第四十話 操りし者①
お久しぶりです。
ネタ集めはまだまだなのですが、縁ちゃんと雨守の活躍を自分でも見たくて再起動です。
よろしくお願いいたしまーす。
ほとんど縁ちゃん視点で展開予定です。
世間では夏休みで~す。
先生が肩から下げるクーラーボックス。
幽霊のくせに暑いのが苦手な私は、そこから鼻から上だけ出していた。
「夏休みだけ取り組んだって、絵の力なんてつかないんだがな。」
『毎日描いてないと、ですよね。』
「そういうこと。」
ばやきながら先生はN県○○地区高等学校文化連盟美術専門部主催、県教育委員会後援の美術部合同夏期講習合宿の会場である○○市文化会館にやってきた。
このながーい名称は、先生が広げたプリントを、上半身までクーラーボックスから出して覗き込んでの棒読みですッ。
大きな文化会館の中、教室となる大ホールへ向かう長い通路で、先を歩く渡瀬さんは振り向くと、少し心配そうな顔をした。
「でも雨守クン。
そう言いながら、この夏期講習の講師の依頼を引き受けたのは……。」
「うん。
まあ、気になる霊の声が聞こえたからだけど。
どうもいやーな感じなんだよな。」
先生は眉間に皺を寄せて答えた。
先生によると、聞こえてくる霊の声っていうのは、いつも苦しみや悲しみの感情ばかりで、楽しい声なんて一切聞こえないんだって。
だから私と暮らすようになって初めて、幽霊も楽しそうにしてることがあるんだって知って、驚いたんだって。
そりゃあ私、先生と一緒だと嬉しいもの♪
「ねえ、雨守クン。このお仕事、辞めない?」
急に立ち止まって渡瀬さんは先生を見つめ、唐突にそんなことを口走った。
渡瀬さんを追い越しちゃった先生も立ち止まって怪訝そう。
「なに言ってんの?
この仕事、渡瀬さんが勧めてきたんだし、もう講習始まるだろ?」
「違うの、今日の仕事のことじゃなくて。
その……。
もう、非常勤講師を……。他の霊と会うのを……。」
渡瀬さんはちらっと私を見た。
な、なんですか?
「なんだよ、急に。」
「私が知ってるだけでも、短い間に二回も大怪我したじゃない。
縁ちゃんがいなかったら、どうなっていたかわからないでしょ?」
渡瀬さんの声は心配そうで、そしてとても真剣だった。
「……。」
先生は渡瀬さんから目をそらすだけ。
「このままだと、いつか本当に
「俺は、学校に関わっていたいんだ。」
静かだけど抑揚もない声で、渡瀬さんの言葉を先生は遮った。
渡瀬さんは困ったような、笑ってるような複雑な顔を先生に向けた。
「ねね!
それなら私と一緒に働かない?
生徒を集めてこんなふうに講習会だって企画できるわ?
身分的には嘱託ってことにはなるけど、高校全般のことを扱えるわ?」
「俺は気ままにやりたいんだ。」
「でも非常勤講師の収入だけじゃ……」
渡瀬さんの言葉を再び遮るように、先生はじろりと渡瀬さんを睨んだ。
「渡瀬さんに収入の心配までされる覚えはないよ。」
「そ、それは……。」
言葉に詰まった渡瀬さんを残して、先生はすたすたと歩きだした。
なんだか胸が痛んじゃうな。
私は先生が担ぎ直したクーラーボックスから見上げる。
『渡瀬さん、先生のこと心配して言ってくれたんですよ?
それは私だって……同じように心配です!』
「わかってるよ。
縁がいなかったら、俺は半年以上も前にとっくに死んでいただろう。」
苦々しい表情のまま、力なくつぶやく先生……励まさなきゃ!
がばっとクーラーボックスから飛び出して両手の拳を握りしめた。
『先生は死なせません! 私が先生を守ります!』
でも、先生は首を振りながら答えるだけ。
「いや。俺だって何時までも縁に頼ってばかりじゃいられない。
甘えてなんていられないよ。」
『先生……。』
なんだか急に突き放された感じがして、その場から動けなくなっちゃった。
先生はクーラーボックスを肩から下げたまま、変わらない歩幅で教室の扉を開けて入っていった。
私に頼っていられないって……。
甘えてられないって……そんな!
もーうッ!
頼って下さいよッ!
少しくらい甘えてくれたっていいのにッ!!
女の子二人につれない態度とる先生に、ちょっとムキーッときて追っかけようとしたら、おっかない顔した渡瀬さんがドスドスとやってきた。
「なによくそ~、めげないわよッ!」
『はいッ! 頑張りましょう!!』
私の言葉に、急にびっくりしたように渡瀬さんは目を丸くした。
「え? 何気に雨守クンにプロポーズしたのに、応援してくれるの?」
『ええッ?
さっきの、そうだったんですか?
