった渡瀬さんに近づいてひそひそ話。


『さっきのアレ、その……天野さんとの言い合い、恐かったです。』


「好きな人をバカにされて黙ってられないじゃない。」


『はい! そうですねッ。』


「それはそうと。」


 静かに深呼吸した渡瀬さんは、天野さん……その背後の幽霊を見つめた。


「あの幽霊、何なのかしら。

 雨守クンのこと、今もあんなに恨めしそうに睨んで。

 雨守クンに危害を加えるようなら、あの女諸共ただじゃおかないわ。」


『もしかして渡瀬さん、天野さんにあんなこと言ったのって、

 同時にあの幽霊の注意を自分に引こうと?』


「だって……それくらいしか私、雨守クンの役に立てないじゃない?

 雨守クンが危ない目に遭うの、嫌だもの。」


『渡瀬さん……。』


 一瞬、感動しそうになっちゃったけど、どさくさに紛れて付き合ってるだなんて言っちゃってましたよね?!

 でも口を開けかけた私より先に、渡瀬さんがしゃべりだした。


「だけど特に何もしないような、むしろ臆病そうな感じの幽霊だし。

 気にしなくてもいいかも。」


『うーん。……だといいですよね。』


「うん、きっと大丈夫よ。

 雨守クンも実技指導に集中してるみたいだもの。」


 そう……確かに先生は背中向けすぎというくらいなんだけど。心配ないって感じてるのかな?

 ……そんなことない。だったらさっき、あんな汗かいてるはずないもの。


 先生は一人の生徒のパネルを覗き込み、その子に何か話していた。

 頷いてその子は改めて自分の作品に向かうけど、どうも筆遣いがうまくできない感じで首をかしげてる。


 それは無理ないもの。

 すぐうまくできるようになんて、なるわけないもの。


「大丈夫。さっきよりいいよ。」


 先生は静かに微笑んだ。

 その子は顔を上げて頷くと、再び自分のパネルに向かった。


 と、突然、隣のグループの一人の女子生徒が歓喜の声を上げた。


「わあ!

 天野先生のおっしゃったとおりの筆遣いができました!!」


「教え方が違うもの。私は。」


 天野さんの嘲笑するような声が響いた。


 なによ!


 ムッとしてそっちのグループに目を向けた時……鳥肌が立った。

 立ち上がって喜んでいる女子生徒の右腕に、あの男の幽霊の右腕だけが本体から離れて重なっていた!


 男の幽霊は満足そうに微笑むと、天野さんの顔を伺っている。


 そして天野さんが次に声をかけた隣の男子生徒の右腕にも、男の幽霊の右腕だけが重なっていく!


「うわ!

 俺にも描けたッ!!

 今日の俺、神ってるッ!!

 天野先生、すげえっすよ!!」


「当然よ。教育のプロですもの。」


 またも天野さんは勝ち誇ったような顔を雨守先生の背中に向ける。

 でも男の幽霊の仕業だってことは明白じゃない?!

 それもさっきの女の子の腕にも、まだ右腕を残したままだなんて!!


「あんな……全身じゃなくて体の一部分だけ、

 それも複数同時に憑依なんてできるの?」


 渡瀬さんも目を丸くしていた。


『常識じゃ……あっ!』


 そうだ!

 常識で考えない方がいいって先生が言ってたことなんだわ。これは!


 あの男の幽霊が願ったとおりのことをしているのに過ぎないんだ。

 彼はずっと嬉しそうに微笑みを浮かべている。

 まるで自分が天野さんから褒められているかのように。


 あれ?

 それがホントの彼の願いだとしたら。

 もしかして守護霊じゃなくて……私と同じなんじゃ?!


 天野さんのこと、好きなんじゃないかな?

 それなら先生への敵意も納得ができる。


 でも、そうだとしたら、あの男の幽霊の声が先生をここに呼んだとは考えられないわ?

 だとしたら、先生はなぜここに?

 一体誰が?!


 その時、天野さんの頭上に!

 いきなり天井から一人の女学生らしい亡霊が逆さになって現れた!!


『オオオオオオオオオオオオッ!』


 眦は裂け、髪を振り乱し、肉がちぎれ骨がむき出しになった腕を伸ばし、凄まじい怨念を天野さんに向けている。


 するといきなりズキンときたッ!

 頭が割れるみたいに痛いッ!!


「これはなに?! この光景って?!」


 渡瀬さんが隣で頭を押さえて呻いている。

 私の頭にも、その亡霊が生前に体験したであろう光景が叩きこまれ続けているっ!


 でも、かろうじて私は片目を開けて目の前の光景を見続けた。

 今まさに女学生の亡霊が天野さんに襲いかかろうとするその瞬間!


 男の幽霊の頭がバカっと割れ、八分割くらいになった頭部がズルッと勢いよく伸び、女学生の亡霊をバクンと包みこんだ。


 断末魔の叫びが響いた。


 でも男の幽霊は何事もなかったかのようにシュルシュルっと元の形に戻った頭を二,三度振っただけだった。


 こんなことが自分の頭上で起きていたのに、天野さんは全然気がついてもいない。勿論、生徒たちも誰一人として……。


 いつの間にか先生は、天野さんの前に立っていた。


「前言撤回だ。

 変わってしまったようだな、天野。

 だが俺はあんたの思い通りには、ならない。」


 唐突に聞こえた先生の言葉に、天野さんは黙ったまま眉間にしわを寄せるだけだった。

 でも先生の今の言葉は、天野さんに向けたんじゃないわ!


 今一度、男の幽霊は天野さん以上に、恐ろしい目つきで先生を睨みつけていた。

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