第四十九話 巣食いし者③
『お小言もらっちゃいましたね。』
「無断で機械警備を一晩中切ってたんだ。
その間になにかあれば管理職としちゃ、たまらんだろうからな。」
翌日。私にあくびしながら答える先生。
雨守先生は教頭先生と事務長さんから、無人の学校で何をしていたんだと厳しく「注意」を受けちゃった。今、事務室から美術準備室に戻る廊下の途中ですっ。
他に誰もいないけど、先生は私に聞こえるくらいの声で話す。(実際、先生が呟く声でも私には聞こえるもん。これって愛ですよね?! )
『でも学校に来ている先生皆に、異常はなかったか放送までかけて確認して。
大袈裟すぎません?』
「俺を吊るし上げて同じようなことさせまいってことだろうけど。
これで俺はダメ人間のレッテル貼られたな。」
『笑い事じゃないじゃないですかっ!』
「そのほうが動きやすいよ。
それに大袈裟なのは、前に何かあったのかも……な。」
不意に先生はわざとらしく靴紐を直すようにしゃがみこんだ。ほどけてないのに。
あれ?
少し、嫌な気配を感じて私は振り返った。今、確かに何かいたわよっ?!
「気がついた?」
再び歩き出した先生は前を向いたまま言う。
『先生、今の、なんなんですか?』
「恐らく立花先生を殺した男の霊だろう。
秩序にうるさい人物だったなら、俺みたいなのは許せんだろうからな。」
『まさか先生まで殺そうだなんてことは、ないですよね?』
「わからんぜ~?
だが図書館付近しか動けない立花先生と違って、
どうやらそいつは動きに自由が利くみたいだな。」
『やだな。』
「油断しないでいこう。」
『はいっ。』
……と、校舎の隅の美術準備室に戻って来ると、そこに高野先生が立っていた。
「雨守先生、お話が。一緒に来ていただけますか?」
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この学校は一階に美術室、その真上に書道室が配置されている。
高野先生を先頭に階段を上がって書道室に行くのかと思ったら、なんとっ! そのまま連絡通路を通って書道室とは別棟の、あの図書館へとやってきた。
誰もいない図書館の中ほどまで進み、高野先生は振り向きざま、まるで睨みつけるように雨守先生を見上げた。
「雨守先生、夕べここにいらしたんじゃ、ないんですか?」
な、なんでわかったの? でも雨守先生は顔色一つ変えず黙っていた。
「昨日施錠したはずのカギが今朝、開いてました。
それにもう拭きましたけど、あちこちに水が……。」
あ……立花先生、ずっと雫をこぼしてたから、それが!
「久坂先生が係をしていた時も時々あったそうですが……。
ここでいったい何をしていたんですか?」
「誰といたのか、そう聞くべきじゃないの? 本当は。」
ボソッと答えた雨守先生の言葉に、高野先生の息が止まるのが分かった。
「ちょうど高野先生の立ってるとこだよ。その人がいたのは。」
するとわかるくらいにびくっと震えて、高野先生はぴょんと跳ねて一歩退いた。そして顔は泣きそうになってるのに、突然きつい口調でわめき始めた。
「いったいなんなんですかっ? これは!!
久坂先生から引き継ぎしていた間も誰もいないのにずっと視線感じたしっ!!
だいたいあなたはなんなのよっ!!」
待って待ってそんなにパニック起こしたら……あ、私をガン見して固まった。
やっぱりな~あははw
ちょっと気まずさを覚えながら、頭に手をあてて小さく会釈。ぺこっ。
「き」
高野先生が悲鳴を上げる寸前、雨守先生は口元でしーって指を当てた。
「この子じゃないよ。その水の正体は。」
そう言って先生は、高野先生の肩越しに後ろを指す。
こわばった顔のまま、ゆーっくりと振り向いた高野先生は、後ろに立っていた立花先生と目が合うと、そのまま失神して床に崩れ落ちた。
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慌てたのは私達だったよ。悲鳴上げるかと思ったのにな。
図書館の一角にあったソファーに寝かせていた高野先生は、しばらくしてから目を覚ました。
「す、すみません。私、いきなり。」
頭を軽く振って身を起こす高野先生の顔を、雨守先生は覗き込む。
「あ、そのまま目をつぶって聞いていて。
だんだん、慣らしていこう。
高野先生には悪いが、さっきのは夢じゃないんだ。」
びくっと一回また大きく震えて高野先生は固まった。
固まりつつ、左右の眉はくっついちゃうんじゃないかってくらいに寄って、口元をわなわなと震わせながら泣きそうな声を絞り出す。
「ゆ、幽霊なんですか? やっぱり? ふ、二人も?」
「そう。
最初に見たのは女子高生で次に見たのは昔の先生だ。
そして俺は、幽霊と話ができて……ん?」
『先生、なに考えこんでんですか?』
「いや。
そう言えば俺、あらたまった自己紹介って、したことなかったな。」
『幽霊専門のカウンセラー、かな?』
私にとっては白馬に乗った王子様だけどっ♪
『か、かうん?
それは知らない言葉だけれど「良き理解者」でよろしいのでは?』
立花先生も加わる。
「うーん、それを自分で言うのはちょっとなんだかなって感じだな。
ただ俺は、幽霊も生きた人間も、同じように向き合ってる。
そういう者だ。」
『嘘うそ。
どっちかっていうと生きてる人には容赦ないですよ?
