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第五十三話 巣食いし者⑦

前半、縁ちゃん視点。


後半、久々に雨守視点です。


縁*******************************


 六時間授業のうち、五時間目が最後の三つ目の講座の授業だったんだけど、それが終わって雨守先生は高野先生の書道準備室にお邪魔していた。

 提出された生徒の課題を展示できるように、一つ一つラミネート加工を始めたとこ。


 実は最後の授業に町の図書館長さんが見学に来て、生徒が取り組んだ課題を、ぜひ貸し出して欲しいなんてことになったからなのよね。


 さらにそこに校長先生も来ていたんだけど、校長先生は年度途中で急遽担任を引き受けてくれた高野先生に謝意を述べるだけでなく、町の図書館との連携まで広めた授業内容を、とても褒めていた。


「学校ってとかく閉鎖的になるからな。

 何をしてるのか地元に情報公開していくということも、

 求められる時代ってことだ。」


 そう雨守先生は言いながら、ラミネートされた生徒の課題をいくつかセロテープで繋げていく。


『それにしても校長先生なのに、ずいぶん腰の低い方ですね?』


 雨守先生がここに務める時の面接でも感じてたことなんだけど。五十代後半くらいの、穏やかで素敵な女性だなって。

 すると高野先生はため息交じりに私に答えた。


「何に対しても丁寧な方なんだけどね。

 この地区の校長会の中でも、色んな役をもってらして

 夏休みの期間中、お休みになってたのはたった2日くらいだったみたいで。」


「校長間でも、力関係があるというのは聞いたことがある。

 何事も経験だと言って大変な役を若手に押し付ける、とかな。」


「……そのせいか中堅どころの先生が、

 校長先生のこと、どこか舐めてるんですよね。

 きっと女性だから、ということもあるでしょうし。」


 なんか嫌な感じだなぁ。


『岩沼先生なんか、きっとそうですよね?』


「そう、一番ね。」


「中の奴が戦時中、右向け右の奴だしな。」


「ええ。

 その上、先日のように我門先生みたいな取り巻きがついてたり。」


『取り巻きってなんですか? そんな昔の番長みたいな。』


 今時そんなのドラマにだって出てこないんじゃない? 雨守先生は眉を上げて関心なさそうに言う。


「教員間には派閥というか特定のグループって結構できるものなんだ。

 母校が同じだとか、進路指導、あるいは生活指導のエキスパートだとかね。

 彼らが発言力を持ってくると、

 まるで自分達のお陰で学校は回ってるんだって錯覚するようになる。」


「確かに岩沼先生は、発言力の強い人です。

 でも我門先生の場合って、それとはちょっと違うと思うんですよね。

 教科でも係でも、クラブ指導でも特に岩沼先生と接点ないんですよ?