わかんなかった……え? どの辺がですか?!』
びっくりしちゃったけど、私が気がつかなかったんだから先生だって。
「雨守クン、気づいてくれないどころか……ああ、怒らせちゃったかな。
でもこれ以上、他の霊に会って欲しくないのはホントよ。
雨守クンが危ない目に遭うのはいやだもの。」
『それは私だって同じです!
でもそれに絡めて一緒に仕事しようって、公私混同じゃないですか?』
「だめ? それなら危険もないし。」
『あッ!』
今ごろ気がついたッ!
『さっき収入のことまで持ち出したのって、
もしかして一緒に家庭持つ気満々だったんじゃないんですか?』
「うん。だからそれがプロポーズのつもりだったんだけど、ああッ!」
「なにおでこペチンしてんですか!
渡瀬さんに先生あげるの、
私が飽きたらって約束したじゃないですかッ?!』
「だって縁ちゃん、一途のままだし、気持ち変わりそうにないじゃない!」
『私は変わりませんよッ!』
なんでか二人で言い合いになって教室の前までやって来たその時、扉が勢いよく開いて、思いつめたような顔した先生が出てきた。
「渡瀬さん、仕事やめていいかな?」
渡瀬さんの顔が輝いた。
「か、考えてくれるの?」
『違いますよぜーったい違うううううッ!!』
すると突然、先生を蔑むような声が教室から響いた。
「逃げるの? 雨守終輔!」
振り向くと開け放った扉にもたれかかり、腕組みをした背の高い綺麗な女性が目に入った。
真っ黒な上下のスーツに透けるような白い肌。
肩まで伸びたサラサラの黒髪。
前髪が片方の目を覆ってるけど、眼鏡越しの黒目勝ちな瞳でじっと先生を見つめてる。歳は先生より、少し上かな?
腕組みを解いた時、抑えられていた胸がふわっと膨れ上がってぶるんと揺れたッ。
やーんッ!
みんな大人になればおっきくなるのッ?!
先生はゆっくり振り向くと、その女を睨みつけた。
「どうしてあんたがここに……天野……晴美!」
うわあ、先生も呼び捨てなんだ……って、え?
呼び捨てで呼び合う仲って……どういうご関係ですか?
「私も招かれたのよ。N美大の教授として。
それよりあなた、画壇去ってから田舎の講師に雲隠れしたって噂だったけど、
本当だったとはね。」
呆れたように、でも感情が読み取れない瞳は瞬きもせず先生を見つめたままだ。
「あんたがいるとわかってたら、来なかったよ。」
「あの~、お知り合いだったんですか?」
二人を交互に見ながら渡瀬さんは尋ねてくれた。
すると、天野って人は渡瀬さんを一瞥し、静かに答えた。
「ええ。
この男のおかげで私は過去どんな展覧会も2位どまり。
目の上のたんこぶ。
足の小指ぶつけた柱の角。
死んでしまえばいいのに。」
ひっどい!
どこまで本気かわからないけど、きっとほぼ本気に違いないわ。
「さあ、帰ろうぜ。渡瀬さん。」
無表情を装って(だって先生、きっともやもやしてるヨ)歩き出した先生を
天野って人は呼び止めた。
「子どもじゃないんだから、この仕事は最後まで果たしなさい。
もちろん……絵の才能はあっても、
人に教え伝える能力はそれに比例するとは限らないけれどね。」
なんて聞き捨てならない嫌味なのッ!
『先生は教え方だって、丁寧ですッ!!』
すっごぉく優しいんだからッ!
ぼそぼそっと呟くように言う声がイイんだからッ!!
思わず叫んじゃったけど、この人に私は見えもしなければ声も届くわけがない。
ううう~ッ。
「失礼ですが、先ほどからちょっと言いすぎじゃないですか?!」
流石に渡瀬さんもカチンときたみたい。
「あら、そう?
思い通りにならなかった上に、私の人生踏みつけた男なんて、
そんなものじゃなくて?」
「『お……思い通り?』」
私と渡瀬さんの唸り声が被った。
「俺はガキでいいから、ほっといて帰ろうぜ。」
ほんとに私達に関りを持たせたくないように先生は天野って人を無視し続ける。
「ダメよ! 雨守クンッ。
あなたはこんな人に言われるままでいいはずがない。」
渡瀬さんはキッと天野って人を睨みつけていた。すると彼女は呆れたように両肩を軽く上げてみせる。
「さっきからなに?
たかが名目上、後援の県教委の人間が、失礼じゃないかしら?」
すると、渡瀬さんはすっと涼し気な顔になり静かに口を開いた。
「私、渡瀬有希といいます。
雨守クンとは個人的にお付き合いさせていただいてます。」
ふえッ?!
「もちろん、大人の。」
ひょえええッ!
なに付け足して言い出してるんですかッ?
まだそんなんなってないじゃないですかッ!
その瞬間、天野って人がギリッと歯を噛み締める音が響いた。
でも私は、別のものに目を奪われていた。
一歩前に踏み出した天野って人の背後に、ゆらりと煙のように湧きあがった男の人の幽霊が先生をじっと睨みつけていたのだから。