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第五十一話 巣食いし者⑤

「立花先生……殺されて亡くなったんですか?!」


 ガタっと立ち上がった高野先生は、愕然としながら声に出していた。


『先生! 

 それ、高野先生には言わないでおこうって、

 立花先生と話してたじゃないですかッ!!』

 

 高野先生、失神してた時に、余計に怖がらせないほうがいいって。でも雨守先生はうっすら額に汗を滲ませている。


「それは立花先生を殺した男の霊がずっと学校にいれば、の話だ。

 状況がまずい。

 人の体に憑依して学校の外にまで出てくるとはな。」


『じゃあ、ほんとの岩沼って人はもう死んじゃってるんじゃ?』


「完全に憑依し続けていればな。

 だが男の霊は、夕べは確かに校内に潜んでいた。」


『ひょっとして、紗枝さんが頼子さんに憑依してたのと同じなんじゃ?』


 まだ春の別の学校で。

 いじめを苦に自殺した紗枝さんは、いじめを受けていた頼子さんに憑依していた。頼子さんを守るために。でも彼女は夜には憑依を解いていた。そうしないと頼子さんの魂が消えてしまうから。逆に頼子さんは日中、意識を眠らせて体を紗枝さんに委ねていた。


 あの二人はお互いそれを納得して行っていたわ? そういうことなのかな?


「いや。あの二人はレアケースだった。

 通常、生きた人間の身体を乗っ取りたい霊にとっては

 憑依を解除する理由がない。」


 気がつくと高野先生は私と雨守先生を交互に見つめ困惑していた。それでも体を震わせながらも、はっとしたように声をあげた。


「岩沼先生、今朝まで県の生活指導主任の宿泊研修で、

 教育センターに出張していたはずです!」


「となれば夜だけ憑依を解いているんだろうが、

 憑依中も死んだ場所から離れられる限界はあるんだろう。」


『限界?

 私が死んだ美術室の近くしか動けなかったみたいに?』


 私の疑問に先生は頷いた。


「誰かに憑依したとしても、生前知らなかった場所、

 つまり平成に建てられたセンターへは行けるわけがない。

 そう願おうにも、イメージしようがないからだ。」


『先生!

 朝、廊下で先生を見ていたのがその男の霊なら、

 あの後、出勤してきた岩沼先生に憑依したってことになりますよね?

 どうやって意識のある状態の岩沼先生に憑依できたんですか?』

 

 憑依されてる間は、その人の意識は……なくなる!

 もし意識が残っている状態だったら、中で抵抗するはずだもの。さっきみたいに自然に振る舞えるはずがないわ?


「そこが問題だ。」


 先生はじっと考えこんでいる。高野先生は、よほどショックだったのか、まだ小さく震えている。ああ、どうしよう?


「恐らく……。」


 先生は言いかけた言葉を飲み、顔をあげた。

 振り向くとそこに、この食堂のだいぶ歳をとったコックさん姿のご主人が、奥さんと一緒にテーブルに近づいてきていた。


 あ、二人ともオーダーまだだった。でも、それどころじゃ……。


「すみません。お騒がせして。」


 先生が先に謝ったけれど、老主人は首を静かに振った。そして白髪頭にかぶっていた帽子をとり、両手の皺しわの指でぎゅっと握りしめた。

 その後ろには、若い坊主頭の男性……守護霊が。


 高野先生も声は出さなかったけど、はっとしてその男性の霊を見つめていた。


 ご主人に促されたやはり白髪頭の奥さんは、曲がった腰でお店の入口までゆっくり歩くと、中から「閉店」の札を掲げ、静かに鍵をかけた。


 え? 閉じ込められちゃった? びっくりした私達に、老主人は静かに話し始めた。


「失礼ですが、先生方のお話が聞こえてしまいましてね。

 どうしても話しておかなければならないことがあります。」


「なにを、ですか?」


「立花先生のことです。」


********************************


「私は終戦前の生まれなので、これは先代……私の母から聞いた話です。」


 そう前置きして教えてもらったのは、生前の立花先生と先代のご夫婦との間に交流があった、ということだった。


 戦前から洋食屋を営んでいたのに、戦争が激しくなってくると、町の人にガラスを割られたり、食材に泥をかけられたこともあったらしい。

 店をたたむことを真剣に考えた時、先代のご主人の担任でもあった立花先生が励ましてくれたそうだ。


「この戦争はいずれ負けて終わるから。

 今は耐えて、例え洋食を出せなくてもお店を残すことを考えて。

 母のおなかに宿った子、

 つまり、私にはここの味を必ず伝えて。希望をもって、とね。」


 でもその立花先生が、ある日突然近くの河原で変わり果てた姿で見つかった。川面に顔をつけて。

 日頃の言動を恥じての自害だろうと、ろくな調べもなかったそうだ。


 あの立花先生が自害などするはずがない。そう先代のご主人は訴えたが、誰にも相手にされなかった。それにそれ以上はもう、何も言えなかった。


「偶然なんでしょうけれどね。

 立花先生が発見されたその翌日、父に召集令状が届いたのです。」


 残された身重の奥さんは、店をなんとか守ろうとした。でも資材供出だと、僅かに残していた痩せた芋から作ったでんぷんまで、そんな粗末なものまで全てを一切合切持っていかれ、終には途方に暮れてしまった。