高野先生も気をつけてくださいね。』
突然目をクワッと見開いた高野先生は、震えながら私達を見渡すと、真ん中の雨守先生に向かって叫んだ。
「お願いですっ! 助けてっ! い、命ばかりはっ!!」
「ん? え? 俺が一番怖がられてる?」
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心外だって感じで雨守先生は少し離れた場所でジト目で私達を眺めてる。私に任せてくださいって、ちょっとそっちに行ってもらってるんだけど。
私と先生の出会いとか、怖がらせない程度に今までのこととかそんな話をしているうちに、高野先生も顔を上げて私を見てくれるようになった。(なんだか立花先生も熱心に聞いていたけれど。)
『少し、落ち着きました?』
まだぎこちない笑顔を作ろうとしながら高野先生は頷く。
「え、ええ。
怖がってごめんなさい、後代さん。
私、小さい時からお化けや幽霊の話って全然駄目で。
実物なんて、尚更……。」
『失礼ね。』
『まあまあ、仕方ないじゃないですかぁ、立花先生。』
『だいたい普段からあなたは教師としての心構えがなってないのよ。』
穏やかだけど、そんな厳しい言葉かけなくてもぉ。
でもさっきまでびくびくしていたのに、高野先生は信じられないようなきつい表情になって立花先生を見つめた。
「なんですか?
教師が幽霊怖がったらいけないんですか?
立花先生こそ、図書館で水こぼしながら歩き回って。
ずっとここにいながら本に良くないことくらいわからないんですか?」
立花先生はそれには答えなかったけど(殺されたなんて言えないし)、ぴくって頬が震えたっ。
『目上の人間の言うことには耳を傾けなさい。』
うひっ! まさか喧嘩になるなんて思ってもみなかったよっ!
先生~っ!!
目で訴えたら先生は頭を掻きながらだけどすぐ来てくれたっ。
「高野先生。
立花先生はそれもわかってるから、本には指一本触れてないよ?」
「そ……それは、確かに。
濡れてるのはいつも床だけだって、久坂先生も言ってましたけど。」
「それに大好きな本を目の前にしながら読むこともできない。
永久にだ。
そんな立花先生の気持ちも、わかってあげてくれ。」
「……すみませんでした。」
急に悲しそうな顔になって、きちんと頭までさげて……。
根は素直な人なんだ。高野先生って。
でも頷いて応える立花先生にも、雨守先生は眉間にしわを寄せた。
「立花先生も、若い先生方に不満があったのは夕べ聞きましたが。
無意識に『こうあるべきオーラ』を発するのはやめにするって、
言ったじゃないですか。」
オーラって言葉には「?」な表情を浮かべたけど、立花先生も渋々ながらも頷いた。
『そうね……、ごめんなさい。でも、なかなか……。』
うん。
理性ではわかってるんだけど、気持ちのもやもやが残るって言ってたものね。だけどちょっと気まずい雰囲気だから、話題変えなきゃ!
『あの、高野先生。
昨日の夕食会の時、雨守先生の言葉に怒ってましたけど、アレって?』
「え? ああ、久坂先生の産休が遅れたことよね?」
『高野先生が担任も引き受けたんですよね。
仕事増えちゃって大変なんじゃ?』
「そうかも知れないけど……。
私、久坂先生とはずっとなんでも話せていたから。」
そして一呼吸置くと、高野先生は思いつめたような表情になった。
「私の姉も久坂先生と同じ経験したから、大変なのはわかってたし。
それなのに周りが無責任なことや酷いこと言うのが我慢ならなくて。
私が担任代わるって、引き受けたの。
それを来たばかりの雨守先生に、利いた風な口をきかれて、つい。」
最後の方は恨めしそうに雨守先生を上目遣いで見上げるものだから、雨守先生は肩をすぼめながら謝った。
「ほんと、悪かったよ。ごめん。」
「いえ。いいんです。」
『でも、そんな感情に流されて大事な仕事を引き受けてしまって良かったの?』
あは~! また立花先生、厳しいことをッ。
「感情的になんてなってませんッ!」
『それが感情的だと言ってるのでしょう?』
また喧嘩になっちゃうよ~っ!
『ちょっとお二人ともストップです!』
三人のびっくりした視線が私に集まる。
『あの、立花先生!
立花先生なりに高野先生のこと心配されてるんだと思いますが、
高野先生のすごいとこ発見できたら、立花先生も納得いきませんか?』
唐突な私の提案に、立花先生と高野先生の目が点になった。
『高野先生も、それができればすっきりしません?
で、すっきりしたとこで先輩の意見は素直に聞けるじゃないですか!』
「うん、それいいかも!」
ポンと左の掌を右の拳で叩いて雨守先生は笑う。すると急にまた不安そうに高野先生は私達を見つめた。
「そんな。
私、一体どうやって?
消えたり飛んだりなんてできませんっ!!」
『それはあなたの専門分野でいいわ。
まずは教師として、授業で見せてみなさい。
ただし、この図書館の本も教材として使うこと。』
あ。きつい口調だけど立花先生、きっと期待してるんだ。
『やりましょやりましょ! ね? 高野先生!』
『あと二日で夏休みが明けるわ。それまでに準備しておきなさい?』
立花先生の言葉にごくりと唾を飲み込んで、不安げに眉を寄せているけど、高野先生はしっかりした声で答えた。
「はい……やります!」