 どこか、岩沼先生を怖がってるっていうか。」


『あの時、直立不動になりましたもんね。

 じゃあ、あのチャラい若松って先生も?』


「あれはただ我門先生にくっついてるだけで、考えなしの人。」


「まさかとは思うが……。」


雨守先生は突然「あ」と小さく声を漏らした。


「セロテープが終わってしまった。事務室行って、もらってくるよ。」


『私も行きます。』


「いや、ここにいてくれ。

 またどうせ事務長になんだかんだ嫌味言われるとこ、見られたくないよ。」




雨守*****************************


「そういうものは教科の消耗品費で購入してもらえませんかねえ?」


「すみません。」


 やっぱりこうなるだろうな。どうやら事務長は、セロテープ一つくれないつもりらしい。

 すると俺の背後をぺこぺこと腰を低くして通りすぎようとする者が。


「ああっ! 若松先生!! 今何か持ち出したでしょうっ?」


「え? 知らないっすよ!」


 叫ぶなりサーっと駆け出していった若松の後を俺は追うことにした。ちょうどよかった。

 事務長の怒鳴り声を背に受けながら廊下の角を曲がった時、俺の目の前にセロテープが。


「えーっと、雨守先生だっけ? 一個おすそ分け。」


 本当にチャラい奴だな。


「それはありがとうございます。

 もらっておいてなんだけど、若松先生でしたっけ? 随分……。」


「いい加減って言いたいんでしょ?」


「ええ。」


「雨守先生、いいっすね! はっきりしてて。

 そういうの嫌いじゃないっす。

 先生達って体裁整えるのにやっきになって、綺麗ごとばっかですからね~。」


「若松先生は違うんですか?」


「いや、人のことは言えないか。ははっ!」


「岩沼先生の前では固くなってましたもんね。我門先生と一緒に。」


「ああ、見られてましたねえ。

 俺はただ、面倒ごとが嫌いなだけなんすよ。」


「面倒、というと? 」


「んーと……雨守先生って、我門先生が言ってた幽霊なんて信じる人?」


「いいえ。」


「そっか。

 ここじゃなんなんで、先生の準備室にお邪魔してもいいっすか?」


********************************


 若松という男は見かけと違い、したたかな男だった。

 適当に合わせておけば我門は見栄をはって食事代くらいおごってくれるから、若松なりに利用しているらしい。


 教科の先輩の我門を1mmも敬ってなどいないが、そうとは知らない我門は、若松を信頼して誰にも言わぬように口止めしていることがあるという。


「去年の夏も暑さがきつかったでしょ?

 我門先生、水泳の補習のあとプールで涼むのが日課になってたんだよね。

 でも水に浸かってるとあとで結構疲れるじゃない。

 で、ある日体研の簡易ベッドですっかり寝込んじゃったんだよね。」


 体育研究室はプールのすぐ横、体育館の脇にあり校舎とは離れている。起こすのも面倒だからと、体研専用の機械警備をセットすることもせず、眠りこけた我門をおいたまま、若松は体研を後にしたそうだ。


「だいぶしてから我門先生、目が覚めてさ。

 もう体研は真っ暗だし、何気なく窓の外見たんだって。

 そしたら、まるで見回りしてるように、

 岩沼先生が校舎を見上げて歩いてたんだと。」


「外を?」


「うん、なんか図書館の辺りを見てたみたいだったとか。

 厳しい人だとは言え、物好きだなあって眺めていたらさぁ。」


 突然、岩沼の背中から別の男の姿が、まるでセミが脱皮するかのように現れたのだという。

 だが岩沼本人は何事もなかったかのように、そのまま去っていった。


「我門先生、びっくりしてなんか悲鳴あげちゃったんだろうね、ビビりだし。

 そしたら半透明のセミ男が、我門先生を睨みつけたってんで、

 もう必死になって逃げたそうでさ。」


「ああ、それじゃあ研究室内、けっこうひっくり返して?」


「そう! 

 機械警備をかけてなかったから誰に荒らされたかもわからないって、

 事務長怒った怒った。

 もちろん俺は、だんまりだったけどね。」


それでか。俺が散々嫌味言われたのは。


「そのあと我門先生は?」


「どこをどう通ったかは覚えてないけど、どうにか無事に逃げ帰ったって。

 でも次の日、岩沼先生から何をしていたんだって聞かれてちびったってよ。

 それ以来、俺はもう逃げられないって、すっかり岩沼先生のこと怖がってさ。

 今年なんかわざわざ岩沼先生の出張中に水泳補習組んだりしてんの。

 バカだよね~。」


よほど怖かったんだろうね~などと、涼しい顔をしながら若松は続けた。


「なるほどね。

 先日、食堂で岩沼先生は我門先生に聞きたいことがあるって言ってたけど?」


「ああ、それね。

 プールに出たっていう女子高生の幽霊のことっすよ。

 生徒も点呼とった時、一人多いの少ないのって騒いでたみたいだし。」


「岩沼先生にしてみれば、寝言言うな、という感じですかね。」


「そういうこってす。

 ね?

 まったくバカみたいな話でしょう?」


「まったく。」


「……でもほんと言うと俺、岩沼嫌いなんすよ。」


「それは奇遇です。」


ふふっと笑うと、若松の目つきが変わった。


「紳士きどってるけど、話してて時々、

 グーで殴ってきそうな感じするんすよね。あいつ。

 いったい何が気にいらないんだか。

 俺、親父にそうやって虐待されてきたから、妙に感じちゃうんすよね。」


「そうなんだ。」


「あ? まさか信じた?

 これも嘘ですよ嘘っ! ははは!

 お陰で退屈な体研にすぐ戻らず時間つぶせましたっ!

 どうもね、雨守先生。」


 そう笑って若松は準備室を出て行った。


 いや。嘘ではないんだろうな。

 理由もなく殴られた経験……それがあったから面倒事に巻き込まれないようにしようと、彼なりに受け流してきているんだろう。


 だがまずい。


 あの岩沼に取り憑いている男、恐らく……!


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