「母はおなかの私と川へ飛びこもうと、

 ふらふらと町を歩いていたそうです。

 でもその時、町は妙な事件で騒ぎになっていたんです。」


 学校の先生が二人、校舎内で奇妙な死に方をした。


 一人は階段から転げ落ち、一人は心臓麻痺で。二人の死骸は、どちらも頭から上半身にかけて、びっしょり濡れていたという。


「母はすぐに悟りました。

 きっと立花先生は、その二人の教師に殺されたのだと。

 死んだ立花先生が幽霊となっって、復讐したのだろうと。」


 その時、立花先生との約束を守るために、どんなことをしてでも生き抜こうと、お母さんは決心したそうだ。


「その後、父はどこで亡くなったかもわからず、

 戦地から帰ってくることはありませんでした。

 母から教えられた父の味を、

 私はちゃんと引き継げているのか、この歳になっても自信がないのです。」


 握りしめた帽子をじっと見つめながら、ご主人は最後にぽつりとつぶやいた。


「あなたのお父さんの写真、ご覧になったことはありますか?」


「ええ。出征前に、母と撮ったものを。」


「お父さん、右の頬に二つ、縦に並んだ黒子がありませんでしたか?

 この辺に。」


 そう言いながら、先生は指先で自分の右の頬を示す。


「ええ、そのとおりですが……なぜ、それを?」


「あなたがが生まれる前に、亡くなってるんですね。

 今もあなたの隣にいます。守護霊となって。」


 先生の言葉に、高野先生が静かに続ける。


貞義さだよし、いい味だって、そう言ってます。

 ご主人、そんなお名前だったんですか?」


 声を出して泣き崩れたご主人を、奥さんとお父さんの霊は優しく抱きしめていた。



**************************



 食事も忘れ、お店を出ようと席を立った時。ご主人はサンドイッチが入った包みを先生と高野先生に手渡しながら、こんなことを話した。


「昭和三十年に母は店を再開し、四十年から私が継いできました。

 ほぼ同じ頃今の高校が建って、

 今のように先生達が常連となってくださいましたが……。」


 なにかに怯えたような目になって、ご主人は言葉を詰まらせた。すると、雨守先生が代わって口を開く。


「では、五十年あまり……。

 もしや、さっきの岩沼先生の口調と似た先生が、

 何人も続いていたのではないのですか?

 入れ替わるように。」


 信じられないような先生の言葉に、ご主人は目を丸くして身を乗り出した。


「ええ、六人も!

 教えてらっしゃる教科は違いましたが、勤務年数の長い方ばかりでした。

 先の二人は、途中お亡くなりになっての交代のようでしたが……。

 仕草、口調がまるで生まれ変わりのように似ていて。」


 あの、「あ~あ」とか「なるほどなるほど」って気味悪い含み笑いとかかな? あんなの一度聞けば忘れられないよッ。


「亡くなった母の言うには、戦争が激しくなる前、まだ店を構えていられた頃。

 今と同じように通ってきていた前の学校の教師の中に、

 良く似た男がいたと。」


「それが死んだ二人の教師のうちの一人。」


「はい!

 実は今も恐ろしくて、仕方ないんです。」


「なるほど。ありがとうございます!」


「あのう、それと。」


 ご主人は先生に向かってまた一歩前に歩み寄った。


「なんでしょう?」


「私の父のように、

 もしも立花先生にお会いできるのでしたら、伝えて頂けませんか?

 ありがとうございました、と。」


「「はい。」」


 力強くそろって頷いた先生と高野先生を、ご主人とその守護霊となったお父さん、そして奥さんはじっと見つめた。


「雨守先生、高野先生、くれぐれもお気をつけて。」



****************************



 学校に戻る道すがら、高野先生はうつむきながら雨守先生に言った。


「私、立花先生に、図書館に水をこぼしてたこと、文句言っちゃって。

 酷いことを言ってしまいました。」


「それは事実だったんだし。仕方ないよ。」


「謝りたいんですけど、でも、この話は立花先生にはしません。」


「そうしてくれ。知らないことにしてやってくれ。」


「ええ。

 でも私、立花先生に授業で見せてみなさいと言われた時、

 やりますって答えたけど、正直悔しかったから。

 見返してやろうって、自分のためとしか考えてませんでした。」


『それだと「本来授業は生徒のためじゃないの?」って、

 立花先生、また怒りそうですね。』


「そうね。」


 私にそう答えた高野先生は、顔を上げ、まっすぐ前を見つめた。


「でも、私、休み明けの授業はもう、なんのためにするか決めました。」


 反発してたようでも、生徒のためって思ったのかな、高野先生。


『そういえば、授業のことで雨守先生に相談があったんじゃ?』


「ええ。

 最初はどうしようって、いくつかある案で迷ってたんだけど。」


 ちょっとはにかんだ高野先生に、雨守先生は聞く。


「もう決めてるんだ。協力できることなら、するよ?」


「是非、お願いします。

 二年生の各講座で一時間ずつ、美術と書道で合同で。

 それも図書館でやらせてください。」


 その後、高野先生から説明された授業の内容は、雨守先生も聞いたことがないって、びっくりしてた。でもすぐに面白そうだなって、すっかり乗り気になっていたりして。


 さっきまで緊張感でいっぱいになってた私も、なんだかワクワクしてきちゃった!




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